○怖い話を、しましょうか

「はっ?! 夢?!」

『クルッ?!』


 私は、ベッドの上で飛び起きる。同時に、私の声で起こしてしまったのね。部屋の隅に置かれた鳥かごの中で眠っていたポトトが飛び起きる声も聞こえた。


 ――さっきの夢は、間違いなく異食いの穴で起きていた事実。忘れる前にメモを取らないと……。


「というよりこの目覚め方、最近もあったような……はくちゅっ」


 ふと感じたのは肌寒さだ。それもそのはず、なぜか私は服を着ていない。そして、私の目の前には2人。下着姿の女の子がいる。もちろん、リアさんと、ユリュさんだ。

 突然跳ね起きた私を、驚いたように見ているリアさん達。だけど、多分同じ顔を、私もしていると思う。聞こえるのは、私の声で飛び起きたポトトの混乱する声だけ。そんなポトトの声も、私たちの間にある微妙な空気を察してか、聞こえなくなった。

 こうして出来上がった、気まずい静寂せいじゃく


「……えぇっと。2人は何をしているの?」

「「……」」


 リアさんはぼうっと私を見るだけだけれど、ユリュさんは手に持っていた何かをとっさに背中に隠した。一瞬だけ見えたアレは、ひょっとして……。


「ユリュさん。今隠した物を出しなさい。命令よ」

「あ、うぅ……」


 耳ヒレをしおれさせて、ユリュさんが背中の後ろから手を差し出す。そして皮膜の付いた手のひらの上に乗っていたのは、藍色に光る球体だ。しかも、恐らく産みたてなのでしょう。ねっとりとした粘液が、球体に付着していた。


「……卵ね?」

「ち、違います! 死滅神様に托卵たくらんしようとしていたわけではありません!」


 語るに落ちる、ってやつかしら。どうやら私への托卵たくらん行為を諦めていなかったらしいユリュさん。私が眠っている間に、事を済ませようとしていたらしかった。


「一応聞くけれど、これまで何度かしていたの?」

「い、いえっ! 今までは我慢していました! で、でもでも昨日、生誕神様に会って、それで、さっきが起きたら無防備な死滅神様が居て……。身体の奥がむずむずして、だからっ」

托卵たくらんしようとしていたことは、認めるのね?」

「あ、う……。死滅神様、意地悪です」


 申し訳なさそうに、うつむいてしまったユリュさん。彼女の言うことを信じるとして、フィーアさんに会って生物としての生殖せいしょく本能が刺激された、みたいな感じかしら。フィーアさんの膝の上で眠ったあの日、私が睡眠欲に負けたように。


 ――なるほど。リアさんの体臭を強化したような存在が、生誕神なのかしら……。


 考えることを放棄させて、生物としての本能を強く刺激する。そのせいで、ユリュさんもこらえきれなくなった、と。


「なるほど、一応、理解はしたわ。それで、リアさんは? どうして下着しか身に着けていないの?」

「ユリュ様が、スカーレット様に托卵しやすいように、お手伝いをしていました」

「お手伝い……? いったい何を……?」


 その後、リアさんの口から語られた詳細は、省きましょう。とりあえず、私の体内に卵が入りやすいように、滑りをよくしようとあれこれしていたらしい。どうりで、主に下半身がベトベトなのね。


「リアさん。あなたには、私を起こすようにお願いしたはずだけれど? 少なくとも、こんなことをして欲しいとお願いした覚えはないわ」

「はい。ですが、ユリュ様からもお手伝いをお願いされました。ご奉仕です」


 リアさんとしては、頼まれたから手伝ったというそれだけの話。私を起こすという作業と、ユリュさんの托卵を手伝う作業が両立するという判断だったみたい。


「だけど、リアさん。あなたは、私がユリュさんの托卵を拒否している事、知っているわよね」


 なんと言っても、托卵を拒否されて逃げ出したユリュさんを保護したのがリアさんだもの。知らないはずがない。そう言った私の言葉に、リアさんは視線を落としてコクンと頷く。


「なのに手伝ったのはどうして?」


 ひとまず、枕元に置いてあった部屋着を着ながら、リアさんを詰問きつもんする。


「……もやもや、しました」

「もう少しわかりやすく言って」

「タントヘ大陸でも、マルード大陸でも。リアは、スカーレット様の役に立っていません。ご奉仕が、出来ていません。だから……」

「だからユリュさんの手伝いをした? 私の手伝いじゃなくて? そんなの、あべこべじゃない。それに、もしユリュさんを手伝ったのだとして、あなたまで服を脱ぐ必要ないじゃない」

「……はい」


 服を着直して一息つくと、怒りが少し鎮まってきた。恐らく、リアさんの方も本能が刺激されたと見るべきかしら。ホムンクルスには性欲がほとんどないはず。だから、多分、奉仕したいというホムンクルスの種族的な本能が刺激されたのね。ただでさえ強いリアさんの奉仕精神が、暴走した。だから、こんなことになった、と。


 ――フィーアさん……。正真正銘、魔性の女ね。


 彼女が木の上で、1人、孤独に過ごしている理由がなんとなく分かる気がするわ。もしフィーアさんが地上に赴けば、周囲の生物は気の向くままに食べて寝て、産めよ増やせよの状態になってしまう。間違いなく、町に混乱が起きることでしょう。

 思えば、彼女の周りに居た動物たちにも、つがいが存在しなかった。基本は1匹ずつ。トィーラみたいに同じ動物が居ても、全員が同じ性別だったしね。


 ――嫌われ者の死滅神とは違って。愛されるからこそ遠ざける。自分から遠ざけるぶん、私なんかよりよほど辛いんじゃないかしら。


 フィーアさんの笑顔の裏にある心情を推し量っていると。


「あ、あの……。死滅神様、ごめんなさい! だから、を、嫌わないで……」

「すみませんでした、スカーレット様。なので、リアを、どうかまだ、お側に……」


 ユリュさんは目端に涙を浮かべて。リアさんは、サクラさん直伝の美しい土下座でもって、それぞれ謝罪をしてきた。……しまった、考え事をして黙ってしまったわ。彼女たちからすれば、私が呆れて物も言えないように見えたのかも。


「こちらこそごめんなさい。別に気にしてないし、もう怒っていないから、安心して? 2人が居なくなられると、私の方が困ってしまうもの」


 私の言葉に、顔を上げる2人。特にユリュさんの方は、分かりやすく笑顔になる。


「じゃ、じゃあの卵を――」

「怒るわよ?」

「ごめんなさい! いつもみたいに卵焼きにします!」

「そうして頂だ……え?」

「え?」


 聞き返した私に、ユリュさんもきょとんとしている。聞き間違いかしら。今、とても衝撃的な事実を打ち明けられた気がする。


「ユリュさん。『いつもみたいに卵焼きに』って言った?」

「……? はい! 捨てるのはもったいないので、卵はいつも卵焼きにしています! メイド先輩の許可も貰っています」

「そ、そうなの? メイドさんはなんて?」

「『ヒレ族の卵は高級な料理店でも使われるほど濃厚で、何よりも栄養が多いと聞きます。病弱なホムンクルスにとっては、良い食材になるでしょう』って言ってました!」


 ……メイドさん! あなた、私たちになんてものを食べさせるのよ?! いえまぁ確かに、週1くらいの頻度でそれはもう美味しい卵焼きが出て来ていたけれど。それがまさか、ヒレ族の……と言うかユリュさんの卵だったなんて。


「ユリュさんはそれで良いの? その……。自分の産んだ卵が目の前で調理されて、食べられるわけだけど」

「はい、村でもそうしてましたし、何より美味しいですからっ! それに」

「それに……?」


 聞き返した私に、ユリュさんが瞳孔の開き切った真っ黒な瞳を向けてくる。


が産んだ卵が、スカーレットお姉ちゃんの身体に入って。スカーレットお姉ちゃんの血肉になるんです。こんなに嬉しいこと、無いじゃないですかっ」


 誇らしげに胸を張るユリュさん。言い方や態度こそ無邪気そのものだけど、言っている内容とその考え方は、正直、気持ち悪い。

 密かに身を震わせる私をよそに、ユリュさんの語りは止まらない。


「考えてください。が産んだ卵を、スカーレットお姉ちゃんが笑顔で口に含んで、小さいお口で一生懸命噛んで、細い喉に自分から流し込むんです! ゴクンって! その後、いつも言ってくれます。『美味しい!』って。それを聞くたびに、の胸は一杯になるんです!」


 虚空を見つめ、だらしなく表情を緩めて、嬉しそうに話すユリュさん。ヒレ族がおかしいのか。ユリュさんが居た潮騒しおさいの町ガーラが特殊なのか。それとも、ユリュさん個人の問題なのか。とにもかくにも、ユリュさんに強烈なくせがあったことを思い出す私。


「あとあと、知ってますか、スカーレットお姉ちゃん! 私たちの村では、女性は料理が上手な人が多いんです! 大好きな人に手料理を振舞うのが、楽しみで、誇りなんですけど……」


 虚空を見つめることを止めて、だけど、相変わらずの真っ黒な瞳で。私をジィッと見たユリュさんは、笑った。


「全員、卵料理が大得意、なんですっ」

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