●ちょっと長い寄り道 (ジィエル→ファウラル)

○リアさんのこと

※お待たせしてしまい、すみませんでした。またここから、無理のない範囲で毎日交信できればと思います。旅を通して一歩ずつ成長していくスカーレット達の姿を温かく見守って頂ければ幸いです。

――――――――――――――――――――




 ジィエルを出てから3日目。今日は私とリアさんで御者を務めることになっていた。


「ごめんね、ひぃちゃん」


 荷台で青い顔をしながら私に謝るのはサクラさんだ。本来はサクラさんの当番なのだけど、彼女が月末になると体調が悪くなることがある。『生理』と言って人間族を含めた人族の女性が持つ、生態的な理由から来るものらしい。


「仕方ないわ。むしろホムンクルスの私たちにはその痛さが分からないから、もどかしいくらい」

「あはは……。毎回毎回、ちょっとめんどくさいんだよね、これ」


 血が出て服や下着が汚れるのが面倒なのだと、サクラさんは言っていた。幸いなのは、フォルテンシアにも生理用品があることね。どこの世界でも、物が出来るのには理由がある。サクラさんと同じ悩みを、人族の女性の多くが抱えているのでしょう。


「サクラ様。顔色が悪いので、横になっていてください」

「ありがとうございます、メイドさん。じゃあちょっとだけ」


 日によっては普通に元気なのだけど、今日は特に辛そう。これまでも飛空艇で急に不安がったり、別荘ではヘズデックに襲われた私を必要以上に心配したり。何度かサクラさんの情緒が不安定になることがあったけれど、思えばどれも月末だった。ホルモンという目に見えない物質が関係して、感情のコントロールが難しくなることもあるそうよ。

 一応、私たち女性型のホムンクルスにも子宮なんかはある。だけど、ホムンクルスは種族として子孫を残すことが出来ないから、生理も無い。その辺りの情報については全て、伝聞系になってしまう。


「大切な人に共感できないって、辛いわね」

「はい」


 御者台で隣に座っているリアさんが、同意してくれる。今も紫色のきれいな瞳でじっと私を見ているリアさんは、とっても器用な人だ。何かをするように言えば大抵のことは出来てしまうし、一度教えてしまえばあとは任せても大丈夫なくらいの練度でこなしてしまう。リアさんはステータスをまだ使っていないはずだから、素の身体能力によるものでしょう。そう思うと、恐ろしい子ね。

 今も私をじっと見て、御者の仕事を覚えようとしているように見える。


「ククルは賢い子だから、大体のことは任せても大丈夫よ。私たちがしてあげるのは、休憩の管理と進め・止まれの指示くらい」

「はい」

「リアさん? 私の顔じゃなくて、手元を見て欲しいわ」

「……はい」


 ほんの少しだけ落ち込んだ様子で、手綱を握る私の手元とポトトを見るリアさん。ここ数日、彼女のことで分かったことがある。それは、私の想像以上にリアさんにとって“他人”の存在が大きいこと。

 基本、リアさんは1人で居ることを嫌う。というよりは、何もしていないことを嫌うのかしら。常に誰かからの指示を欲しているように見える。リアさんにとっては散歩ですらも「散歩をしなさい」という指示をこなす時間でしかない。何もしていない時も、「何もするな」という誰かの指示をこなす時間になる。

 そして、本当に何も言いつけられていない時は自分から近くの誰かにすり寄って、指示を仰ぐ。どこまでも他者に依存する、そんな人柄をしていた。だから、


「手綱、握ってみる?」


 という質問には困ったような雰囲気を出す。リアさんにとっては「手綱を握りなさい」「御者をしなさい」という指示の方が良いのでしょう。でも私は、リアさんに少しでも自主性を持って欲しい。自分から何かをしたいと思って欲しかった。きっと自分のしたいことをするのが幸せなのだと思う。リアさんに幸せになってもらうために、まずはリアさんに自分のしたいことを見つけて欲しかった。……余計なお世話かもしれないけれどね。


「どこに行くにも自分の手綱の操作1つ。楽しいと思うわ」


 手綱を差し出す私と手綱を交互に見たリアさん。やがて、ゆっくりと、細くてしなやかな手で手綱を握る。


「ふふっ。休憩させたいときは手綱を後ろに引いて、止まるように指示を出してあげてね。最悪、言葉で言ってもククルなら分かると思うわ」


 コクリと頷いて、紫色の瞳を前方に向けたリアさん。今、リアさんは何を見ているのかしら。何を思っているのかしら。私なりに考えながら、初めて御者に挑むリアさんのことを見守ることにした。




 そう。そう言えば、リアさんのことで忘れちゃダメなことがある。それは、夜になると人が変わったみたいに積極的になること。リアさんはわたし達が眠ると絶対と行って良い程に誰かしらの布団に潜り込む。まるでそれが当然であるように、まるでそれが自分の存在価値だと言わんばかりに、ね。


「ダメよ、リアさん。静かに寝させて」

「リア。やめなさい」

「ちょっ、リアさん! ダメ、ダメですって!」

『クルッ?! クルルゥ……』


 来る日も来る日も、全員で言い聞かせているのだけど、なかなかやめてくれない。何がすごいって、メイドさんの警戒を簡単にすり抜ける所よね。メイドさんに接吻せっぷんした時もそうだったけれど、リアさんの動きはゆっくりなのに素早くて、無駄がない。しかも、リアさんの甘い体臭を嗅ぐと、こうなんというのかしら。気が緩むというか、全てがどうでも良くなる。


「スカーレット様」


 鳥車の荷台に敷かれた布団の上。私の腰にまたがってうっとりしたような顔で見下ろしてくるリアさんは、妖艶ようえんという言葉がピッタリだと思う。寝ぼけやすいらしい私は流されて、朝になるとリアさんに抱かれた状態で寝ていることがよくあった。まぁ、服を脱がされなくなったのは良いことかしら。何をするでもなく、とりあえず人肌を求めている。そんな感じに見えた。


「はい、起きて、ひぃちゃん。リアさんは、は、な、れ、て!」


 大抵はこんな感じで夜警明けのサクラさんに起こされる。ステータスが無いリアさんを除いた3人のうち2人で夜警を順番にするのだけど、最近では夜警をせずにリアさんと眠る人を『リアさん当番』と呼んでいた。


「……眠る方が疲れるって、異常よね」

「悪気が無いのが、なんというかだよね。わたしも流されそうになるもん」

わたくしも、どうにかリアの暴走を抑えられると良いのですが……」


 荷台で丸くなって眠っているリアさんを眺めながら私、サクラさん、メイドさんの順番で言って、溜息を吐く。こうしてリアさんを加えたことで気苦労を1つ増やしつつ、私たちのファウラルへ向けた旅路は始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る