○その土地ならではを堪能しないとね
ジィエルはウルセウと同じくらいの大きな都市だ。町が大きくなるにつれて訪れる人も多くなり、宿の数も増えてくる。交易も盛んで価格競争があるから物価も安い。そんなわけで、早々に私たちは身の丈に合った宿を見つけることが出来ていた。
お昼。宿に近いお店で魚料理を食べた後、私、サクラさん、ポトトは鳥車を使って本格的に町の観光をしていた。メイドさんには早速、シロさんの情報を集めてもらっている。その代わりに――
『――ガラス製の食器を買って来てください』
というお使いを頼まれていた。
三日月型の港湾を持つ港湾都市ジィエル。ナールが欠けたような内海にある美しい砂浜が観光名所なのだそう。その砂浜から北東、東、南東へ向けてまっすぐ3本の大きな通りがあって、間を結ぶように細い道がある。
また、観光客やお店が集まる砂浜がジィエルの中心地でもある。餌をくれる“人”が多いからかもしれないけれど、砂浜に近づくほど見かけるキャルの数は増えていた。
「あ、白い子! 三毛もいる! んだけど……」
荷台から身を乗り出すサクラさんが、町のあちこちに居るキャルを見て声を上げている。だけどその声は、困惑しているようなものだった。というのも……。
「なんで尻尾が2本も3本もあるかな~……」
信号を待っている間、サクラさんが路肩に居る茶毛のキャルに文句を言っている。彼女の言うように、茶毛のキャルには尻尾が3本。そばに居る黒毛のキャルは尻尾が5本生えていた。
「当たり前じゃない。キャルは猫じゃなくてキャルなんだもの」
御者を務めながら、私はジトリとした目をサクラさんに向ける。キャルもキリゲバと同じで〈即死無効〉を種族スキルとして生まれ持っている。自分の『体力』をそれぞれの尻尾に分けて、『体力』が0になった時、尻尾が身代わりになる。そして、本体のキャルの『体力』を最大値にするスキルね。
信号が青色に変わったことを確認して、ポトトに進むよう手綱で指示をする。
「確か、9本の尻尾を持ったキャルも居たはずよ?」
「これだから異世界は……。でも、今朝見た子は1本だったよね?」
サクラさんが言うように、今朝見かけた
「生まれつき1本しか尻尾が無かったか、他の尻尾の数だけ死にかけたか、でしょうね」
「じゃああの
まあ、そうね。キャルたちにとって命が複数あるのは当たり前。そんな中、あの黒キャルは命が1つしかなかった。あるいは、何度も死にかけたということになる。……だからって、あの子を許す気はないけれど。
「ふふふ……。もしまた見かけたら、絶対に逃がさないわ」
「動物相手に大人げないな~」
「死滅神として、舐められたままじゃいられないもの」
再会したら意地でも捕まえて、撫でまわしてやりましょう。ポトトで鍛えた私の技術。ホムンクルスとしての『器用』の高さ。存分に味わわせてやるわ。
と、しばらく観光を続けていると、少しだけ気になることがあった。
「どうして顔を隠している人が居るのかしら?」
私の言葉で、サクラさんもジィエルを行き交う人々を見る。
「……確かに、言われてみればそうかも」
全員というわけじゃないけれど、時折、口元を布で覆って隠す人々が目に入る。
「
「宗教って言うと……信仰ね?」
「うん。チキュウだと、女の人が顔を隠さなきゃいけない国があるとかって、世界史の授業でやったけど……」
サクラさんはそう言うけれど、男女も種族も関係ないように見える。口を隠す布の模様や色もきれいだし、ジィエルで流行している格好と見るべきかしら。町によって服装もそこに住む人の気質も変わる。“その土地ならでは”を楽しむのも旅の醍醐味でしょう。
そうして話しながら鳥車を走らせていると、道路沿いに良さそうな雑貨屋さんを見つけた。ケリア鉱石越しにガラスのコップが飾ってあるのも見えるし、ガラスの食器を売っていそう。サクラさんに断りを入れてから鳥車を停めて、私たちは小さな雑貨屋さんに入ることにした。
「いらっしゃいませ」
店主の男性が、聞き心地の良い声で迎えてくれる。店内は茶色を基調に、落ち着いた色合いね。天井にある魔石灯には凹凸のあるガラスがはめられていて、魔石灯本来の光を一味違ったものに変えている。
「いい雰囲気ね」
「うん、なんていうか、おしゃれ!」
お店の大きさ自体は、ポルタで立ち寄ったリーリュェさんの武器屋さんと同じくらいかしら。5人も入れば手狭に感じるでしょう。
私は早速、通りから見える位置に置いてあった棚に飾ってあるコップを手に取ってみる。ガラス製の透明なコップ……グラスというのね。私の目を引いたのは、グラスの下半分に施された
そばには模様が異なるグラスや、色が違う物もある。形を自由に変えられるのがガラスの強みだとメイドさんは語っていたけれど、色も自由に変えられるのね。
「きれい……」
どの商品も、デアの光を透かしてみると信じられないくらいにきれいな色を映す。
「ひぃちゃん、見て見て。めっちゃ可愛いガラス細工!」
サクラさんが見せてくれたのは、ガラスで作られた小さなキャルだ。もちろん
何にしても、自由で、透明で、美しい。そんなガラス製品に、私は一瞬で魅了されてしまった。だけど、手が凝ったものは値段も高くなってくるのが世の常よね。私は手に取っていたグラスの値段を恐る恐る見て、
「ふぅ」
そっと棚に戻す。宿代5日分、ね……。
まぁ、分かっていたわ。お店に入った時に嫌でも値札が見えたもの。ついでに、サクラさんが持っていたキャルのガラス細工も配達依頼2日分の値段がした。
「……まだ私たちには早かったみたいね」
普段使いするには、高級過ぎる。メイドさんからのお使いでもあるし、ひとまず今は諦めましょう。
――だけど、絶対に1つは持っておきたいわ。
少し高い自分用のグラスを手に入れる。それも小さな目標にしておきましょう。店主の男性に何も買わなかったことを詫びてから、私たちは店を出た。
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