○レストランは高いけど……

 午後7時。船内地上3階、船尾方向にある飲食店レストランへとやって来た私とメイドさん。赤い絨毯じゅうたんが敷かれ、全体的に薄暗い店内。壁が丈夫な透明の鉱石――ケリア鉱石――で出来ていて、西の水平線に沈んでいくデアの残光が見える。店内で演奏されている落ち着いた音楽と相まって、なんだか時間がゆったり流れているような気がした。

 店員さんの案内で手近な席に着くとお品書きが渡される。今日は初日ということで、少しだけ奮発することにしたのだけど……。


「うっ……想像以上に高いわね」


 思わずこぼしてしまう程度には1つ1つに値が張る。例えばサラダ。ウルセウでアイリスさんとお昼によく通っていた飲食店だと500エヌ前後のそれが、ここでは1000nもする。他の料理も私の想定より1.5倍から2倍近い値段がした。

 お品書きを手に尻込みする私に、可笑しそうに笑ったメイドさんが補足してくれる。


「食材の質、料理人の手間、物資の調達が難しい船の上ということもあって、お値段は高くなる傾向にありますね」

「そう……。ただのぼったくりというわけでは無いのね」


 値段には意味があるということ。それに、奮発すると決めたのだから、値段は気にせずに料理を注文する。2倍もするんだもの。どんな料理が出てくるのか、試してやろうじゃない! ……だけど、仕方が無いから2品だけにしておいてあげるわ。


 吟遊詩人さんたちの語りを聞きながら、料理を待つことしばらく。最初に出て来たのはサラダだった。

 何重にも折り重なった今が旬の野菜パリ。魔物化すると空を飛ぶことでも有名なそのパリの葉っぱと、そのほか色とりどりの薄く切った野菜が盛られている。そして、その上には魚の切り身と、茹でてピンク色になり「つ」の字に丸まった海洋生物プルツが乗せられている。野菜と魚介。いろどり豊かな一品ね。


「料理なのに、まるで芸術品みたいね」

「ええ、料理をする腕は見た目も大切であること。お嬢様ならもうご存知のはずです」


 焦がしてしまったパンを見ると食欲がなくなってしまうことは身に染みている。逆に、うまく焼けたときはすごくおいしそうに見える。それと同じということね。

 美しく盛られたサラダをメイドさんが取り分けてくれるのを今か今かと待って、ようやく実食の時。


「頂きます!」


 言葉と共にフォークでパリと魚の切り身を差す。シャキッというその音すら美味そうに聞こえるから不思議ね。流れるように、添えてあった黄色いソースと絡めて口へ運ぶ。

 最初に感じたのは、葉野菜パリの瑞々しい香りだった。噛むたびにその名の通りパリッと音がして、食感が楽しい。と、その影から一気に現れたのは切り身魚ね。海の香りがソースに含まれている果実の酸っぱい香りと合わさって、鼻に抜ける時に絶妙な爽快感をくれる。


「美味しいわ! パリもそうだけれど、このオレンジ色のお魚も、プリッとしたプルツも。食べるたびに食感と風味が少しずつ違って全然飽きない」


 少しソースの味が濃く作られているのは、噛んだ時にあふれるパリの水分と魚の脂の甘さを引き立てるためなのね。おかげで不思議なくらい軽く食べられる。


「では、わたくしも……頂きます」


 正面に座るメイドさんも、サラダを口に運ぶ。


「んふ♪ そうですね、大変美味です。恐らく魚はサナードでしょう。サナードの身の色はこちらのプルツを食べているからだと言われていますね」


 なるほど、私の知識にもある『食物連鎖』ね。プルツとサナード、味の相性がいいのもそのおかげなのかしら。ソースは召喚者が農業スローライフ? なるものの過程で生み出した植物レモンを使ったものだろうとメイドさんが教えてくれる。美味しいものを生み出すことにおいて、召喚者たちの力は必要不可欠ね。

 結局、私達はぺろりとサラダを平らげてしまった。


 次に運ばれてきたのが主役メインの料理。アルウェントと呼ばれる魚の魔物を使った料理ね。せっかく海の上にいるんだから、魚の料理を頼んでみた。ついでにメイドさんはポトトのお肉を使ったスープ料理を頼んだみたい。一度ポトトのお肉を食べてみたい気持ちもあるけれど、さすがにもうしばらく私はポトト料理を食べられないわね……。

 っと、よそ見していてはダメね。料理が冷めてしまうもの。私の目の前には真ん丸に膨らんだ身を皮ごと丸焼きにしたアルウェントが置かれている。眉間にしわを寄せたようなアルウェントの顔が、どこか可愛らしく思えるのは私だけ?

 大きさは、私が一生懸命に手を広げて尾ビレが少し出るくらいだから20㎝くらいかしら。鱗が無いプルプルとした身を切り分けて食べるみたい。ということで、早速、フォークとナイフで切り分けてみると――。


「わっ、中から何か出て来たわ?!」


 内臓を取り除いたアルウェントの中にぎっしりと細長い何かが零れ落ちて来た。


「それは“コメ”ですね。一番最初、お嬢様に食べて頂いたスッラの仲間です。外来者はなぜか皆、コメと風呂に目が無いらしいですよ。コメそのものを『ご飯』と呼ぶ程度には♪」

「風呂は、場所によっては当たり前なのでしょう? それにしても、これが、コメ。召喚者たちが愛するものなのね」


 本来は白いらしい細長い穀物が、黒いタレの色に染まっている。コメとアルウェントの白身、そしてタレをスプーンの上にのせて、一口。

 まず主張してきたのはアルウェントね。皮面のプルプルした食感と白身がホロホロとほぐれて、歯を使わなくても食べられてしまう。魚特有の香りをぎゅっと濃縮したような、ともすれば臭みにもつながりそうな強烈な味。それを受け止めるのが、甘辛いタレを存分に吸い込んだコメ。よく見ればコメと一緒に刻まれた香草が入っていて、甘辛いタレに清涼感を与えてくれる。そのおかげで濃い味付けなのにくどくない。だから、数口は美味しく頂けるけれど、このままじゃ少し飽きが――


「……? あれ、何かしら。中からまた……」


 ナイフがちょうどアルウェントの中心を切った時。コメの中から黄色い液体がこぼれ出て来た。これは、目玉焼きでおなじみのピュルーの卵ね。なるほど、半熟に茹でた卵を2つ、コメに隠していたみたい。こぼれ落ちた黄身が皿全体に広がって、タレと合わさっていく。たったそれだけの事なのだけど――。


「――?!」


 飽きが来そうになっていた濃い味付けをまろやかに包み込んで、一変させる。タレが染み込んだアルウェントの身を黄身につけても美味しいのだけど、コメ! 甘辛のコメとコクのある卵の相性が最高! これまで主役を張っていたアルウェントが、今度はコメの合間に挟むための脇役に成り下がる。これがチキュウという名の異世界の力なの……?! いいえ、落ち着いて、スカーレット。ピュルーの卵のおかげなんじゃ――。


「はっ?!」

「お嬢様? 先ほどから、どうかされましたか?」


 百面相しているでしょう私に、メイドさんが怪訝な目を向けている気もするけれど。今は料理と向き合うことが大切なはず。

 私は気付いてしまったの。なるほど、卵のおかげでチキュウとフォルテンシア。2つの世界がこのレストランと呼ばれる場所で結ばれたということ、そういうことね?!


「ふ、深いわ……」


 卵という、たった1つの要素だけで料理の雰囲気がここまで変わるなんて。フォルテンシア由来の素材アルウェントと、チキュウ由来のコメ。その2つが共存した一品を、私は最後まで味わい尽くす。

 気づけば夢中になって、料理をほおばってしまっていた。……少し、はしたなかったわね。反省とともに、最後にメイドさんと2人。もう一度、食材と料理人への感謝を言葉にした。


「「ご馳走様でした」」

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