○side:S・S ジィエルにて2

「ひぃちゃん、もしかして、狂人病にかかったんですか?」


 わたしの質問にメイドさんが硬い表情で頷く。

 眠っているひぃちゃんの状態を確認するためにメイドさんが少し強引に〈鑑定〉をしてみると、状態欄に〈病気/大〉が書かれていたらしい。すぐに狂人病かもしれないと判断して、ホテルに戻り次第、身体を拘束。結果、目を覚ましたひぃちゃんが暴れ出したみたいだった。


「しかも非常に厄介なことに、お嬢様は現在、感情のままにスキルを使用する可能性があります」

「……〈即死〉ですね?」


 さっき近づこうとしたわたしを全力で止めたメイドさん。あと、縄で縛るだけじゃなくてあえて布団を噛ませている事。それはきっと、ひぃちゃんの〈即死〉の範囲内――5㎝以内に人を近づけさせないため。ひぃちゃんに、わたしやリアさんを殺させないための処置だと思う。


 ――こういうところの配慮は、ほんとに敵わないなぁ。


 そう言えば、とポトトちゃんを探して部屋を見渡してみれば、しっかりと閉じられた鳥かごの中に入れられていた。心配そうにひぃちゃんを見ているポトトちゃんが、万が一にもひぃちゃんに近づかないようにってことだよね。


「一体いつ、どうやって感染したの? ……ううん。今はひぃちゃんをどうやって治すのかが先かな」


 顎に手を当てて、どうやって治すべきかを考える。と、すぐに思い当たったのは、


「そう言えば、この前来たチョチョさん達をどうやって治したんですか?」


 この前部屋を訪ねて来た短身族と角耳族の夫婦。わたしが知る限り、奥さんが狂人病で、ひぃちゃん達はそれを治す代わりに奴隷だったリアさんを引き渡してもらったはず。その時に得意顔で「アレ」を使って治したとひぃちゃんは言っていた。


「ひぃちゃんとメイドさんが使った『アレ』……。多分、キリゲバと戦った時に倒れたひぃちゃんを治した時に使ったポーションですよね? あれを使えばいいんじゃ?」


 ポーションじゃ病気を治せない。だけど、どう見てもメイドさんがひぃちゃんに飲ませたオレンジ色のポーションは、特別な物だった。あれを使ったんだろうな、と思っていたわたしの考えは正しかったみたいだけど。


「すみません。もう手元に無いのです」


 メイドさんはそう言って、深刻な顔でうつむいてしまう。ていうか、そっか。もしあるなら、もうとっくに使ってるもんね。


「作るとか出来ないんですか?」


 わたしが知る限り、メイドさんは大体、何でも出来る。あのポーションもメイドさんの手作りだと思ってたんだけど、どうやら違うらしい。

 となると、残された事実は、不治の病にかかったひぃちゃんだけ。お世話をしてあげようにも、迂闊に近づけば〈即死〉で殺されかねない。


「あれ、結構……と言うか、かなりまずい状況では?」

「はい。まさに、『やばい』です」

「どうしよ。って、あれ、リアさんは?」


 元から静かな人だけど、気づけば食卓から居なくなっている。特徴的な白い髪を探してみれば、す巻きにされたひぃちゃんが眠るベッドの上に腰掛けている。そして、布団の中に手を入れて、多分、ひぃちゃんの頭を撫でていた。


「リア! 離れなさい!」


 メイドさんもそのことに今気づいたみたいで、慌てたように席を立つ。その大きな声に一瞬だけびくっとしたリアさんは、それでも、自分への指示に素直に従ってベッドから立ち上がる。と、その時になってようやく、ひぃちゃんが動かなくなっていることに気が付いた。一瞬、死んじゃったのかと焦ったけど、


「んぅ……」


 と可愛い寝言と寝息が聞こえているから問題はなさそう。でも、目を覚ましたらまた暴れるんだろうなぁ……。

 リアさんも無事で良かった。ひぃちゃんのスキルで死んじゃったら、どうしようもないみたいだし。何より、正気に戻ったひぃちゃんがリアさんを殺したなんて知ったら、絶対に泣いちゃうもんね。


「リアさんが無事で良かった」


 色んな意味でほっと息を吐く私の横で、メイドさんがリアさんをヒントに何かを思い出したみたいだ。


「そう。そうでした。リアは私とレティの妹です。そして、可愛い可愛いリアを苦しめたあのゴミ商人は、恐らくまだポーションを持っている……あは♪」


 と、一瞬だけ見るからに邪悪な笑みを浮かべたメイドさん。だけど、すぐにいつもの笑顔をわたしに向けて、オレンジ色ポーションを取って来ると言う。


「ひぃちゃんを助けるためです。わたしも手伝います」

「いいえ。サクラ様はここでレティとリアを見ていてください。特にリアの方を。万が一のことがあっては、わたくしも、レティも、悲しみます」


 メイドさんが言う万が一は、多分、近づいたリアさんをひぃちゃんが殺しちゃうことだよね。椅子から立ち上ったメイドさんは、すぐに茶器を片付けていく。


「それから、もう3日ほど宿の延長を。それまでには必ず、レティを治すポーションを持ってきます。ではっ」

「は、はい……」


 そのままメイドさんは、メイド服を揺らして部屋を出て行ってしまった。


「う~ん。あの人が本当に分からないなぁ……」


 冷静なのか、感情的なのか。機械的なのか、情熱的なのか。全然分からない。だけど、わたしにも唯一分かることがある。それは、メイドさんに、フェイさんにしろひぃちゃんにしろ、誰かを思う心があるということ。


「でも、ひぃちゃんに殺すって言ってる……。やってることと言ってることがちぐはぐだよ、メイドさん……」


 それから2日後。オレンジ色のポーションを手にしたメイドさんが、満面の笑みで宿に返って来た。まるで何かをやり遂げた後みたいだけど、これ、聞いても良いやつかな?

 普段は暴れているひぃちゃんだけど、リアさんが近くにいるとなぜか落ち着いたみたいに眠ってしまう。そうして眠っている隙に、あの時と同じ方法――口移しでポーションを飲ませるメイドさん。それする必要ある? と思わなくもないけど。メイドさんがひぃちゃんにキスしたいだけなんじゃって疑ってるけど。


「早く元気になりなさい、レティ?」


 そう言って優しくひぃちゃんの頭を撫でるメイドさんが、ひぃちゃんを殺そうとしてるなんて、わたしには到底思えなかった。

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