○あぁ、ついに。
生誕神が治める町、ウーラ。その一角にある宿に宿泊していた私たちの部屋に、何者かが侵入してきた。窓に使われていたケリア鉱石が散乱する室内。私が何が起きたのかを把握した時はもう、全てが手遅れで……。
――ユリュさんが刺された?!
冷たい現実が、職業衝動の熱を一気に冷ましていく。
「ゆ、ユリュさん……? ユリュさん!」
腕の中に力なく横たわるユリュさんに、私は必死で呼びかける。彼女の身体が冷たいのはもとからだけれど、今はより一層ひんやりしている。それもそのはず。侵入者の剣によって貫かれた彼女の腹部からは、おびただしい量の血が
一滴、また一滴と、命の終わりを伝えるように、血がしたたり落ちる。
――すぐに止血を……。いいえ、今はそれよりも、逃げないと!
頭は、動いている。なのに、冷え切った私の心が、体を動かしてくれない。
「げほ、けほっ……。お姉ちゃん、逃げて……!」
「ユリュさん、喋らないで! 血が――〈ステータス〉!」
とりあえず枕カバーとして使われていた布を使ってユリュさんの手当てをしようとしていた私が、飛んできたナイフに気付けたのは奇跡だと思う。ナイフを投げてきたのは、客室の入り口にいる女性3人のうちの1人。髪の長い、黒髪の女性だ。
「
「ああ」
私の意識が半分ユリュさんに、もう半分が女性に向いたその瞬間。唯一の男性である窓からの侵入者が、私に向けて剣を振り下ろす。
「くぅっ……!」
さっき使った〈ステータス〉で強化された身体能力を使って、ユリュさんを抱えたままベッドの上で跳躍した私。その足元を、男性……マユズミヒロトが振るった剣が通り過ぎていく。
――良かった、どうにか避けられた!
内心で歓喜する私を
「これで、詰みだな」
どういう意味か。考えるまでもないわね。刹那とは言え、高く跳躍した今の私は、無防備だ。その隙をこの人たちは狙っていたのでしょう。振り切った剣を手放したマユズミヒロトは瞬く間に、手元に黒光りするナイフを出現させる。多分、何らかのスキルでしょう。そして、手にしたナイフを、空中に飛び上がっている私に向けて投擲した。
「舐めないで! 【フュール】!」
私は、いつの間にか上達していた風の魔法を使って身体をさらに上方向……天井方向へと持ち上げる。わずかに浮き上がった身体の下を、マユズミヒロトが投てきしたナイフが通り過ぎていく。
「知ってる。だから……クロエ!」
「ん、りょーかい」
マユズミヒロトの声に応える声が聞こえたかと思えば、私のお腹に強烈な衝撃が走った。角耳族の女の子に蹴られたのだと分かった時には、私の身体はもう既に宿の外にあった。
――窓から蹴り出された……っ!
私がもと居た客室すごい速度で遠ざかっていく。わたし達が泊まっていたのは、7階建ての宿の最上階。他の建物よりも宿は高い位置にあって、空中を滑るように飛ぶ私の眼下にはウーラの町並みが見える。
と、風切り音に混じって、わたしの耳が元気いっぱいな声を捉えた。その声は、先ほど宿の扉を破壊した女性と同じものだ。
「ここだね! 【カカ ブェナ】!」
ふと、背後に感じた熱。首だけで振り返って見てみれば、そこには、光る巨大な球体がある。女性が言った今の言葉。それは、ファウラルの天才魔法使いハルハルさんが使っていた、強力な魔法にもあった文言だ。意味は確か「広がる」「小さな火」。つまるところ「爆発」。
――このままじゃ……まずい!
まだまだ見えない状況。職業衝動。さっきお腹を蹴られたせいでこみ上げてくる
「〈瞬歩〉!」
まずは下方向に10m。さらにもう一度〈瞬歩〉を使って、建物の屋根の上に着地する。そして、私の腕の中には、
「かひゅ……」
弱々しい息を吐く、ユリュさんが居た。
――良かった……。もともと軽くて、血を失った今のユリュさんなら一緒に移動できると思った。
服や装備品が一緒に移動できるように〈瞬歩〉はある程度の重さの物なら一緒に移動できる。いま私は部屋着1枚だし、今のユリュさんなら移動できるんじゃないか。試して正解だった。
時を同じくして、私たちの頭上で爆発が発生する。押し寄せる熱波は、赤竜の〈ブレス〉にも匹敵する。もしあのまま突っ込んでいたら、危なかった。
「ふぅ……」
「何を安心してるのよ?」
「っ?!」
背後から聞こえた声に、私は思わず跳び
「しまった。今のは背後から仕留めるのが効率的だったかしら。
見たことのない、刀身が細い片刃の曲剣を構えて、私を見てくる女性。対応したいところだけれど、さすがにもう我慢の限界。私はお腹を蹴られてからずっと我慢していた
――早く……。早く吐き切らないと……。敵が――。
膝こそつかなかったものの嘔吐しているせいで身体の自由が利かない。そうでなくてもユリュさんを抱えているから、両手も使えない。嘔吐しているから、言葉を発することも出来なくて、スキルも使えない。そんな私を、なかなか抜け目が無さそうなマユズミヒロトの仲間でもある目の前の女性が見逃すはずもなかった。
――あぁ、ついに。この時が来たのね。
人々の恨みが、私を殺すこの時が。私が生きて来た意味を証明するこの日が、ようやく来た。殺されるということは、私は間違いだったということ。だったら、後任の死滅神に、私のような生き方をしないようにと伝えることができる。平和で不変のフォルテンシアのために、これ以上ない貢献になるはずだわ。
音がしない歩き方で私に歩み寄って来る女性の足だけが見える。嘔吐は終わったけれど、剣を振り上げた彼女から逃げるつもりなんて、私には無い。
「抵抗、しないの? 逃げたり、命乞いしたりとか」
「ふふっ、馬鹿ね。死滅神がそんなことをするわけないじゃない。さてはあなたも、召喚者ね?」
死滅神がどういう存在か。それを分かっていないなんて、きっとこの女性も召喚者なのでしょう。
「あ、でも。この子は助けてくれないかしら? ユリュさんと言って、基本的には良い子なの」
「基本的には……?」
「その、たまに好意が行き過ぎるのがね……」
苦笑した私に、女性も「あー……」と何かを納得した様子を見せる。良かった、多分この人は、話が通じる人だわ。これなら多分、ユリュさんは助かるかもしれない。
「そうだ。最期に名前を聞かせてもらっても良いかしら?」
一体誰が、私を殺すのか。尋ねた私を、女性は剣を構えたまま見つめてくる。
「確か、今代の死滅神は触れないと人を殺せないのよね? だったら、教えてあげる」
「ふふ、良かった。それじゃあ――」
「なんて、言うと思った?」
「……え?」
言っている意味が分からなくて、再び女性の顔を見た私。そこには、表情のない、冷たい瞳で私を見下ろす女性がいた。
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