○“最果ての町”
翌日、6月の13日。死滅神邸で朝食を済ませた私とメイドさん、サクラさんの3人は、イーラの町に繰り出していた。リアさんとポトトは例によってお留守番。疲れがたまっていたのでしょう。朝起こしても全く起きなかったリアさんが起きた時の話し相手として、ポトトを残してきた形だった。
高台にある邸宅から長く続く階段を下りると、目の前は大きな広場になっている。メイドさんの話では、かつての死滅神はここで信者たちを前に演説なんかをしていたらしい。だから『演説広場』と呼ばれているらしいわ。だけど、私から見て4代前……ざっくり100年前くらいに演説をする習慣は無くなって、以降は町民たちの憩いの場として使われているみたいだった。
「ついでにですが。イーラの町を含め、各神が治める領地はどこの国にも属しておりません。強いて言えば、イーラの町そのものが、1つの国と言えるでしょう」
死滅神という絶対的な統治者が居て、民が居て、土地がある。イーラの町は国でもあるのだと、メイドさんが教えてくれた。ついでに、国の形式としては『
きっとフォルテンシアで最も小さい国だろうイーラの概要を話していると、演説広場から続く町の中央通りにやって来る。真白な
「こうして改めて見てみると、整っているという意味できれいな町ね」
「はい。かつての信者たちの
イーラの町の歴史は、死滅神の歴史とほとんど同じ。記録がある限りでも、500年以上も前から存在していたみたい。画一化された信仰心が作り出した町は、同じく画一化されたものだった、ということね。
だけど軒先なんかには花壇があったり、変な置物があったり。きちんと遊び心があって、息苦しさのようなものは感じられない。何より息苦しさを感じないのは、各所にある透き通った水が流れる水路のおかげでしょう。
「見てっ、ひぃちゃん! 金魚みたいな魚が泳いでる!」
膝を折ってサクラさんが見つめる先。膝したくらいまでの深さがある水の中には、色とりどりの魚が泳いでいる。山と森の栄養をたっぷりに含んだ水は、生き物たちにとって住みよい物なのでしょう。よく見てみれば魚だけでは無くて、プルツの仲間だったり、虫みたいな小さな生き物だったりが繁茂した水草を住処にしていた。
「ふふっ! イーラの町は人族だけのものではないのね?」
「はい。人の形をした生物に死滅神の
私、サクラさんに続いて、メイドさんも水路のそばにしゃがみ込む。愛おしそうに水中を眺めるメイドさんもまた、全ての命を愛する死滅神の、その従者らしい表情だと言えるんじゃないかしら。
「あの虫や魚と、人の命が等しいのか。ご主人様もよく考えておられました。もしどちらかを殺さなければならなくなった場合、間違いなく自分は虫を選んでしまう。それで正しいのか、と」
そのフェイさんの悩みは、私もよく分かる。命の価値が等しい、と言うのは簡単だけれど。実際問題、私も無意識に人族・魔族の方を優先してしまう。悪人と善人では、善人を優先してしまう。そうして刹那的に決める命の価値は、本当に正しいのか。死滅神である私は、いつも、いつまでも考えていなくてはならない。
「花畑と水路を合わせた面積と、人の住む場所の面積が同じであることも、命の価値が同じであることを表しているのかもしれませんね?」
「そう聞くと、この
死滅神という存在をよく理解し、死滅神がどうあるべきか……いいえ、どうあって欲しいのかを町という形で信者たちが表した。そう思うと、イーラの町そのものが巨大な聖遺物に思えてくる。身が引き締まる思いだわ。
「さて。それじゃあ次の場所に行きましょうか」
そう言って立ち上がったメイドさんに続いて、私たちはイーラの町の散策を再開する。道すがら、私が尋ねるのはここ1か月のメイドさん達の動きだ。カルドス大陸を出た彼女たちが次に何をしたのか聞いてみる。答えてくれたのは、サクラさんだった。
「えっと、アクシア大陸に着いたのが、ひぃちゃんたちが居なくなって10日後……でしたよね、メイドさん?」
「はい。そこからは大陸の北を目指して移動しながら、ハリッサ大陸への渡航手段を探っていましたね」
フォルテンシアの最北にあるのが、このイーラの町があるハリッサ大陸だ。途中、
「船なんかそう易々と見つからないわよね……」
「ええ。しかも、クゥゼ様との契約期限もあります。アクシア大陸の北へ向かう道中も、急ぐ必要がありました」
そこで活躍したのが、私たちの癒しこと
「ポトトちゃん……1日60㎞。平坦な道だと80㎞のペースで移動してたんだよ?」
「は、80㎞ですって?! サクラさんがついていながら、どうしてそこまでポトトに無理をさせたの?!」
いつもの倍近い速度で移動していた、あるいは倍近い時間を移動していたということになる。1日ならまだしも、それを1週間以上。当然、鳥車を引くポトトの負担は相当だったはず。
「ですが、お嬢様。お風呂でのポトトはどうでしたか?」
「え? えぇっと……元気そう、だったわ」
少なくとも、私の知る1か月前のポトトと同じような
「つまり、ポトトはそれくらいの移動ならへっちゃらだったということ?」
尋ねた私に、イーラの町をのんびり見回していたサクラさんが頷く。
「多分だけどね~。今までもわたしと色んな依頼こなしてきたし、たっくさん旅してきたから、わたし達が思ってる以上にポトトちゃんのレベルが上がってたのかも」
「むしろポトトには我慢をさせていたということになるのね。申し訳ないことをしたわ……」
日々の鍛錬で私の腰がほんの少し引き締まったのと同じように、ポトトもまた、進化していたということね。
「そうして予定よりずっと早く。アクシア大陸最北端の国――ウル王国へと私たちは到達したわけですが……っと。それよりもお嬢様。折角なので、イーラの町の名物を召し上がって見ませんか?」
「名物! いいわね!」
どんな町にも、風土に根差した名物があるものよね。ものによっては歴史なんかを垣間見られて、結構楽しかったりする。雪と氷に閉ざされたイーラの町周辺で取ることのできる作物の種類は、かなり限られている。それらを使って作り出される名物って、一体どんなものなのかしら。
「ひぃちゃん。お願いだから、変な人にホイホイついて行かないでね……」
「もちろん! 分かってるわ! ふん、ふふん♪」
「し、心配過ぎる……」
サクラさんの忠告に私は鼻歌まじりで頷いて、私たちはメイドさんおすすめの建物へと入っていくのだった。
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