○信用と信頼の証

 決して大きな町とは言えないフィッカス。1時間も歩けば、町の端から端まで歩けると思うわ。1日もあれば、町全体を歩いて観光出来てしまうんじゃないかしら。

 だからかも知れなけれど、泊まる場所もそんなに多くない。加えて、どこも4人で泊まれる大きな部屋が無い、こぢんまりとした所だった。いくつか宿を当たってみて、結局、素泊まりで1泊15,00nの所に決める。2人部屋を2つ借りて、私たちはシロさんについて分かるまで、フィッカスに滞在することになった。


「それじゃあ、ティティエさん。これからしばらく、よろしくね」

「ん」


 私の同室はティティエさんになった。理由は単純に、強いから。彼女のそばにいるのが最も安全だろうというメイドさんの判断だった。

 そうして部屋割りを決める頃には夕暮れ時。いつでも話すことが出来るように、ティティエさんと手をつないで夕食の買い出しに出かける。宿の近くにある商店で入用の物を買っていくのだけど……。


「普通の値段ね」

『場所、特異。値段、安い』

「そうね。こんな辺鄙へんぴな場所にあるのに、値段が普通なのはどうしてかしら」


 気になったのなら即行動。どんな情報がシロさんに結び付くか分からないし、店主のおばさんに聞いてみる。彼女と話して分かったのは、牢獄島の全体図ね。今いるフィッカスが島の西側。北は農作地帯になっていて、海風に強い作物が育てられている。南側でブルなどの養殖業が、広大な黄土おうど海に面した東側が漁港になっているらしいわ。


「島の食糧事情はそれでだいたい事足りるんですよ。もちろん近くの村や町との交易もあるので、食べ物の値段はかなり落ち着いているんです」

「なるほどね……。話してくれて、ありがとう。お礼ってわけじゃないけれど、たくさん買わせてもらうわ」


 物騒な町と聞いていたからぼったくりを警戒していたのだけど、そんな様子もない。魚も野菜もどれも新鮮で、美味しそう。

 買い物を終えて、町を散策しながら宿に戻る。その途中も、角族のティティエさんに視線が集まるだけで、悪意のようなものは感じない。何人かに声をかけてフィッカスのことを聞いてみたけれど、大抵は良いところだという返事が返ってきた。


「……警戒し過ぎかしら?」

『スカーレット、ご飯、いたむ』


 食材……主に魚が傷むと言ったティティエさんの言葉で散策を切り上げて、私たちは宿に戻った。




 泊っている宿『トゥトゥ』の調理場もきちんと清潔だった。調理器具なんかは無いけれど、別に一般的なことだから気にならない。ほんの少しだけ焦がしてしまった魚料理を全員で食べた後、私とティティエさんの部屋で集まって明日からの予定について話し合うことになった。

 基本的なこととして、まず何よりも優先すべきはお金を稼ぐこと。こうして温かいベッドの上で安心して話していられるのも、お金という対価を払っているからだ。


「私はひとまず働き口を探しましょう。サクラさんはどうするの? 見た感じ、フィッカスに冒険者ギルドはないみたいだけど……」

「え、ほんと? どうしよ~……」


 これまでサクラさんは冒険者業でお金を稼いでいた。だけど、昼間に観光をした時、フィッカスには冒険者ギルドらしきものが見当たらなかった。ギルドが無ければ素材の買い取りもしてもらえない。赤竜の鱗という臨時収入も、しばらくは期待できなかった。


「そうなると、いよいよ短期のバイト探しかぁ」

「良ければ一緒に働く場所を探す? サクラさんと働くの、楽しそうだわ」

「こういうの初めてだし……うん! お言葉に甘えようかな」


 これでサクラさんと私とで働き口を探すことにする。2人で働ける場所が理想だけど、そう上手くはいかないかもしれない。せめてサクラさんが働ける場所を見つけるまで、私が付きっ切りで面倒を見てあげましょう。なんたって、私はお姉ちゃんだもの。


「でも、ひぃちゃん。見つからなかったらどうするの?」

「そうね。冒険者カードの信用も、どこまで通用するか分からないし……」


 雇い入れてもらうために何よりも大切なのは信用されること。加えて、“死滅神”である私を雇い入れてくれるところがあると良いのだけど。


「お嬢様。もしもの時は、こちらを」


 メイドさんが差し出したのは、エヌ硬貨が大量に入った布袋。中には、数えきれないお金が入っている。


「うわっ、大量のお金だ!」

「エルラの神殿でカーファ様より預かった、お布施です」


 驚きの声を上げたサクラさんに、メイドさんが説明する。

そう。メイドさんの言う通り、各所にある死滅神の神殿には、信者からの寄付金がたくさんある。だけど、


「何度も言うように、それは最終手段よ。出来れば使いたくないの」


 ポルタでも似たようなやり取りをしたことを懐かしみつつ、私はメイドさんの案を否定する。私の知る限り、今、手元に積もり積もった寄付金は657,921n。しかもこれは、その町の孤児院なんかへの寄付を差し引いた額になる。こうして集まっているお金は“死滅神わたし”への信頼であり、期待であり、信仰だ。

 私はこのお金を使うことが、信仰心を利用しているみたいに思えてしまう。だから、今までも使ったことは無いし、これからも、出来れば使いたくなかった。


「信者は死滅神であるお嬢様にこそ、使われることを望んでいるのに、ですか?」

「……そうだとしても、少なくとも宿代なんかで使うべきじゃないわ」


 使うにしても、使い道は考えるべき。そう言った私の言葉に頷いたメイドさんは、寄付金が入った袋を〈収納〉した。


「メイドさんはシロさんの情報を集めることに集中してくれていいわ。私のことはサクラさんとティティエさんが守ってくれる。そうよね?」


 私の言葉に、2人が笑顔で頷いてくれる。少し考える素振りを見せたメイドさんだったけれど、


「かしこまりました、お嬢様。なるべく早く吉報をお伝えできるよう、努めます」


 今日見た町の雰囲気と、主にティティエさんの存在でメイドさんが了承する。とりあえず5日を目処に、私たちはフィッカスでの生活を始めることになった。

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