○Side:S・S 別荘にて①

 年の瀬が迫る12月の27日。その日、わたし千本木せんぼんぎさくらは、雪が積もる別荘近くの森を探索していた。護身用の剣術をアイリスさんから習い終えてはや2日。昨日はメイドさんと一緒だったけど、今日はポトトちゃんと2人だけで、ご飯の調達を任されていた。


『クルッ!』

「木の上か~。なら……」


 ポトトちゃんの声で、獲物を発見。私は背中に下げていた弓を構え、右の腰の矢筒から矢を取り出す。そして、――射る。放物線じゃなく、直線的な青い軌道を残して飛んでいく矢。


『キュッ……』


 見事命中して、木の上にいた獲物は雪が積もる地面に落ちて行った。

 どうでもいいけど、スキルさえあれば私の弓術の腕なんて関係ないんだよね。射程内だったら狙った場所に必ず命中する。だからたまに、スキル無しで型を練習したりもするけど……。


「意味、あるのかなぁ?」


 そもそも和弓わきゅうが無いからちゃんとした練習は出来ないし、せいぜい打起うちおこし……矢を番えて射るまでの姿勢を繰り返すだけ。和弓があっても今は胸当てが無いから、射るとめちゃくちゃ痛いだろうし。


『クル? クルル クルルクルルクル?』

「ん? あ、そうだった。早く取りに行かないとね」


 ポトトちゃんに促される形で木から落ちて来た獲物を取りに行く。と、白い雪に血が落ちている。雪の上に落ちた血はびっくりするくらい赤くて、最初は絵具かと思ったくらいだ。そんな真っ赤な血をたどると、そこには私の矢に射られたリスのような動物がいた。

 野生動物を捕まえたら、まずは血抜きをしなきゃいけない。


「ふぅ……。よしっ」


 太ももに差してあるナイフを使ってお腹を裂いて、内臓を取って……。フォルテンシアに来て1か月以上。さすがの私も、小動物くらいなら血抜きが出来るようになっていた。日本に居た頃はお肉って単なる『肉』だったけど、こうして自分でさばいてみると、命を頂いてるんだってよく分かる。

 普段、何気なく言っていた「頂きます」の意味が、この世界に来てよく分かった。


「この子、ホホバリー、だったっけ? だったら……」


 ホホバリーが居た木とその周辺を見てみる。別荘近くの木はヘゼルの木って名前だったはず。まっすぐの黒っぽい幹と細い葉っぱが特徴的な木で、雪の白ときれいなコントラストなんだよね。

 そんなことを考えながらヘゼルの木を観察していると、見上げるくらいの高さに穴の開いた木を見つけた。


「やっぱり! アイリスさんから聞いてた通りだ」


 ホホバリーは木の実を巣穴にため込む習性がある。だから、見かけたときは巣穴を探すのも食料調達のセオリーだとアイリスさんから聞いていた。

 前にひぃちゃんが見つけたくらを身に付けているポトトちゃんの背中を借りて、高さを確保。覗き込んでみると案の定、巣穴には色とりどりの木の実が詰まっていた。


「あ、この赤いヤツ。イチゴみたいで美味しんだよね~」


 1つ1つ、汚れとかを確認して袋に詰めていく。最終的な判断はメイドさんたちに任せればいいし、明らかにダメそうなやつ以外は全て頂くことにした。

 木の実を取り終えた後、一度地面に下りて成果を確認する。


「さすがにホホバリー1匹じゃわたしでもお腹いっぱいにはならないよね……」

『クル♪』


 ポトトちゃんにおやつとして木の実をあげながら、どうしたものかと考える。現状、良くて1人分しかご飯が無い。近くに居る中型の動物と言えば……『アカシア』。日本にある木みたいな名前の鹿が居たはず。ややこしかったから逆に覚えてる。


「鹿肉……。これはわたしでも食べるって聞いたことあるな~。ジビエって言うんだっけ――」

『クルッ!』


 と、突然ポトトちゃんが鋭く鳴いた。この感じは大抵、警戒を促すときのもの。わたしも早速〈空間把握〉を使って、生物らしい反応を探る。と、わたしたちの前方、木の影に丸みを帯びた大きな反応があった。そして、わたしがその反応を把握してすぐ。

 それが姿を見せる。体高は2mぐらい。横幅も1mは超えていそう。丸耳族の人たちみたいな可愛い耳だけど、獲物を探す鋭い目はまさにハンター。全身を白っぽい毛皮で覆うそれは、熊だ。


「『ヘズデッグ』……。おっきぃ……」


 ヘズデッグと呼ばれる白熊はわたしとポトトちゃんを見つけると警戒したように立ち上がる。その背丈は3mに届きそうだった。


「落ち着け~、落ち着け~、わたし」


 今やっちゃダメなのはヘズデッグに背中を見せること。相手に警戒されているうちは、そうそう襲い掛かって来ないとアイリスさんも言っていた。護身用の剣に手をかけながら身を低くして、わたしも警戒の姿勢をとる。


「ポトトちゃん、羽根を大きく広げて。出来るだけ身体を大きく見せて」

『ク、クルゥ……』


 わたしもポトトちゃんも、本能的に体が震えてる。だけど、いつだって冷静に。何度も何度もアイリスさんに叩きのめされて、ムキになって反撃して、また叩かれたことを思い出す。「冷静さ……思考は1つの武器になります」って、よく言われたもんね。

 わたしたちとヘズデッグ。5mくらいの距離でにらみ合う。相手のステータスが分からない以上、まだレベルが低いわたしが熊に立ち向かうのは多分、無謀だ。ゆっくり、ゆっくり後退して、頼れるメイドさんとアイリスさんが居るはずの別荘を目指す。と、


「サクラさーん! ポトトー! どこー?」


 背後、別荘の方からひぃちゃんの声が聞こえた。らしいっちゃらしいんだけど、ちょっと迂闊うかつすぎないかな、ひぃちゃん?! ううん、近くでこんな状況になっていることを想定する方がおかしいか。

 ヘズデッグが変な気を起こさないことを祈りながら、ポトトちゃんと一緒にじりじりと後退する。


「良ければ一緒に散策しましょうー!」


 嬉しいよ? 嬉しんだけどひぃちゃん。今はそれどころじゃ――


『グルァッ!』


 しびれを切らしたヘズデッグが激しく鳴いて、わたしたちめがけて突進してくる。ヘズデッグが使う武器は……爪! わたしとポトトちゃんで左右に跳んで、突進をかわす。ヘズデッグは転身して襲ってくると思ったけど、突進を止めない。……逃げた? そう思ったけど、違う!


「やばっ! ひぃちゃん、逃げて!」


 ヘズデッグの向かった先には別荘があって、今そこにはわたしを探しに来たひぃちゃんが居る。多分、興奮したヘズデッグはひぃちゃんぐらい腕の一振りで殺せてしまう。

 わたしもすぐにヘズデッグのお尻目がけて駆け出す。だけど、致命的に反応が遅れた。巨体を揺らして疾走するヘズデッグには、追いつけない。


「せめてっ」


 矢を番えて、射る。青い軌跡を残しながら矢は確かにヘズデッグのお尻に刺さった。だけど、突進するヘズデッグの足を止めるには至らない。

 わたしが2射目を構えていると、ヘズデッグ越しに別荘が見えて来て――、


「サクラさ――熊?!」

『グゥガァ!』


 驚いて、悲鳴を上げるひぃちゃん。そんなひぃちゃんに構わず、興奮した様子のヘズデッグが飛びかかる。


「きゃあーーー!!!」


 叫び声のすぐ後、ドサッと。重たい物が倒れるような音がする。その後には、ただ冷たい風の音だけが別荘の前の庭に残されていた。

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