○気づきの宝箱ね!
大迷宮1層の“木漏れ日の階層”に来た翌日。早速、フォルテンシアの敵の所へ、と行きたいところだけど、そうもいかない事情がある。なんと言ってもこの大迷宮。一歩町を出なくとも、魔物と出会うことが出来る。例えば……居た。町の外れ。路地裏にあるゴミを漁っているのは、小さな兎。ぱっと見は体長30㎝くらいのトビウサギなのだけど、その額からは淡く輝く5㎝くらいの尖った角が生えている。
「あれが、えっと……。これね、『ギーギィ』。危険度は、D
やや
「ふむふむ……。〈発光〉のスキルを持つあの角が、魔石灯の原料になっているのね」
『ギギッ?』
図鑑とギーギィとを見比べていたら、足元にももう1匹。黒毛のギーギィがやって来た。
「……そうよね。あなた達にとって、高純度の魔石を持つ私たちホムンクルスは格好の餌だったはずで――」
『ギーッ!』
淡く発光する角を突き出すように突進してきたギーギィ。だけど、兎とのやり取りはもう既に何度も経験してきた。ギーギィが突進するまでの間や、その動きにもある程度予測がついていた私は、
「〈瞬歩〉」
ほんの少しだけ横に移動する。そうすると、私の隣には空中に跳び上がった無防備なギーギィが居る。焦ったように短い手足をバタバタさせる姿は可愛らしいけれど、相手は魔物。フォルテンシアからすれば、存在してはならない生物で、“死滅神”たる私が殺すべき敵だ。
「〈即死〉」
落ちてきたところを抱きかかえて、〈即死〉のスキルを使う。それだけで、これくらいの魔物であれば簡単に狩ることが出来た。
「あなたの命、大切に使わせてもらう――」
『ギィィィッ!』
解体をしようとすると、さっきまでゴミを漁っていたギーギィが飛びかかって来た。焦ること無く対応して、2つ目の命を刈り取る。さらに上空から襲い掛かって来たのは鳥の魔物『ガーグ』。真っ黒な羽と胸元にある血のように赤い魔石が特徴の魔物だ。
『ガァァァック!』
「ひょいっと避けて……〈即死〉」
また1つ。真っ黒な鳥ガーグの
「お嬢様、首尾はどうでしたか?」
音も無く私の背後に忍び寄っていたらしいメイドさんが、声をかけて来た。彼女の手には、多種多様な魔物の魔石と毛皮が握られている。私でも余裕を持って倒すことが出来る魔物たちだもの。メイドさんが苦戦するはずがないわよね。
「問題ないわ。これくらいなら、森を歩いても問題なさそう」
そう。今日は朝から、第1層の魔物たちの強さと自分たちの実力とを測っていたのだった。第2層に下りるためには、最寄りの長い長い下り坂を使わなければならない。だけど、そこに向かう道中には森があって、沢山魔物が出る。もし苦戦するようであれば用心棒を雇うことになりそうだったけれど、少なくとも第1層では必要なさそうだった。
「そうですか。ですが、魔物の数が厄介ですね。こうして……ふっ……話している間にも、襲い掛かって来るのですから」
上空から飛んできたガーグを
「ふぅ……この大きさの鳥は解体が面倒なので、困りますね。肉の大きさから考えても、せめてポトトくらいの大きさは欲しいものです」
「解体業者さんに頼みましょうか。魔石の買い取りは……信頼できそうなところ、あった?」
「いえ、どこも足元を見てくる店ばかりです。第2層には冒険者ギルドの支部があると聞きますし、そこで買い取ってもらいましょう」
ざっと方針を固めて、一度宿に戻ることにする。ぱっと見は人間族の私たち。道行く人はたまに、警戒心を持って見てくることがある。かつて、一部の地域で人族に迫害されたためにタントヘ大陸に逃げ込んだと言っても良い魔族の人々。人族に対する
人族の間では
「天井の穴から見えるデアの位置からして、大体11時頃かしら?」
「そうですね。大迷宮は各所にある巨大な光魔石のせいで昼夜の感覚がおかしくなりやすいと聞きます。生活
白い手袋に覆われた指を振り、片目を閉じて言ったメイドさん。昼夜の感覚が狂うと聞くと、時間感覚が狂う不思議な町エルラのことを思い出すわね。あの時は、変な時間に眠くなったり、逆に夜になっても眠くならなかったり、色々と大変だった。
「そうね。……まぁ早速、翻弄されている人も居るけれど」
「ユリュ……。本当に、あの子は……」
自然と共に生きて来たと言って良いユリュさん。明るくなったら目が覚めて、暗くなったら眠くなる。そんな生活を送っていたからでしょう。昨晩、常に明るい大迷宮の影響を、もろに受けてしまっていた。具体的には、朝になるまで全く眠くならなかったみたい。
「で、朝ごはん中に、急に気を失うんだもの。びっくりしたわ」
これまではお使い、つまりは日帰りだったから問題なかったみたいなのだけど、いざ宿泊となると調子を崩してしまったようだった。
「本当はユリュの実力も見ておきたかったのですが、仕方ありませんね。部屋で大人しく待ってくれていれば良いのですが……」
話しながら歩くこと少し。狩った獲物を解体してくれるお店に着く。店主さんは魚族の中の
ヒレ族とは違って尾ひれではなく足があって、地上での生活は鱗族の方が得意そうだった。
『いらっしゃい』
やや薄暗い店先。少し緑がかったきれいな鱗を光らせながら、店主さんが不愛想に来店を歓迎してくれる。
『解体をお願いできる?』
『どれだ?』
『こちらと、それからこれを。他の業者では1体100nでしたね』
私、メイドさんの順で、フォルテンシア語を使って鱗族の店主さんに解体をお願いする。メイドさんが言った内容は、もちろん嘘だ。死体の状態から見ておおよそ算出した値を〈交渉〉のスキルと共に話していた。だけど、当然、店を切り盛りしている以上、店主さんにも〈交渉〉のスキルがあるのでしょう。何度目かのやり取りの後。
『一律で1体80nだ。気に食わないなら、他を当たれ』
というところで落ち着く。その金額はおおよそ、メイドさんが事前に算出していた値だった。
『いいわ。それでお願い』
『おい、嬢ちゃん。どうやってこんなにきれいに獲物を狩った? 毒なんて使ってないだろうな?』
『それは秘密。でも安心して? 毒は使って無いから』
放っておいても魔物に暴漢と、問題事には困らないタントヘ大陸。これ以上余計な問題は招きたくない。そういうわけで、聞かれない限りは死滅神であることを隠す。そう、メイドさんと事前に決めていたのだった。
『……そうか。状態が良い死体は、こちらとしても大歓迎だ。明日も持って来るなら、1体につき5nだけ追加してやる』
相変わらず不愛想に見えるけれど、そう言ってくれる声には少しだけ親しみを感じられる気がする。思えばお魚の顔をしているんだもの。表情が変わらない、変わっていてもこちらが気づきにくいのは当然よね。
『ふふっ! そう。機会があれば、また立ち寄らせてもらうわね』
また、新しい発見があった。やっぱり人と関わるって、楽しい。それに、頑張って勉強した口語が通用しているのも個人的にはとっても嬉しかった。
タントヘ大陸は、種族の数がそれはもう多い。まだ知らない彼ら彼女らと関わるたびに、新しい発見が待っている。そう思うと、人族からか
「行く先がとっても楽しみね、メイドさん!」
「はぁ……?」
眉を
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