○美味しいお仕事

 2月19日。私とサクラさんは午前中全部を使って働かせてくれる場所を探した。そうしてようやく見つけたのが『レモン』の収穫の仕事だった。レモンと言えば確か、至高の食事ビュッフェに置かれていたサラダソースに使われていたはず。程よい酸味と上質な香りを放つ果物だった。

 そんなわけで、牢獄島の北側にある農作地帯の一角にやって来た私とサクラさん。私たちが働く果樹園は小高い丘になっていて、段々になるようにレモンの果樹が植えられている。濃い緑色の葉をつける木には、色鮮やかなのレモンが生っていた。


「ぱっと見、蜜柑! 形はレモン!」

「みかん……? えっと、かんきつるいの1つだったかしら」


 柑橘かんきつ類という言葉と一緒にサクラさんが教えてくれた果物。レモンと一緒で、橙色の実が生ると聞いたわ。酸っぱくて甘くて丸っこい果物は大体柑橘類らしいから、レモンも木の実も柑橘類でしょうね。


「し、死滅神様! こちらをお使いください!」


 私たちの背後に居た角耳族の女性が、2人分の帽子を渡してくる。半球に輪っかを被せたような形をした、通気性の良さそうな帽子ね。


「ふふっ。ありがとう、シーシャさん」

「いえいえ、滅相も無いです! むしろ、お体に何かあっては……」


 さっきから恐縮仕切りのこの女性は、シーシャさん。黄色い髪色に、黄色と茶色の斑模様まだらもようがある耳と尻尾を持つ、角耳かくみみ族よ。5年前に牢獄島に来て以来、こうして果樹園を経営しているみたいだった。ついでに、シーシャさんの私に対する態度の理由として、彼女が死滅神信仰者だからというのがある。私を雇ってくれたのも、ぜひ、お助けさせてくださいということだった。


「良い、シーシャさん? 日給は15,000nよ。それ以上出したら怒るから」

「は、はいぃぃぃ!」


 放っておくと全財産を差し出しそうだったシーシャさん。さすがにそれは良くないということで、私とシーシャさんが妥協できる金額を探った結果、この金額に収まった。雇用期間はひとまず4日間。内容はレモンを収穫するお手伝いだった。


「ひぃちゃん。賭け事の運は無いけど、出会いの運は尋常じゃないよね」


 シーシャさんから受け取った帽子を被りながら、サクラさんがそんなことを言う。風で飛んでいかないようにあご紐が付いた枯れた草の色の帽子は、サクラさんにとてもよく似合っていた。


「そう? いいえ、そうね。たくさんの人に支えられているわ」


 私も同じように帽子を被ろうとして、いつも仕事をする時に後頭部でまとめている髪が邪魔なことに気付く。ほどいても良いのだけど、首の裏が蒸すのよね。そのせいでポルタでのアールの収穫の時、倒れそうになったことがあった。あと、これから仕事をするという気持ちの切り替えの意味もある。

 どうしようか悩んでいた私を見かねたサクラさんが、


「そだ! ちょっと動かないでね、ひぃちゃん……。これで、どう?」


 私の髪を“お団子”に結い上げてくれる。ちょうど帽子の半球の中に納まって、髪の毛の問題は解決した。背中に大きなかごを背負って、これで準備は完了ね。


「さて。それじゃあシーシャさん。改めてよろしく頼むわ」

「よろしくお願いいたします!」


 私とサクラさんとでシーシャさんにお辞儀をして、仕事を始める。

 汚れても良いように、私は『働いたら負け』Tシャツと、丈が短い茶色い革のズボン。サクラさんは吸湿性の良いコットン素材の半袖Tシャツに薄い長袖の上着。ゴワゴワした素材の長ズボン姿だった。


「それで、私たちは何をすればいいの? 収穫のお手伝いと聞いていたのだけど……」


 そう言った私の手には、ナイフが握られている。隣に居るサクラさんは弓と剣を持っていた。実は、雇われるとき、シーシャさんからは戦うための武器を持ってきてほしいと言われていた。

 果物の収穫と、戦闘。あまり関連性の見えない2つに、私もサクラさんも疑問を覚えていた。今になってフィッカスが物騒なところ、と言われていた理由を知ることになるのか。そんなことも考えていたのだけど――。


「は、はい。実は死滅神様とお付きの方には収穫のついでにアレの対処をして欲しいのです」


 私とサクラさんとで、シーシャさんが指さした方向を見る。そこには、果樹園の上空を飛び回る小さな魚影があった。


「……まぁ、うん。無視はしてたけど、そんな気はしてた」


 サクラさんが言葉をこぼすのも無理はない。ここは果樹園のはずなのに、明らかに場違いなものが悠々と空を飛んでいるんだもの。あまりに現実離れし過ぎていて、私もサクラさんも無視を決め込んでいた。


「あ、あれはこの地域で『ウルラトーラ』と呼ばれる魚です。直訳すると海にいて空飛ぶ者。トビウオなんて呼ばれます」


 シーシャさんの説明を肯定するように、ウルラトーラは自由自在に空を飛んでは、時折レモンをかじって、海へと消えていく。


「わたしの知ってるトビウオって、ここまで自由に飛ばないし、レモンを食べたりもしないんだけど……。えいっ」


 近くを通りかかったウルラトーラを、サクラさんが射止める。地面に落ちたソレは大きな翼のような胸鰭むなびれを持つ20㎝くらいの魚だった。広げた胸鰭むなびれは1mくらいあるんじゃないかしら。鱗は銀色に美しく光っていた。


「あっ! ひ、人を噛むことは滅多に無いので安心してください、死滅神様!」

「たまには、あるんだ……」


 そう言っている間にも、ウルラトーラがまた1匹飛んで来て、レモンをかじって消えて行く。


「実はこの時期、ウルラトーラの群れがこの島の周辺に来るんです。普段は海藻を食べているらしいんですが、陸にある果物を食べることもあって……」

「なるほど。つまり、果物を収穫しながら、近くに来たウルラトーラを倒せばいいのね」


 私の確認に、シーシャさんがブンブンと首を縦に振る。黄色い瞳の吊り上がった眼と態度の落差があって、可愛らしい。

 そんな彼女の指示のもと、レモン狩りとウルラトーラ狩りが始まる。主に私がレモンを取って、サクラさんがウルラトーラを射る。


「めっちゃいい射的いてきの練習になる!」


 そんなことを言いながら、次々に矢を撃つサクラさん。この辺りはシーシャさんに任されている土地で、他に人はいないと聞くけれど……。


「絶対に陸に向けて撃っちゃだめよ。人に当たると大惨事だから。あと、近くにポトトとティティエさんがいることも忘れないでね」


 用心棒でもあるポトトとティティエさんが、近くで待機している。そう改めて伝える私に、サクラさんは弓を引き絞ったまま答える。


「分かってる~……えいっ、といっ、ほいやっ!」


 みるみるうちに矢筒から矢が減っていく。最後まで体力と矢が持つのかしら。


「ついでに、ひぃちゃん」

「なぁに?」


 梯子に腰掛けてレモンをもぎ取る私に、サクラさんがこれ以上ないくらい大切なことを言ってきた。


「トビウオってことは、この魚、めちゃめちゃ美味しい――」

「――絶対に、1匹たりとも逃さないで、サクラさん」


 それを早く言って欲しかったわ。ウルラトーラ。あなたに罪はないけれど、その命、美味しく頂かせてもらいましょう!

 その夜食べた『ウルラトーラの塩焼き ~レモン汁を添えて~』が絶品だったことは、言うまでも無いわね。ポトトも生のウルラトーラを美味しそうに食べていた。色んな意味で美味しい仕事をこなして、フィッカスでの私たちの1日が終わって行く――。

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