○私はもっと理知的だもの

 みんながいろいろと暴走した、その翌日。日付にして、9月の15日目。事件は、唐突に起きた。




 時刻は、マルード大陸時刻で午前の10時前。メイドさんとサクラさんが、昨日突き止めたというマユズミヒロトの家へ、さらなる情報収集へ。リアさんがお昼の買い物へと向かった、その少し後だった。

 ほんのりと強くなっている職業衝動の熱を冷ますために、今日もベッドの上。ユリュさんを抱いて、過ごすことになる。


「今日もよろしくね、ユリュさん。だけど、昨日みたいなことをしたら、今度こそ怒るから」

「あぅ……。は、はい!」


 腕の中。紺色の瞳で私を見上げるユリュさんの返事に頷いて見せて、私はメイドさんによって出された課題……リズポンを倒す方法について考える。


「確かリアさんは、サクラさんの修行、武器という着眼点、そして私たちの旅路に手がかりがあると言っていたわね」


 武器に関係する出来事で印象深いものと言えば、メイドさんの翡翠のナイフ『エメラルド』だったり、サクラさんが使う巨大な弓『ワキュウ』だったりかしら。でも、多分、その2つは直接関係ない。


「そもそも、サクラさんの修行が意味するものは何? サクラさんの、修行……」

「死滅神様、リアお姉ちゃんは、剣の修行だと言ってました」


 私がメモ帳を見ながら考えていると、ユリュさんがそんなことを言ってきた。昨日の私の「分かった」発言を忘れてくれているようで、何よりだわ。


「そうなの。剣の修行なのよね、弓では無くて」

「はい! だから、その……。サクラお、お姉ちゃんは剣を使うことになるんだと思います!」

「サクラさんが、剣を使う。つまり、手がかりは剣? 私たちの旅の中で剣に関わる思い出なんて、あったかしら……?」


 1年とは言え、濃密な旅だった。あれこれ思い出がよみがえって来て、逆にどれが正解なのか分からない。……でも、メイドさんのあの口ぶり。多分、彼女自身が関わった剣の話よね。

 ユリュさんを抱きながら、うんうんうなって考えてみる。けれど、例えばブュッフェだったり、おうどん、キリゲバ肉、赤竜の尻尾、ハンバーグ、ステーキ……。それからやっぱりブュッフェだったりが思い出す作業を邪魔してくる。


「じゅるり……。困ったわ。全然、思い出せない……」

「し、死滅神様? は食べても美味しくないです……」


 ベッドの上でぺちぺち揺れる青い尾ヒレを見てよだれを垂らす私に、ユリュさんが怯えている。……ふぅ。危ない、危ない。食べ物のことばかり考えてしまっているわ。普段の私はもっと理知的なはずだから、私もフィーアさんにやられているのね。


「フィーアさん。恐ろしい人だわ……」

「でも死滅神様なら一撃です! わんぱんです!」


 それはもうキラキラした目を私に向けてくれるユリュさん。正直なところ、1対1ならばフィーアさんには勝てる算段はある。けれど、生誕神は指先1つで生物を生み出す。フィーアさん自身が表に立って戦わなくても、生みだした人や動物に敵を殲滅せんめつさせればいいものね。それこそ、キリゲバを2匹生み出して雲隠れされるだけで、私の勝ちの目は無くなるでしょう。


 ――まぁ、フィーアさんの性格からして、生みだした動物たちに戦わせるようなことはしないでしょうね。


 魔王にすら温情をかける人だもの。恐らく、私と同じで、自分の力だけで対処しようとするんじゃないかしら。それでも、“生誕神の従者”たちが、それを許さないのでしょうけれど。

 ……って、考えが逸れてしまったわ。改めてリズポン攻略の方法を――


「死滅神様!」


 瞬間、胸元に居たユリュさんがベッドの上に私を押し倒してきた。また暴走してしまったのかと一瞬でも考えた自分は、本当にどうしようもない馬鹿なのでしょう。




 ガシャン!




 派手な音を立てて、表の路地に面している客室の窓が割れた。破壊された透明なケリア鉱石に紛れて、人影が1つ侵入してきたことを確認したところで、私はベッドの上で寝かされる体勢になる。

 私のお腹の上。尾ヒレを巻いて油断なく窓の方を見つめるユリュさんの顔は、明らかに緊張していた。


「誰ですか?!」


 室内に散乱するケリア鉱石の破片。外から吹き込んだ風が、カーテンを大きく揺らす。そんな部屋に入って来た侵入者に対して、ユリュさんが警戒を隠さずに誰何すいかする。対して侵入者は、特に私たちを警戒する様子もなく、ゆっくりと立ち上がった。


「あれ、おかしいな。聞いてた話だと、紺色髪と白髪、2人護衛の子がいるって話だったけど……」


 室内を見渡すその男性は、黒髪黒目。少し目つきが鋭くて、どことなく聡明な印象を受ける。身長はメイドさん以上。多分、ショウマさんと同じで、180㎝はありそうね。平坦な顔立ち、やや胴が長い体型。それは、召喚者たちにおよそ共通する特徴だった。

 と、そうして私が侵入者に目を向けていた時、不意に強烈な職業衝動が私を襲う。対象は、侵入してきた男性……じゃない!


「【フュール・エステマ】!」


 男性の反対側。客室の入り口から、今度は女性の声がした。かと思えば、すさまじい音を立てて入り口のドアが私たちを目がけて吹き飛んでくる。だけど、持ち前の聴覚を活かして襲撃を察していたらしいユリュさんが、


「【ウィル】!」


 私が使う【ウィル】とは比にならない水量の水を、中空に生成して扉を受け止める。さらにユリュさんは、


「えとえと、まずは……『敵です』!」


 何かの手順を暗唱するようにユリュさんが敵の襲撃を言葉にしたけれど、その意味は何かしら。少なくとも、私の目に見える範囲で変化はない。それでも、目まぐるしく状況が変化する室内。混乱する私とは対照的に、いくつもの修羅場を乗り越えて来ただろうユリュさんは冷静に見える。お腹の上にある小さな背中がこれほど頼もしく見えたことはない。


「次が確か逃走だから……【エッセ フュー ウィル エス――」

「させるわけないだろ」

「――ぇっ……?」


 きっと、自分たちが逃げるための呪文を使おうとしてくれたのでしょう。言の葉を紡ごうとしたユリュさんの背中から、何かが生えてきた。

 外の光を受けて銀色に光るとがった先端。滴り落ちるのは、真っ赤な液体。


「こふっ……」


 同時に、同じ赤い液体を、ユリュさんが口から吐き出す。

 何が起きたのか。私が理解する頃には、ユリュさんの背中から生えていたが引き抜かれていて……。ユリュさんの小さな身体が、ベッドの上で仰向けになっていた私の胸にぽすんと収まった。


「まず1人」


 手に持っていた件についているユリュさんの血を、侵入者の男が乱雑に払う。私と、私の腕の中で小さく息を吐くユリュさんを見る黒色の目は、ひどく冷たい。それこそ、まるで私たちを生き物と見ていない……物を見るような瞳だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る