○見つけた!

 ジィエルを訪れて3日。私は1つにまとめた自慢の黒い髪を揺らして、ジィエルの町を駆けていた。肩にかけるのは茶色いブルの皮のカバン。温かな気候の中で走っているせいで、今日も汗だくだ。それでも私は、走る。理由はもちろん、お金を稼ぐため。

 今日も私は配達の依頼でジィエルの町を巡っていた。


「ふっ、ふっ……。次は第7区画の3番地、ジル・カートルさんのところ……」


 声に出して届け先を確認しながら、角を曲がる。

 やっぱり配達依頼は楽しい。たくさんの想いが詰まった手紙や荷物を、大切な人に届けているんだもの。こんなに名誉な仕事なのに、人気がないなんて不思議。それに、ジィエルにとって観光客よそものの私からすれば、町をくまなく見て回ることが出来る。

 その町がどんな所なのか。そこに生きる人々は、どんな生活をしているのか。大通りからでは分からない小さな日常を、見て回ることが出来る。私にとって配達依頼は、死滅神として自分が何を守っているのかを知れる、とても有意義な仕事だった。


「ふぅ……。ま、不満があるとすれば依頼料が安いところだけど」


 住所と表札に間違いがないことを確認して、受け取り箱にジルさんての手紙を2通、入れておく。今回の届け先は4階建ての集合住宅になっていて、1階に住民たちの受け取り箱がたくさん並んでいた。

 そして、運が良いことに、同じ建物で別の配達依頼があった。


「工夫次第で、配達依頼も結構稼げるのよ……っと」


 私はもう1人の届け先にも、小さな小包を入れる。中には何が入っているのかしら? どんな想いが込められているの? 考えているだけでも楽しい。


「これで1,000n。さて、次ね」


 【ウィル】でこまめに水分補給をしながら、私はまた走り出す。実は、こうして走っているのも鍛錬の一環だったりする。


『持久力はどんなときにも役に立ちます。身に着けておいて損は無いですよ?』


 なんてメイドさんが言っていたから、こうして鍛えているわけね。もちろん、ステータス上の『体力』とも相談なのだけど。

 そうして午前中に5軒の依頼をこなして、屋台で昼食を頂くことにした。


「お買い上げ、ありがとうございます! 食べ終わったら、こちらにカップを持ってきてくださいね」

「分かったわ」


 愛想のいい店員さんから商品が入ったカップを受け取って、屋台の前にある簡易な椅子に腰かける。

 今日食べるのは『細氷さいひょう』。細かく砕いた氷に果物から作った甘いタレをかけて食べる、スイーツだった。氷は〈冷却〉のスキルを持つ『冷石れいせき』を使って作っていると店主さんが言っていた。高純度の冷石に魔素を流すことで、氷を作れるまで温度を下げることが出来るみたいだった。


「確かこうやって食べるのよね……」


 私は早速、スプーンで氷の山を切り崩す。シャクシャクという音が小気味良い。スプーンに乗った細氷にはレモンの果肉が乗っていて、見るからに美味しそう。色もきれいで……もう待てない!


「頂きます!」


 はやる気持ちのまま、一口。


「~~~~~っ! 最高! やっぱり運動後はレモンに限るわ!」


 甘酸っぱいレモンの味が、口一杯に広がる。サクラさんに言わせれば蜜柑みかん味なのでしょうけれど。汗をかいて火照った体に、冷たい氷が染みわたる。


「砂浜近辺には細氷のお店がたくさんあるなんてサクラさんが言っていたけれど、納得ね」


 実は昨日、砂浜の警備の依頼を受けていたサクラさんから細氷の話を聞いていた。美味しそうに話すサクラさんに釣られて、私も細氷を食べることにしたのだった。


「サクラさん、ポトトも。大丈夫かしら……?」


 冷たい氷を頬張りながら、狩猟依頼を受けたサクラさんに想いを馳せる。

この時間だと、サクラさんは郊外の草原に着いた頃かしら。これから、リリフォンで狩っていたトビウサギよりも一回り大きい『ハネウサギ』の狩猟に取りかかるはずよ。用心棒のポトトと一緒にね。

 エルラでの一件があったから、私とメイドさん、2人でサクラさんが受ける依頼を吟味している。ジィエルは依頼が出されるときに一度きちんと精査されているけど、念のためよね。もう2度と、サクラさんには怖い思いをして欲しくないもの。


「……あら?」


 気づけば空になっていた細氷のカップとスプーンを店主さんに返して、私は残った依頼3件を終わらせることにする。特に残っているうち1件の依頼は、少しだけ私に因縁のある依頼だ。なるべくの捜索に時間を割くことが出来るよう、私は再び駆け出した。


 そうして2件の配達依頼を済ませると、時刻は15時を少し回っていた。ひとまず冒険者ギルドに完了の報告を済ませて、私は最後に残っている依頼に取りかかる。

乗合馬車に揺られてやって来たのは、私たちが最初に訪れたジィエル南西部の港だった。


「確かここに、あの子が居たはずなのよね……」


 100nを支払って馬車から降りた私は早速、軒先や花壇の裏、路地を見て回る。

 私が受けているのは逃げ出したキャルの捜索だった。報酬は破格の10,000n。それでもこの依頼が残っていた理由は、単に難易度が高いからでしょう。


「こんなにキャルが多い町でキャル探しなんて、『ニジウサギを狩る』よりも難しいわ」


 普通なら、ね。もちろん、何の事前情報も無しにこんな依頼を受けるのは無謀だと私でも分かる。失敗すれば冒険者としての信用が下がってしまうし、時間も労力も無駄になるでしょう。

 だけど私はこの依頼を受けた。理由は、探しているキャルの特徴が分かりやすかったから。黒い毛に、一本の尻尾。そして、目の上にある白い眉毛の模様。


 ――そう、あの憎き黒キャルと同じ特徴を持っていたからだった。


「まさかあの子が飼われていたキャルだったなんて。人を舐め腐っていた……おほん、人に慣れていたのも納得ね」


 1人ぶつぶつと文句を言いながらも、足は止めない。遠く香って来る潮風を感じながら、町を練り歩く。車が行き交う通り沿いはお店が多いけれど、1つ道を入れば住宅地がある。そんな場所ね。ひとまず黒キャルを見かけた通り沿いを探そうかしら。そんなことを私が考えていた時だ。


「――」


 ふと、誰かの話し声が風に乗って聞こえてきた。不思議だったのは、喧騒けんそうの中、その声だけを私の耳がきちんと拾ったこと。どこか懐かしいような、聞き覚えのあるような。だけど、やっぱり記憶にはない声。

 気づけば私は引き寄せられるように声の主を探していた。


「確か、こっちの方から……」


 と、その子はお花屋さんの軒先に寝転がるキャルに話しかけていた。


「迷子になってしまったのですね?」

『ナ゛ァオ♪』


 白い髪の女の子と黒い毛のキャルが話している。特に女の子の方は遠目でもわかるほどの美人さんだわ。彼女がどうやら、私が探していた声の主みたい。……だけど、待って。あの黒いキャル。1本の尻尾に目の上の白い模様。


 ――間違いない!


 私が探していた黒キャルだわ。しかも何が許せないって、白髪の少女には撫でることを許していること。私が撫でようと時は手をひっかいてまで抵抗したくせに……っ。


「……ミツケタ」


 私は一目散に駆け出す。そして、黒キャルが私に気付く前に〈瞬歩〉を使って一気に距離を詰める。結果、


「捕まえた!」

『ニ゛ァ?!』

「今度こそ逃がさない……って、きゃぁ!」


 油断して寝転がっていた黒キャルを見事捕らえることが出来た。だけど、私の〈瞬歩〉はまだ訓練中。黒キャルを捕まえたのは良かったけれど、移動した先での姿勢が悪くて、


「……っ?!」


 白髪の美人さんと一緒にもつれるようにして、倒れてしまうのだった。

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