○こんなことって、ある?
助け出した女性2人を守るために、隊列を変更した私たち。先頭にメイドさん。その後ろに私が続いて、真ん中に女性2人を置く。その後ろにポトト、ユリュさんを配置して、一番後ろをティティエさんが担うという形になっていた。前に進むことよりも、もしもの場合に撤退することを意識した編成ね。
「むむぅ……」
辺りを警戒しながら進むメイドさんの背後。微かに香るお日様の匂いを感じながら、私は先の暴漢たちについて考え込んでいた。
だから、人を殺した後にいつも考えてしまうその時間が、今日はとても早くに来ていた。
――本当に、これで正しかったのか。
私は、フォルテンシアで唯一、殺人を認められている存在だ。その気になれば、あらゆる難癖をつけて人々を皆殺しにすることが出来てしまう。だからこそ、殺すときはよく考えて、例えその殺しを理由にして私自身が誰かに殺されようとも、後悔しないような死をもたらしてきた。だから、これまでの“殺し”に後悔が無いことだけは胸を張って言い切れる。私は自身の行ないが正しかったと、これこそが今代の死滅神の許容範囲であると、口外することができる。
けれど、やっぱり悩みはする。
――いいえ、命と向き合う以上は、たぶん一生、悩まなければならない。
1人の尊厳を踏みにじった人を、殺すのか。今の私は、悩むでしょう。じゃあ、2人なら? 2人の人物の尊厳を奪った人だったら? 今の私なら、殺す。じゃあそれは、1人までなら他者を
他にも、シーシャさんのように事情があって人を殺してしまった人を、私はその場では殺さなかった。いつか寿命という死をもってして
――死滅神は、あらゆる命に対して公平公正でなければならない。
そう、頭では理解している。だから常に命を奪う前は冷静で居ようと努め、感情を押し殺して、これが死滅神の行ないとして正しいと私が思えるかどうかを模索してきた。なるべく同じ習慣……例えば「さようなら」と別れの挨拶なんかをしながら、死を与える自分の非道を自覚してきたつもりだ。
けれど、困ったことに人には心がある。人まねをする
最近、特に思うようになってきたことがあった。それは……。
――心を失くせば。私は命に公平公正に向き合えるんじゃないかしら。
相手に事情がある。そう考えてしまうから、死の境界線がぼやけてしまう。あらゆる事情を排して「他者を殺せば例外なく死」「他者の尊厳を踏みにじれば死」と割り切ることの方がよっぽど、命に対して公平公正に向き合えているような気がする。
「でも、その辺で見かけた人を適当に2人殺した快楽の殺人と、家族を守るために両親を殺したシーシャさんの殺人を同じように扱いたくはないのよね……」
けれど、そう考えてしまうのも、私に心があってしまうからかしら。事実だけを見れば、両者ともに2つの命を奪っている。事情なんか無視して等しく死を与える死滅神を、人々は望んでいるんじゃない? だって言い方を変えれば、事情さえあれば、最悪、殺しは許されると言っているようなものだもの。
ぐるぐる、ぐるぐる。命を奪うことについて考える。どうしてフォルテンシアの敵と呼んでいる人たちは、簡単に人を殺せるのかしら。彼ら彼女らに
「……って。『何々して欲しい、欲しくない』ね。これも、私に心があるからそう考えてしまうのよね?」
過酷な環境を生き抜くために心を封じたリアさん。彼女とは違った意味で、私は心を封じた方が良いのかもしれない。心なんて言う目に見えないものを見ようとするんじゃなくて、ただ目の前の事象だけを見聞きして、ただ明確な判断基準のもとに死を運ぶ。そんな、思考しない魔道具のような存在こそが、私が至るべき死滅神の境地であるような気がしてきたわ。
「本格的に、感情と言うものを捨ててみる訓練を……あ
俯いてしまっていたから、いつの間にか立ち止まっていたメイドさんに気付けなかった。結果、彼女の背中にぶつかって、あわや倒れそうになる。そのまま通路の両端を流れる幅の狭い水路に頭から突っ込むかと思ったけれど、メイドさんがそっと背中を支えてくれたのだった。
「お嬢様。なにやら思案中のところ、申し訳ありません」
「良いの。私の方こそぶつかってしまってごめんなさい。それで、どうかしたの、メイドさん?」
体勢を整えながら聞いた私に、メイドさんは背後を目で示しながら口を開く。
「恐らく、迷宮の最奥と思われる場所にやってきました。あちらです」
メイドさんに
けれど、大きな部屋の割には何もない。普通は、魔石を守る迷宮の
「他の部屋もそうだったけれど、何もないわね……って何あれ?」
この大部屋が他の部屋と違う点が、たった1つだけあった。それは、部屋の中央に小ぢんまりとした扉のようなものが置いてあること。助け出した女性たちの話では、暴漢たちはあの扉に消えて行っては、しばらくすると別の部屋から戻って来ていたらしい。つまり……。
「出口?」
私たちが1か月近くをかけて訪ねた迷宮。それは噂通りに。いえ、これに関しては噂以上に、何もない迷宮だった。……こんなことって、ある? あって良いの? そんなわけない!
――……って、駄々をこねても仕方ないわね。
まぁ、私たちフォルテンシアの生物には何もないってだけで、召喚者であるサクラさんを連れて来たら状況が変わるということもある。それにまだ、迷宮から出られたわけじゃない。安心、落胆、どちらをするにしても早計よね。
ひとまず階段を下りて、大広間の中央へ。そして、支えも無しにぽつんと立っている扉を観察する。さっきから自分の中で扉と表現しているけれど、正確には、扉の
「……で?」
近づいてみれば何かあるかと思ったけれど、何もない。こうなったら罠でも何でもいいからあって欲しかったのだけど、やっぱり、何もない。
「くぅっ……。無駄足だった――」
「お嬢様、そう結論づけるのは早計かと。こちらをご覧ください」
私がここには何もなかったと溜息をつこうとした、まさにその時。メイドさんが人差し指で扉の枠を示して見せる。何があるのかと見てみれば、扉の枠には細かな傷がついていた。
「傷? それがどうしたの?」
「いいえ、よく見てください」
言われるがままその場にしゃがみ込んで、目を凝らしてみる。そうして分かったのは、その傷が文字だということ。よく見れば扉の枠全体に同じ文章が繰り返し描かれている。しかも共通語では無くて、フォルテンシア語の、さらにその原文。いわば『
――“
いま使われているフォルテンシア語と古フォルテンシア語には、文法から文字の
「えぇっと……。『相手』と『行く』『可能』しか分からないわ?」
「
自らも古フォルテンシア語を知らないと言いながらも、おおよその単語はメイドさんが読み取ってくれた。そして、魔法使いだったり、知識欲旺盛なメイドさんみたいな変た……変わり者だったりくらいしか古フォルテンシア語を勉強する人なんて居ない。この場に居る全員の知識を合わせても、それ以上の解読は不可能だった。
「どうやらこの先に待つ何者かを1人倒す、あるいは独りで倒すことで、どこか……恐らく、出口へ向かえるのだと思います」
「なるほど……」
とりあえず、この暗闇の向こうには何かがあって、何者かがいるらしい。でも、生還率の高さを考えると、それほど強敵ではないのかも。それに、個人的には「訪問者」「向こう」という所が気になる。ここが“異食いの穴”であることを考えると、「訪問者」が「召喚者」を、「向こう」が「チキュウ」を指してくれていたりしないかしら。まぁ、その推測には私の希望がふんだんに詰まっているのだけど。
「暴漢たちが何度も出入りできていたことから考えて、危険度は低いはず。油断はできないけれど、気負い過ぎる必要もない。私はそう思うわ」
私の言葉に、ポトト以外の全員が頷く。ポトトも、話についていけていないだけみたいだから、大丈夫。
「それじゃあ扉に飛び込む前にもう一度だけ装備と隊列を確認して。それから、飛び込みましょうか」
それから数分後。それぞれ確認を終えた私たちは意を決して、暗闇の中へと歩みを進めるのだった。
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