○いざ、第3層!

 翌朝。100㎞地点の町を出た私たちは今日も、舟に揺られていた。


「ん! ん!」


 私の隣では、ティティエさんが美味しそうにお菓子を食べている。


「シャーレイの皮揚げ、気に入ってくれたのね?」

『ぷるぷる、サクサク、美味!』


 シャーレイの皮は、表皮の裏に魔法生物ジェリーのようなぷるぷるした食感のお肉がある。その食感を最大限に活かすにはどうすればいいのか考えた私とメイドさんは、カラッと揚げることにした。これがまた、たまらなく美味しいのよね。一噛み目はパリッと衣が、噛みしめればジュワッと脂が、もぐもぐすればぷるぷるのお肉が、それぞれ色んな表情を見せてくれる。


「メイドさん、お汁、頂けるかしら?」

「かしこまりました。後ほどシャーレイの甘辛焼きを乗せたコメに、この出汁だしをかけてお茶漬けを作ってみましょう」

「何それ食べなくても最高なやつじゃない。採用よ」


 シャーレイの骨からとった金色のお汁を飲みながら、お昼ご飯の話をする。少なくともここから数日は、シャーレイ料理が続くことになる。何せ、体長30m近くあるシャーレイの身・皮・骨があるんだもの。余すところなく使うとなると、それはもう、尋常じゃ無い量が残っている。それに、〈収納〉の中にある物も放っておけば腐ってしまう。残ったシャーレイの身は防腐と臭み抜きを兼ねて塩漬けにしているけれど、持って3日ほどだということだった。


「地上なら、天日干しなんかをして保存食にもできるのだけど」

「キリゲバ肉とは違って、出来れば長持ちさせたかったのですが……」


 臭くてまずいキリゲバ肉とは違って、シャーレイの身は極上の食材。出来ればサクラさん達にも味わって欲しいけれど、難しそうね。


「とは言え、洞窟に居る間の食材を確保できたと思えば悪くないんじゃない?」

「そうですね。飽きがこないよう、色々と趣向を変えていきましょう」


 本当に、惜しむらくは、ここにサクラさんが居ないことね。サクラさんが知るチキュウの料理には、魚料理も豊富にある。私もメイドさんもどちらかと言えば肉料理の方が得意だから、どうしても料理の幅は狭くなってしまう。自然と一緒に暮らしてきたユリュさんも、塩焼きと酒蒸しくらいしか調理法を知らないらしい。


 ――まさかこんなに美味しい食材にありつけるなんて……。大迷宮、恐るべし、ね。


 そんなわけで大迷宮第3層へ至る3日間は、朝昼晩。そのどれもがシャーレイを使った料理になった。案の定、料理の種類が尽きて、今日……つまり3日目の今朝には飽きが来てしまった。けれど、金欠で食材不足も良いところなのにそんなことは言っていられない。誠心誠意、食材への感謝を込めてシャーレイの身を味わいつくしたのだった。




 迎えた、3日目の(恐らく)お昼過ぎ。やや川幅が拡がった洞窟を抜けると、いよいよ第3層“死者の階層”だ。これまでと違って光源が少ないのでしょう。全体的に薄暗い印象で、階層全体が夕暮れに近い暗さになっている。


「ここからは川に魔物がうようよと出ます。陸地を行く方が安全でしょう」


 というメイドさんの進言で私たちは岸に舟を停め、陸地へと上がることになった。


「うーん……。暗いわね」


 大迷宮に入ってこれまで常に光のある生活をしてきたから、第3層の暗さが際立っているように思う。けれどさっきも言ったようにあくまでも薄暗い程度。壁や天井にあるヒカリゴケのおかげで、ある程度、視界は確保できている。それに、第3層にはヒカリゴケに加えてもう1つ、光源となっている植物が存在する。それは……。


「なるほど、あれが光るキノコね。黄色だから『アッセ』かしら」


 薄暗いから、遠目でも白っぽい黄色に輝くキノコが見える。比較対象がないからその大きさは分からないけれど、遠くにあってもキノコだと分かるくらいには大きい。少なくとも1m以上はあると見積もっても良さそう。


「えと、確か青色が『ミッセ』、緑色が『カッセ』、赤色が『キッセ』……ですよね?」」


 昨晩、私と一緒に第3層について少しだけ勉強していたユリュさんが、光るキノコの名前を順に挙げていく。後から共通語が当てられたから色と名前がややこしいことになっているけれど、色という概念を捨てて植生に目を向ければ覚えられなくもない。


「ミッセが温度の低い場所、カッセが洞窟、キッセが、えとえと……わぷっ?!」

「ユリュ、身体を拭いているので動かないで下さい。あと、キッセは水が少ない場所に自生しています」


 水から上がったばかりでずぶ濡れ。しかも水着……と言うか下着姿のユリュさんをメイドさんが拭いてあげている。第3層に居る魔物の情報を含めて、こういった情報を集めるために。先日、私たちは冒険者ギルドがあったレストリアに立ち寄ったと言っても過言ではなかった。

 身体を拭き終えて服を着せられたユリュさんには、元の大きさに戻ったポトトの背中に乗ってもらう。


「ここからは視界も悪く、魔物も多く居ます。慎重に行きましょう。ティティエ様も、お嬢様の護衛、よろしくお願いします」


 舟を〈収納〉して、代わりに鳥車を引っ張り出すメイドさんが、私たち全体に向けて注意を促す。そんな彼女の言葉に、ただ一言。


「ん」


 特段身構えるでもなく緊張するでもなく、コクリと頷いただけのティティエさん。その堂々とした姿は本当に、頼りになるわ。

 心強い用心棒の姿に緩んでしまいそうになる口元を引き締めて、私は頭の中で地図を思い浮かべる。


「そうね。まずはこのまま北東に進んだところにある町を目指しましょうか」


 上から見ると、北東部分が欠けた6~7日目くらいのナールの形をした第3層。長い長い洞窟を抜けた私たちが今いるのは、北西の端。ここから“異食いの穴”がある北部を目指していく。距離にして大体、500~800㎞くらいだと思うわ。

 向かうべき場所を決めたら、次は役割分担ね。


「メイドさんは物の出し入れと調理にある程度スキルポイントを使っているでしょう? ゆっくり休んで」

「……かしこまりました」


 ティティエさんが居るということで、ここは素直に引き下がってくれるメイドさん。大きなものを出し入れすると、〈収納〉はかなりのスキルポイントを使うことになると聞いている。お汁を温める熱石の使用でもスキルポイントを使っているメイドさんには、可能なら休んでいてもらいたかった。


 ――即答しなかった理由は、メイドとしての矜持かしら。それとも……。


 第3層に関係しているだろうメイドさんの“苦手”に関わる何かなのか。まぁ、ね。私は薄々感づいているから、あとは確認作業になるのだけど。


「ポトトはユリュさんを乗せながらになるけれど、頑張って鳥車を引いてね」

『クルッ!』

「かなりの距離の移動になるわ。あなたが欠けたら今回の遠征も終わる。絶対に無理はしないで」


 私の言葉に、表情を引き締めたポトトが今一度頷いてくれる。ここまで彼女ポトトはほとんど鳥かごの中で生活してもらっていた。窮屈な思いをさせてしまったけれど、ここからは陸上移動が得意なポトトの本領発揮の機会。存分に歩いて“運び屋”の役割を担ってもらいましょう。


「死滅神様! は! は何をすればいいですか?!」


 ポトトの背中の上、元気いっぱいに手を挙げて自分の役割を聞いてくるユリュさん。ぺちぺちとポトトの背中を叩いているけれど、分厚い羽毛のおかげかしら。ポトトが気にしている様子はなかった。


「ユリュさんは暗闇でも問題なく視界を確保できる〈暗視〉のスキルがあるのよね? だったら、ポトトの背中の上から索敵をお願い」

「分かりました! 敵が来たら、殺しますっ」

「ええ。……でも殺す前に、まずは教えてね?」

「分かってますっ」


 笑顔のままヤる気に満ちた目で首を縦に振ったユリュさん。本当に分かってくれているのかしら。やっぱり少し危なっかしい所があるし、お姉ちゃん、心配だわ? 最後にティティさんだけれど、彼女はさっきも言ったように私の……というより私たちの用心棒。向かってくるだろう魔物たちなんかを撃退してもらう。


「……それじゃあ、行きましょうか」


 私、メイドさん、ティティエさんが乗り込んだところで鳥車が動き出す。ここは第3層。私が最も救いたいと願う生物が存在する。そんな階層でもあった。

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