○牢屋はどこにあるのかしら
フィッカスを訪れてから4日目。昨日と一昨日で仕事に慣れた私とサクラさんとで、手際よくレモンを収穫していく。
「慣れてしまえば簡単ね」
「はい、そこっ。調子に乗らない! 絶対の絶対に、痛い目見るから」
「そうね、分かってるわ」
半球に輪っかを被せたような帽子――サクラさん曰く『麦わら帽子』――を被って作業を進める。
「まぁ、何かあってもティティエさんが対処してくれるでしょう」
言った私が後方、少し離れた場所を見遣ると、レモンの木の陰で膝を抱えているティティエがいる。用心棒でもある彼女はここ数日、ああやって私たちを守って(?)くれていた。隣にはポトトが居て、歌を歌っては、毛づくろいをして、眠る。気ままな1日を過ごしていた。
「でも、フィッカスってほんとに平和だよね。牢獄島なんて呼ばれてるのが嘘みたい」
「そうね……。そう言えば、牢屋はどこにあるのかしら」
そもそも牢獄島と呼ばれるようになったのはこの島に牢獄があるからだと聞いた。けれど、島をどれだけ散策しても牢獄なんて見当たらない。
「あれかな? 映画とかだと海岸線の洞窟とかにあったりした気もするけど――」
「死滅神様ー! お付きの方。それから角族の方もー! お昼休憩にしませんかー?!」
作業の片手間にサクラさんと話していると、シーシャさんの声が聞こえてきた。彼女は彼女で、果樹園の内側にある農地で作業をしている。レモンの木で潮風を防いでいるとかなんとか言っていたわ。
「ちょうどいい機会だし、聞いてみましょうか」
「そうだね。ま、知ってどうするんだって話なんだけど」
「あと、シーシャさんにはもう一度、サクラさんが『友達』ってことを言わないとね」
レモンの入ったカゴを背負い直して、私とサクラさんが梯子を下りる。途中、ティティエさんとも合流して、3人でシーシャさんのもとへと向かった。
昼休み。選別用の箱を裏返して椅子にする私たちは車座になって、レモンのふっくらパイこと『レモンタルト』を頂いていた。レモン農家さんというだけあって、シーシャさんが作るタルトは絶品ね。甘酸っぱいレモンと、ピュルーの卵を使った優しい甘さの生地、それらを包み込むサクサクのパイが、疲れた体を癒してくれる。
ここに紅茶があれば最高なのだけど、メイドさんが居ない以上、残念ながら叶わない。その代わりに『プチ水』と呼ばれるシュワシュワした水にレモン果汁を入れた飲み物が、タルトのお供だった。
「牢屋がどこにあるか、ですか?」
タルトを5
「ええ。この島って牢獄島って呼ばれているのよね? だから、どこに牢屋があるのかなと思って」
新しいタルトに手を伸ばそうとしたところで、サクラさんに止められる。もう1つぐらいならいいんじゃない? そう視線で抗議してみたけれど、首を振ってダメだと言われてしまった。
無言の攻防を繰り広げていた私たちに気付かないまま、うつむいたシーシャさんが居心地悪そうに笑った。
「あー……そうですね。外の方はそう呼びますね」
少し引っかかる言い方ね。
「『外の人は』ということは、シーシャさんは違うの?」
「ちょ、ひぃちゃん。ちょっと遠慮なさ過ぎ!」
慌てたようなサクラさんの声で、私も踏み込み過ぎたことに気付く。
「あっ、そうよね。ごめんなさい、シーシャさん。答え辛かったら大丈夫よ?」
「いえいえ、大丈夫ですよ。牢屋……牢獄がどこにあるかですよね?」
両手で持ったコップに入ったレモン果汁プチ水割りを眺めながら、
「牢獄は、ここです」
そう、シーシャさんは牢獄のありかを明かした。彼女の言った言葉の意味が分からず、私は固まってしまう。同じように固まっていたサクラさんだったけれど、すぐに質問を返した。
「ここって、この果樹園ってことですか?」
「そう、ですね。この果樹園というよりは、この島そのものが牢獄なんです」
シーシャさんが語った事実を、私は未だに飲み込めない。
「この島自体が、牢獄……。ということは、フィッカスの町も?」
どうにか絞り出した私の問いかけに、シーシャさんは頷く。
「はい、その通りです、死滅神様。ここ牢獄島は、罪を犯した人々が更生するための場所なんです」
「そう、だったのね……」
「……ん? じゃあ私たち今、牢屋の中に居るってことになるんじゃ……」
サクラさんの呟きに、シーシャさんが苦笑しながら頷く。なるほど。どれだけ探しても牢屋が見つからないはずだわ。だってもう既に、私たちは牢屋の中に居たんだもの。それから、フィッカスの町が物騒だと言われていた理由もそれが原因でしょうね。犯罪者たちの
――つまり、私が殺すべき敵は、近くに居たのね。
1人で“死滅神”としての使命に燃える私の横で、サクラさんとシーシャさんが話を続ける。
「う~ん。だけど、犯罪者さんが住んでいるにしては平和過ぎじゃないですか?」
「ここに来るのは素行の良い、模範囚だけですからね。罪を償いながら、ここでフォルテンシアのために尽くす。牢獄島は、そんな場所なんです」
フィッカスがある方向を見つめて、シーシャさんが黄色い目を細めている。懐かしむような顔をしている彼女には悪いけれど、私には聞かなくてはならないことがあった。それは、フォルテンシアの敵の居所。彼らは一体どこに居て、何をしているのか。私はそれを知らなくてはならない。
「それで、シーシャさん。犯罪者はどこに居るの?」
「……え?」
パチパチと、シーシャさんが瞬きを繰り返す。あれ、聞こえなかったのかしら。
「だから。死滅神である私が裁くべき人はどこにいるのかと。そう聞いているの」
「あ、はい。えっと、ここに居ます」
「ここって……どこ?」
「あ、だから、
それはもう気まずそうに、シーシャさんが手を挙げる。
「……噓、でしょ? シーシャさんが?」
「はい。先ほど言いましたように、この島で働いている人全員が、その……囚人です」
耳と尻尾をぺたんとさせて苦笑しているシーシャさん。まさか彼女が罪人――フォルテンシアの敵だったなんて。だとすると、私にはもう1つ、聞かなければならないことが出来た。
立ち上がった私は、箱に座っているシーシャさんの前に立つ。
「ひぃちゃん……? どうしたの?」
急に立ち上がった私を
「シーシャさん。あなたは何をしでかしたの? どうして捕まっているの?」
ふつふつと湧き上がってくる使命感は、職業衝動に似ている。だけどきちんと私の意思はあって、身体も自由が利く。
――私は死滅神。フォルテンシアに害成すものを殺さなければならない。
「さぁ、言いなさい、シーシャさん。あなたの罪の、その内容を」
「ひぃちゃん? ねぇ、私の言葉、聞こえてる?」
さっきからちょっと、サクラさんがうるさい。今はシーシャさんの話を聞かないといけないのに。私の瞳に
「両親を……殺しました」
「……つまり、命を2つも奪った。そう言うことね?」
私の確認に、シーシャさんが黄色い髪を揺らしながら頷く。箱に座って私を見上げるその表情は、恐怖などではない。耳を私に向け、尻尾をしなやかに動かす仕草は、何かを期待する時に見られる角耳族の仕草だった。
「はい。死滅神様。どうか、罪深い私に、救いを」
そういうことね。自分の罪を自覚しているからこそ、死という救いを求める。だから彼女は、死の象徴である私を信仰しているんだわ。
「どうして自死しないの?」
「死は、死滅神様の物。自分達で裁量するものではない。死滅神信者にとっては当然のことです」
「……そう。分かったわ」
自分を手塩にかけて育ててくれた両親を殺し、のうのうと生きてきたシーシャさんは十分に死に値するでしょう。そうでなくても、他人の命を2つも奪った人を私は許さないし、何よりも。本人が、それを望んでいる。
「何か言い残すことはある?」
「……私には昨年成人を迎えたはずの『ゼイエ』という名前の弟が居ます。特徴的な黒い毛並みなので、分かりやすいはずです。もしゼイエが苦しんでいたなら、どうか彼にも死滅神様の救いを」
「承知したわ。シーシャさんの言葉をゼイエさんに伝えて、本人が望むのなら、私も使命を果たしましょう」
苦しみから解放することも、
「ありがとう、ございます」
そう言って涙をこぼすシーシャさんに手を伸ばす。
「それじゃあさようなら、シーシャさん。レモンのタルト、美味しかったわ」
死をもって、彼女が自責の念から解き放たれ、救われることを祈って――。
「ちょっと待って!」
そんな声が聞こえたのは、私がシーシャさんの頬に触れる直前だった。
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