○強くない?

 熱い。まるで直接肌を焼かれているかのような、そんな熱さだ。目を開けていられるはずもなく、私は目をつぶってその時を待つ。

 耳も爆音で使い物にならない。それでも、赤竜が放った〈ブレス〉の衝撃で揺れる地面に立っていられたのは、単なる私の意地だった。


「……熱い?」


 おかしい。死とは永遠の意識の喪失だったはず。五感は全て意味をなくし、何も感じないはず。いいえ、そもそもこうして考えることが出来ていること自体が、おかしい。

 いつの間にか焼けるような熱さが消え去っている。吹き抜ける風の季節の風がとても気持ちよく感じられて――。


 目を開くと、最初に見えたのは美しいプラチナブロンドの髪が揺れる背中。黄緑色のワンピースと、白いエプロンの結び目が背中で交叉している。


 メイドさん……?


 声を出したはずなのに、耳鳴りのせいで聞こえない。けれど、私の方を振り返って微笑むその翡翠の瞳は、間違いなくメイドさんだった。その手には鳥かごが提げられていて――。


 ポトト! 良かった、生きてたのね!


 私の声に反応し、ポトトが黒い羽を広げて無事を示す。

 そして、この場には私達以外にもう1人。明るい茶色の紙に垂れた耳。ふさふさの尻尾。後ろ姿しか見えないけれど、忘れられるはずがない。死滅神の聖女シュクルカさんだ。今彼女は赤竜の方へと手を差し向けていた。


 何があったの?


 そう聞くと、メイドさんが何やら言っている。でも、ごめんなさい。聞こえないの。困惑する私を見てすぐに察してくれた辺りはさすがメイドさん。シュクルカさんに声をかけて前衛と後衛を入れ替える。

 そして、今度はシュクルカさんが私と向き合う。……え、なんだか顔がにやけてない? 目も瞳孔が開き切ってない? そのままこっちに来られると、とても怖い……怖いのだけど?!

 そのまま背伸をびして私の両耳に触れたシュクルカさん。彼女が何かを言うと、ほんのりとした温かさが耳全体を覆った。そうしてだらしない顔のシュクルカさんと見つめ合うこと数秒。


「スカーレット様の可愛いお耳ぃ……たまりませんっ!」


 顔と同じくらいとろけ切った声を漏らすシュクルカさんの声が聞こえた。続いて、彼女を嗜めるメイドさんの声が聞こえる。


 「シュクルカ、早くこの不届き者を追い払いますよ。『ポトトはレティを守る盾になりなさい』」

 「はいぃ!」『クルッ!』


 鳥かごから出て来たポトトが元の大きさに戻り、私を庇うように可愛いおしりを向ける。

 それとほぼ同時。赤竜が再び〈ブレス〉を吐いた。竜種の中では最高の火力を持つ一撃を前に躍り出たのはシュクルカさん。


「性癖……じゃなかった〈聖壁せいへき〉!」

「『お嬢様とポトトは耳を塞いでくださいね』♪」


 そのスキル使用の声と共に、私達を包む半径3mぐらいの半球が出来上がる。死滅神の聖女であることを示すように、黒い半透明の色をした壁が〈ブレス〉を正面から迎え撃った。

 メイドさんの指示通り耳を塞いでも響いてくる轟音。そして、再び襲って来きたのは焼けるような熱さと揺れ。でも、それだけ。私の体力が110から90になったくらいで済んでいる。シュクルカさんの言い間違いなんかよりも大きな衝撃を私は受けることになった。


「……嘘、竜種の〈ブレス〉を防いでいるの?」

「はい、シュクルカのスキルだけは信頼できるので。では『ポトトはお嬢様を守っていてくださいね』」


 灼熱の中でも余裕の表情を崩さず、そばで佇んでいたメイドさんが目の前から消えた。出たわね、訳の分からない移動。彼女の移動方法も、シュクルカさんが使った〈聖壁〉も、私の知らないスキル。けれど、強力であることは間違いないわね。


「『頭が高いです♪』」

『ゲャ?』


 そんなメイドさんの声は上空――滞空する赤竜の方向から聞こえる。見上げると、デアを背にしてはばたく赤竜の背中にメイドさんの姿があった。

 その手には少し大ぶりのナイフが握られている。メイドさんの瞳と同じ、透き通った翡翠の刀身のナイフが振るわれること2度。気づけば赤竜の頑丈なはずの皮膜は易々と切り裂かれており、十分な揚力を得られなくなった赤竜が地に落ちた。

 落下の瞬間、赤竜の背を蹴って空中に身をひるがえしたメイドさん。私とポトトのそばに着地した彼女がシュクルカさんに赤竜の捕縛を指示する。それに頷いたシュクルカさんが


「〈緊縛〉! ……いいスキル名ですぅ!」

「ごめんなさい、シュクルカさん! 緊張感が削がれるから、いちいち興奮するのやめてくれないかしら?!」


 身をよじらせて、尻尾を振って。スキルを使用するシュクルカさん。そんな態度とは裏腹に、スキルはやっぱり優秀みたい。地面から半透明の黒い鎖が何本も飛び出したかと思えば、地に落ちた赤竜を地面に縫い付けた。

 動けないならせめてと思ったのでしょう。赤竜が口を開いて〈ブレス〉を吐こうと口を開く。


『クルッ?! ……ククッ!』


 そう鳴いて私を守るように羽を広げるポトト。例えポトトでもまともに食らってしまえば即死してしまうでしょう。


「ダメよ、ポトト! 逃げて!」

『クルッ!』


 私の言っていることを本能で察したのかしら。でも、ポトトは首を振る。嬉しいけれど、あなた泣いているじゃない!


「――往生際の悪いひとですね」


 気づけばメイドさんは赤竜の頭上にいた。メイドさん、あなた、いつの間にそこに……。そして、空中で一回転したかと思うと、


「『お嬢様を襲ったお仕置きです♪』」


 言って、人1人を丸飲みできそうなほど大きく開いた赤竜の口にかかと落としを決める。何がすごいって、終始スカートの中を見せないところよね。汚れないことといい、あの服は一体どうなっているのかしら。

 ともかく。〈ブレス〉を使えなくなった赤竜はそのまま、メイドさんのかかと落としによって気絶してしまった。

 アイリスさんの話ならB級冒険者さん10人以上で当たる相手を、たった2人で無力化したメイドさんとシュクルカさん。メイドさんの凄さはなんとなくわかっていたけれど、あの変態聖女であるところのシュクルカさんまで強いなんて。

 そんな風に感心していた時だった。


『サザナミアヤセを殺せ』


 強烈な職業衝動が私を襲う。そして、流れ込んできたのは誰かの記憶だった。


「もうしばらくすれば、冒険者か衛兵が来られることでしょう。それまではここでこのひとを見ておきましょう」

「かしこまりましたぁ! つまりその間はスカーレット様にメイド様、御神鳥様のおそばに居られる……ルカは興奮しっぱなしですぅ!」


 そんなメイドさんとシュクルカさんのやり取りを背に、私は衝動が導くままに駆け出す。目指すは王城。そこに赤竜を呼んで多くの人をあやめた人物、つまり、フォルテンシアの“敵”がいる。

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