●フィッカスにて
○普通の町
2月18日。カラカラと音を立てて進む鳥車。吹き抜ける潮風が、幌を開け放った荷台を吹き抜ける。足元も、左右を囲む塀も、ほんのりと赤みがかった白い石。その奥に見える真っ青な海との対比が美しい。
私たちは今、フィッカスへと続く長い長い石橋を渡っていた。
全長は1㎞。陸地にある検問所からまっすぐに牢獄島へと渡された橋の道幅は10mくらい。大型の鳥車が2台、余裕をもってすれ違える大きさね。車通りは多くないけれど、ちらほらと馬車や鳥車とすれ違った。緩やかな勾配があって、中央、最も高い場所から見下ろす橋と島、海が一直線になる様は――。
「――最高ね!」
海風に黒い髪を揺らしながら、私は美しい景色を堪能する。
「きれい~! こんなに長い橋、どれくらい造るのに時間かかったんだろ」
私の隣で目を輝かせながら、茶色い髪を揺らすのはサクラさん。さっき泣いたから目元は少し腫れているけれど、もういつもの元気一杯の笑顔を見せてくれている。私たちの背後、反対側にはティティエさんが居て、やっぱり景色をずっと見ている。彼女の感情に合わせて動く青い鱗に包まれた尻尾はピンと立っている。あれは、警戒や緊張をしている時の尻尾の動きね。高いところが苦手なのかも。
「皆様、落ちないでくださいね!」
御者台で声を張るのはメイドさんだ。言われて気付いたけれど、確かにかなり身を乗り出していた。ある程度景色も堪能したことだし、私たちは荷台に引き返す。幌を閉めると、いつもの静けさが戻ってくる。
「サクラさん。さっきの疑問に答えると、この橋は多分、1日もかからずに造られているわ」
「え、そうなの?! あっ、魔法とか?」
なるほど、魔法ね。確かに魔法は、各地に伝わる特定の現象を引き起こす言葉の羅列をまとめたもの。私たちの知らないどこかに、この橋を作るだけのものがあるのかもしれない。だけど、私の予想だとそうではない。
「いいえ、もっと簡単よ。フォルテンシアには何でも“つくって”しまう人が必ず1人、居るんだもの」
「……あ~、ね。創造神様だ」
サクラさんの答えに、私は頷く。荒れる海の上にこれだけの建造物を人力で作るとなると、莫大な時間と労力、お金が必要になって来る。だけど、創造神に頼れば全ては解決する。恐らくフォルテンシアのためになるから、創造神も進んで協力したはずよ。
造られたのはずっと昔でしょうから当代の創造神テレアさんの偉業ではないでしょうけれど。
「この橋を1日で、か~。そこら辺はやっぱりズルいよね、神様たち」
「だからこそ、人々の信仰を集めているとも言えるんじゃないかしら」
普通の人には出来ないことをしてしまう。それが私たち、“神”と名のつく人々なのでしょう。
そうしてサクラさんと話していると、ふと、視線を感じた。見れば、ティティエさんが私を水色の瞳で私を見ている。眉を下げたその表情は……私を心配しているのかしら。
「どうかしたの?」
そんな私の問いかけに、ハッとした様子を見せた後ブンブン首を振るティティエさん。
「ティティエさんも一緒にお話ししましょう? 成人の証としてキリゲバと戦った話の続き、聞きたいわ」
私が差し出した手を、嬉しそうに取ってくれるティティエさん。それからサクラさんとも手をつないだティティエさんと談笑しながら、私たちは牢獄島、フィッカスの地に足を踏み入れた。
牢獄島は周囲を潮流の早い海『
陸地から続く橋がある島の西部に、私たちが目的地にしている町フィッカスがある。どうやらシロさんを買った商人がきているかもしれないらしい。運が良ければこのまま、シロさんに会えるかもしれない。
「……うん、普通の町だ!」
荷台から町並みや雰囲気を見ていたサクラさんが漏らした感想が、フィッカスの町を表しているんじゃないかしら。
牢獄島は中心部がちょっとした山になっている。そんな島の傾斜に合わせて作られたフィッカスの町は、わずかに上り坂になっていた。頂上付近には大きなお屋敷があって、町長さんが住んでいるのだとか。種族や家の様式も様々で、なんと言うの? とにかく、本当に普通の町だった。
観光をしながら宿を探しつつ、私たちはフィッカスの第一印象について話を続ける。
「物騒な島の名前。それに牢獄があると聞いたから、てっきりもっと殺伐とした印象を持っていたけれど……」
「はい。カーファ様から聞いていた印象とも、大きく異なるようです」
カーファさん。エルラの町で
「まぁ、あの方はエルラから出たことがないはずです。情報に謝りがあっても何ら不思議ではありません」
少し辛辣な物言いでカーファさんにダメ出しをするメイドさん。だけどやっぱり、敬意は感じられるから不思議。
「この様子だと、ティティエさんの護衛も必要ないかもしれないわね」
決して悪そうに見えない町の雰囲気を荷台から眺めつつ、私がそんな冗談を言った時。荷台の
『私、不要?』
「あ、いいえ。今のは冗談よ。ここを出るまでは一緒に居てもらうわ。勘違いをさせてしまったのなら、ごめんなさい」
私の言葉に、ティティエさんがほっとしたように息を吐く。同時に、ぺたんと垂れていた太い尻尾が再び、ゆらゆらと揺れ始めた。……どうしてあんなに不安そうだったのかしら。さっきの顔は、「捨てられるかも」と言っていたサクラさんの表情に似たものがある。
その原因として、私には思い当たるものがあった。それはティティエさんが私たちに用心棒の報酬としてねだってきたもの。
「ふふん。ご飯の心配なんて、ティティエさんは食いしん坊なのね?」
ここ数日で分かったこととして、ティティエさんはびっくりするくらい不器用だった。いいえ、大雑把と言うべきね。調理は焼くだけで味付けは無し。洗濯も、身体を拭くのも最低限。服だって、今着ている、くたびれた白い服と、立派な尻尾がある角族用の長いスカート1つだけ。私が言うのもなんだけど、いろんなことに無頓着だった。
だからでしょう。私たちが作る料理にはいたく感動してくれていた。特に、メイドさんが作る絶品料理には目が無いようだった。それが食べられなくなることが残念なのか。そう思っていたけれど、
『違う。それ、スカーレット』
尻尾をピンと立てて抗議してくる。眉も逆立っていて怒っているのは分かる。だけど、垂れた目元に、私よりも低い背丈。幼い見た目のせいで迫力はない。むしろ、愛らしいわ。
「ふふ、ごめんなさい。そうね。食べることは命と正面から向き合うこと。私は大好きよ」
言いながら、私がティティエさんの柔らかい髪を撫でてしまうのも仕方ないわよね。さりげなく、振り払われてしまったけれど。
『スカーレットたち、弱い。不安』
「不安? メイドさんが居るのに?」
メイドさんが居ても不安と思ってしまうなんて。ティティエさんは案外、臆病なのかも。あるいは彼女が強過ぎるから、私たちがずっと弱く見えてしまう……とかかしら。実際、ティティエさんに「んっ!」されるだけで私やサクラさん、ポトトは秒でさよならでしょうね。
とにかく、ティティエさんは私たちを心配してくれていることは分かる。
「ありがとう、ティティエさん。頼りにしているわ」
私の言葉に「ん」とだけ答えた彼女は手を握ったまま、フィッカスの町へと視線を移す。宿を見つけるまで眺め続けたフィッカスはやっぱり、普通の町だった。
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