●ディフェールルにて
○いざ入国……?
メリのようなモコモコの雲が青空を歩いている。つまり、晴れ。
早朝に野営を終えて、私、メイドさん、サクラさんの3人で順繰りに御者と偵察を務める。そうすることで、残った1人が荷台で休憩できるようになった。意外とこれが大きくて、今回から見張り番をしている私の眠気を補ってくれた。
見張り番をやってみて分かったこと。それは、怖いぐらいの孤独だった。焚き火の面倒を見ながら、終始周りの音に耳を澄ませる。人里から離れた場所には多くの動物と魔物が住んでいるから当然ね。
『ダメだよぅ、ひぃちゃん……』
そんなサクラさんの寝言にすらもびくびくと反応しなくてはならない。何せ、眠っているみんなの命を預かっているも同じだから。だけど話し相手もいなくて、焚き火の音と温かさで襲って来る眠気とも戦わないといけない。
『その服はダサいからぁ、こっちぃ……うぇへへ……』
『……私の服、そんなにダメかしら?』
そうやって寝言に返していないと、ひとりぼっちの寂しさと眠気に負けていたと思うわ。サクラさんの寝言の多さに感謝ね。それから、いつも見張りをしてくれているメイドさんの大変さがよく分かった。ついでにポトトは見張り番をしていないわ。スキルから見れば適役なのだけど、
そうしてどうにか夜が明けて、朝食を済ませた私。サクラさんが御者の練習で、メイドさんがその指南役と索敵。私が荷台で休憩だった。
霧を抜けて一気に気温が下がったけれど、今日は晴天で過ごしやすい。幌のおかげで日陰になった荷台。木箱の隙間は狭くて暗くて、妙に居心地がいい。鳥車の揺れも妙に心地よくて――。
「お嬢様、ディフェールルが見えて参りましたよ」
いつの間にか眠っていたみたい。凛とした、それでいて優しい声が聞こえてくる。揺れが無いことから鳥車を停めて、わざわざメイドさんが教えてくれたのね。
「んっ……んゅ……。メイドさん?」
うっすらと目を開けると、プラチナブロンドの髪と細められた翡翠の瞳が見える。桃色の薄い唇が笑みを作って、いつもと変わらない挨拶をくれる。
「はい、お嬢様だけのメイドです♪」
「そう……。だけど、眠く、て……。だから……、すぅ……」
どうやら町が見えて来たみたいだけど、今はとっても眠い。いつの間にか被っていた毛布を手繰り寄せて、私はもう一度眠りにつく。もう、自分が何を言っているのかも分からない。
「んふ♪ かしこまりました。それでは到着し次第、またお伝えしますね」
そう言って、私からメイドさんが離れていく気配がある。御者台に戻ったのでしょう。
「ひぃちゃん、やっぱり寝起き悪いですよね」
「はい。基本的にあの状態なら、ほとんどの言うことを聞いてくれますよ? 服の採寸も、体の状態のチェックも」
「そうなんだ~。今度、どこまでやってくれるか試してみますっ」
楽しそうなサクラさんとメイドさんの言葉を聞きながら、温かな空気に包まれた私はもう一度意識を手放した。
「お人形みたい。って、ホムンクルス? とかいう造られた人間なんだっけ……。まつ毛なが~、ほっぺたも柔らか~。これで人じゃないなんて、不思議」
「んぁ……。ふわぁ……
鳥車の揺れが無くなったことで目を覚ました私の目の前に、サクラさんの顔があった。両の手のひらで私の頬をつまんでいる。きょとんとしたサクラさんの茶色い瞳と見つめ合うこと数秒。
「おはよう! ひぃちゃん、着いたよ!」
「ん。おはよう、サクラさん」
座ったまま眠っていたからあちこちが凝っている。大きく伸びをして体をほぐす。荷台から飛び降りて鳥車の前に回り込むと、一番働いたポトトを労っているメイドさんが居た。そして、その背後には、
「これが、ディフェールル……」
背の高い深い灰色の建物に、赤い三角屋根が特徴的な町並みがある。南から北上してきた私たちの右手……町の東には、見上げるほど背の高い塔が立っている。背後にある雪を被ったゲバ山脈を前にしても、人の手で作られただろう塔は圧倒的な存在感を放っていた。
しばらく町並みと塔を見上げていた私に、メイドさんが声をかけてきた。
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、メイドさん。それから、ポトトはお疲れ様。ここまでありがとうね」
『ルルルゥ!』
私もひとまず首元を撫でてポトトを労う。
「城塞は見当たらないし、衛兵さんもいないみたい。……関所は無かったの?」
「見当たりませんでした。恐らく、何かしら事情があるのでしょう」
普通は魔物の進入を防いだり、入国者を管理する場所があってもおかしくないと思うのだけど。
「とりあえず、入りましょう。確認するべきは転移陣の有無、それから飛空艇の価格だったわね」
「はい。可能であれば、そのどちらかでゲバ山脈の東側へと移動したいところです」
話しながら地続きになっているディフェールルへと入っていく。ポトトが鳥車を引いて、私とメイドさん、サクラさんは鳥車を降りて徒歩。
「そう言えば、ひぃちゃんたちってなんで旅してるの?」
歩きながら、サクラさんが私に聞いてくる。
「そうね。大まかにいえば、立派な死滅神になるため、かしら。フォルテンシアを周って見聞を広めつつ、メイドさんが知っている前任の“死滅神”の軌跡をたどっている……と言ったところね」
「そうなんだ。ひぃちゃんは真面目だねぇ。偉い、偉い」
「撫でないで。私、子供じゃないわよ?」
そんなことを話しながら路地を抜けて、大通りに出る。そこは、ちょっとした広場にもなっていたのだけど、道路を行き交う鉄の塊を見て、サクラさんが感嘆の声を漏らした。
「く、車だ……!」
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