○大切なお友達……親友よ!
この時期、イーラの町の町は日の出と日の入りの時間が、他の大陸の町と同じように――7時ごろに日の出、18時ごろに日の入り――になっていて過ごしやすい。ここから日を追うごとに日の出の時間は遅く、日の入りの時間は早くなっていく。12月から翌2月までは日照時間が4時間程度しかない日もあるわ。だからフェイさんは、イーラよりも南に別荘を作って、水の季節の間はそこで過ごしていたらしいけれど……。
――私もフェイさんの真似をしようかしら?
デアの光を浴びた時間が少ないと、上手く眠れなかったり、気分が落ち込んだりする。だから、私もササココ大陸にある別荘にお邪魔しようか。なんて考えながら、貴重な光をくれるデアを見上げた時だった。
「……うん?」
「アレは……船? ということは、
最北にあるイーラを通る航路をとるということは、ササココ大陸北部からタントヘ大陸北部へ向かう時くらい。けれどその場合も、燃料となる魔石の問題から、大抵は中央大陸アクシアを経由することが多い。イーラ上空で飛空艇を見かけるなんてこと、1年に数回あるかどうかという珍しいことだった。
とはいえ、無いわけでもないこと。私が立ち止まった理由は、その飛空艇がイーラ上空で速度を落としたように見えたからだった。
――今日は来客の予定なんて聞いていない。イーラの魔石の採掘量なんてたかが知れているし、燃料補給というわけでもない……わよね?
となると……。
「誰かが飛空艇に乗って、私を殺しに来た」
思いつく中で最も可能性が高そうなものを、私は声に出す。
もしそうなら、戦闘になる可能性もある。歴史的な価値もある氷晶宮で出迎えるより、開けた場所……そうね、邸宅から続く階段のすぐ下にある演説広場で殺された方が被害も少なくて済むかしら。小さな飛空艇なら離発着できる広さもあるあの場所なら、何かがあっても被害は少なくて済む。
――お花畑でも良いけれど、あそこはスィーリエの畑でもあるものね。住民の食料のためにも……。
「決めた!」
私は氷晶宮に向かうのをやめて、演説広場へと引き返すことにした。
私がざっと30分くらいをかけて演説広場が見える位置まで来たのと、飛空艇が広場へ向けてゆっくりと加工してくるのがほぼ同時だった。高度を下げて見えるようになった船体。海にも似た真っ青な塗装と、船と海とを連想させる国旗もつぶさに観察できる。そして、私にも見覚えがあるその国旗が表す国は……。
「ウル王国?! ということは、もしかして……っ!」
駆け足で広場までの道を走破する。たどり着いた広場には、イーラの住民たちも多く来ていて、間近ではなかなかお目にかかれない飛空艇を興味深そうに眺めていた。
そうして住民たちが見つめる先。静かに着陸した船の上で、船員さん達があわただしく動き始める。
時にスキルも使いながら1分もかからずに作り上げられた金属製の丈夫な階段。船内に引き返した船員さん達に代わって階段の上に現れたのは、肩にかかるくらいの金色の髪を風に揺らす、青いドレスを着たお姫様だ。
「ふふっ、やっぱり! あなただったのね!」
思わず頬が緩んでしまう私を青い目で見つけた彼女も、優しく笑い返してくれる。足音からしてヒールを履いているのでしょうし、スカートのせいで足元も見えない。だというのに、そんなのまるで関係ないとばかりに、優雅に階段を下りてくる、ウル王国のお姫様。
やがて、イーラの地に降り立った彼女は私の前まで優雅に歩み寄って来ると、
「お招き頂き、ありがとうございます、死滅神様。ウル王国第2王女。アイリス・ミュゼア・ウル。ただいま到着いたしました」
スカートをつまんで、丁寧なお辞儀をしてみせたのだった。
「ええ、こちらこそ久しぶり! アイリスさん!」
「うん、久しぶり、スカーレットちゃん! 元気でしたか?」
さっきまでの威厳ある表情から一転。友人としての親しみを込めた笑顔を見せてくれたアイリスさんの問いかけに、私は大きく頷いて見せる。
「ええ、おかげさまで。……ところで、どうして来てくれたのか、聞いても良いかしら?」
「あら? メイドさんから聞いていませんか? 私、彼女に呼ばれてイーラに来たんだけど……」
「メイドさんに? なんて言われたの?」
「えっと、サクラちゃんに剣の
そう言って、腰に差してある立派な剣の
あまり詳しくは無いけれど、剣にもいくつか「流派」と呼ばれる“型”のようなものがあるらしい。サクラさんが使っている剣の型の師匠に当たるアイリスさんの教えを乞うのは、至極当然のように思う。一方で、あのメイドさんが、誰にも私に何も言わずにアイリスさんを呼んだとは思えない。
――メイドさんがアイリスさんの来訪を私に教えなかったのは、メイドさんお得意の“さぷらいず”をするためでしょう。
事実、私は驚きと喜びを貰うことが出来た。ただ、アイリスさんは王女様。
「で、そんなやらかしをしそうな人ってなると……」
もう、あの子しかいないわね。元気が取り柄の、小さな小さな私の従者さん。時折見せる計算高さを、今回こそ発揮してほしかったわね。いえ、まぁ、彼女以外の可能性もなくは無いのだけど。
「えっと、スカーレットちゃん? 私、どうすれば? サクラちゃん達はどこに……」
「ああ、ごめんなさい。そうね、まずはあそこにある私たちの家に行きましょうか。サクラさんもあそこにいるから」
「はい! うふふっ、みんなに会うの、楽しみだなぁ」
「船員さん達たちはどうしようかしら? 良ければ彼らもお招きするけれど?」
「いいえ。ここに船を止めさせてくれたら大丈夫です。船内に食料も十分ありますから」
だけど、もし不足が出たら私たちが融通することを約束して、私はアイリスさんを邸宅まで先導する。長い階段をのぼりながら、ふと足を止めたアイリスさん。背後にあるイーラの町を眺めて、目を細めている。
「最北の町、イーラ。初めて来ました。……水路。山。お花畑。そして、海。きれいな町ですね」
「ええ。死滅神が代々、大切に守ってきた町だもの。私もこの町が好きよ」
白と黒を基調とした町並みが、私の少し下の段に居るアイリスさんの青を美しく映えさせる。風で顔にかかるおくれ毛を耳にかけて町を見遣るアイリスさんの姿は、服装も相まって、恐ろしく美しい絵画のようでもあった。
「風邪をひいてもいけないし、行きましょう、アイリスさん?」
「……はい! スカーレットちゃんのお
「ふふ、それは着いてのお楽しみね。あと、招いたのはこちらなのに、おもてなしもせずにごめんなさい。私もこんな格好で……」
アイリスさんが来ると分かっていたら、お仕事用の黒いドレスを着たのに。今日の私は、地味な色の厚手の
「いいえ、大丈夫です。その様子だと、何か連絡の行き違いがあったんですよね?」
「うっ。お恥ずかしながら、その通りだわ」
「それなら仕方ないです。スカーレットちゃんは別に国の主ってわけでもないですし、何より……」
立ち止まって言葉の続きを待つ私に、アイリスさんは優しく笑いかけてくれた。
「私は、友達の家に遊びに来ただけですから!」
「……っ! うぅ……、アイリスさ~ん!」
この時、愛おしさのあまり抱き着かなかった私を褒めてあげたいわ。もし抱き着こうものなら、2人して階段を真っ逆さまだったでしょう。
とにもかくにも、大好きな親友を連れて、私は邸宅へと出戻ることになったのだった。
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