●ちょっと寄り道 (フィッカス→ジィエル)

○貨物船『クィクリー』

 もっと強くなって、キリゲバを単独で倒すことが出来るようになる。そして、立派な角族の大人なになる。

 そんな夢を語ってくれた可愛らしくも頼もしい角族の女性ティティエさんと別れて、私たちは貨物船『クィクリー』に乗り込んだ。予定では、ここから12日かけてジィエルの町へ向かうらしい。


「キリゲバから船を守ってくれたあんたらは恩人だ。お代は良い」


 そう言ってくれたのは船長のヤズズさん。縮れた毛と黒い肌をした人族の男性だった。きちんとお金を払う。そう言ったのだけど、“荷物”が1つ増えるだけだと軽くあしらわれてしまった。それに、客船と違って客室の設備も整っておらず、接客も無い。


「俺に出来るのは、運賃をまけることぐらいだ。礼くらいきちんとさせてくれ」


 そんなヤズズさんのご厚意に甘える形で、私たちはクィクリーに乗り込んだ。

私たちにあてがわれたのは左右2つずつ、上下段に分かれたベッドがある部屋だった。確かに簡素な部屋だけど、寝泊まりする分には十分ね。

 2段ベッドというらしい壁をくりぬいたようなベッドの上段に私。下段にサクラさんとメイドさん。机の上の鳥かごにポトトが居る。


「ヤズズさん、良い人だったわ」

「うん。タダで乗せてくれるなんて、棚ぼただよ~」


 治安部隊さんの調査と積み込みが終わって、出航したのが夕暮れ。まだ港を出てから2時間ほどでしょうけれど、もう夜と言って良い時間だった。客船じゃないから、特段、船の中を出歩く用向きも無い。というわけで、私もサクラさんも部屋着に着替えてまったりしていた。


「ヤズズ様からしても、死滅神であるお嬢様への貸しを残したく無かったのかもしれませんね」

「もう、メイドさんったら。厚意は素直に受け取るものよ?」


 部屋の施錠を確認しているメイドさんが、ヤズズさんの厚意に水を差す。他人を疑うことも大事なのでしょうけれど、やっぱり私は、信じることから人と接したかった。


「ところで……」


 上のベッドに座っていた私は、傍らにある幅広の紐を見てみる。肩、お腹、足。それぞれの位置に、ベッドの端と端とをつなぐ伸縮性のある紐があった。自分自身を縛り付けるためのもの……かしら。続いて寝室全体を見回してみて、衣装棚や簡易な机と言った調度品を見る。物自体は見慣れた物だけれど、少し奇妙な特徴を持っていた。


「どうして、家具が壁に固定されているのかしら。ベッドにあるこの紐の意味も謎ね」

「わ、ほんとだ。このベルト、何に使うんだろ?」


 私の言葉で紐の存在に気付いたらしいサクラさんが、下のベッドで声を上げている。

 固定された家具については、盗まれないように、ということかしら。確かに、メイドさんみたいに〈収納〉スキルがあれば、家具や調度品を盗み出すことは容易でしょう。けれど、そうした強力なスキルを持っている人は、何かを盗まなければならないほど困窮することはかなり稀だ。何をするにしても、引く手あまたでしょうしね。


「メイドさん。何か知ってる?」

「どうでしょうか? ですが、何事にも理由があるものです。きっとその固定紐にも意味があるのでは?」


 と、部屋の安全確認をしながら答える。……いくら乗組員の人たちが男性ばかりだからって、用心深過ぎじゃないかしら。あと、今の口ぶり。絶対知っているじゃない。まぁ、でも、メイドさんの言うとこはもっともね。大抵の物事には意味がある。


「……とりあえず、紐を渡して寝るのが無難かしら」


 夕食――昼に消費し切れなかった不味いキリゲバのお肉――を頂いた後、3か所のベルトを渡して眠る。その結果は、翌朝に分かった。


「意味ないじゃない!」


 びっくりだわ。何の意味も無かった。締め付けのおかげでなかなか寝付けないし、寝返りを打つたびにちょっとした違和感がある。だからと言って、これと言った恩恵は感じられない。ただただ寝苦しいだけでしかなかった。


「おはようございます、お嬢様。朝から騒がれては、サクラ様が起きてしまわれますよ?」


 いつものように、いつもの格好で、メイドさんが私をたしなめる。はぁ、とため息をつく彼女の姿を上段のベッドから見下ろしながら、私は昨夜のことを思い出す。

 あまりの寝苦しさで深夜に起きてしまった時。部屋には小さな丸い小窓があるのだけど、そこから差し込むナールの光に照らされるメイドさんの貴重な寝姿を拝むことが出来た。人の寝顔を見て喜ぶのは、いけないことかしら。それでも、光沢のある白い寝間着姿で身体を丸めて安らかな顔で眠るメイドさんは可愛くて、どこまでも美しかった。


「どうかされましたか? わたくしの顔に何か?」


 少しいぶかしむような顔をするメイドさんが、上のベッドにいる私を見上げて聞いて来る。

 愛らしい寝顔を思い出していたなんていうと怒られるかも知れないから、何でもないとごまかしておいた。それはそうと、メイドさんはベルトをしていなかったわね。必要が無いと知っていたなら、言ってくれればいいのに。


「ま、良いわ。さて、今日の朝食の当番は誰だったかしら」

「今日は2月の24日。4が付く日なので、お嬢様です」


 ベッドの梯子を下りながら、朝の支度を始める。備え付けの洗面所は無いから、メイドさんが用意してくれた濡れタオルで顔を拭いた後、口をゆすいで布で歯の表面を丁寧にふき取る。こうしないと、歯がダメになってしまうそうよ。


「う~ん、おはよう、ひぃちゃん、メイドさん。なんだろ、身体が凝ってる……」


 私が朝の支度をしていると、寝ぼけまなこのサクラさんが大きなあくびをしながら起きてきた。彼女も、ベルトに苦しめられたみたい。肩と腰がヤバいと、しきりに身体を叩いている。ついでに「ヤバい」はあらゆる意味を持つ便利な言葉らしいわ。私もいつか使ってみたいと密かにうずうずしているのは内緒ね。

 私がヤバさについて考えていると、


「あれ、こんなところに布団なんかあったっけ?」


 そんなサクラさんの声が聞こえた。彼女見ているのは、ベッドの間にあった硬い床に敷かれている布団だ。私も言われてみて初めて気づく。


「布団? 確かに昨日の夜は無かった気がするけれど、メイドさんが敷いたのよね?」

「はい。もしもの可能性に備えておいたのですが、必要なかったようです」

「……もしもの可能性って何よ?」

「秘密です♪ ですが、今朝のお嬢様の反応を見るに、近いうちに必要になるかと」


 私の反応? どういうことかしら。


「心配しなくても、きちんとベッドで寝るわよ? 確かに上段は1人で少し寂しいけれど……」

「んふ♪ いつでも布団は用意しております。必要であれば、添い寝も――」

「結構よ!」


 子供扱いされているわね。意地でもベッドで眠ってやるわ。なんてことを思っていたら、私のお腹が鳴る。日付の下一桁が4と9と0が付く日の朝食当番は私だから、私が作らないと朝食は出てこない。


「とりあえず、ご飯にしましょうか」


 フィッカスで買い込んだパンに、万能調味料マヨとポチャのハム、ティトの実とパリを挟んだ簡単サンドイッチで、私たちの船旅は始まる。

 とは言っても、本当にやることが無い。基本はチキュウとフォルテンシアについての勉強。もしくはスキルの練習。たまにヤズズさんに頼み込んで甲板に出て黄土おうど海の景色を堪能したり、船の中を探検したりして、1日を過ごす。

 そんな日々が3日続いた、夜。私はベッドにあったベルトの意味と、メイドさんが床に意味もなく敷いていたように見えた布団の意味を知る。中型とは言え船に乗っていた私は、黄土海が潮流の激しい海だということを完全に失念していた――。

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