○こんなの知らない!

 そんなわけで、私たちは近くの川岸に移動して赤竜を解体していたのだった。川岸に運んだのは血抜きをするため。いつもみたいに【ウィル】で肉を洗うには、赤竜は大き過ぎた。

 そして、今。目の間には鉄板に乗った赤竜の肉が置いてある。涼し気な川のせせらぎとは対照的な、脂が跳ねる音が小気味良いわ。見た目は、牛のステーキと変わらないわね。ただ、肉からあふれ出る脂が少なくて、オードブルの肉質に近そう。


「赤竜のステーキ5種盛です♪ 頬、前足、後ろ足、胴体、尻尾。それぞれの部位を丁寧に焼き上げて――」

「頂きますっ!」


 メイドさんの説明は後でいくらでも聞きましょう。鱗を取ること30分。解体することさらに30分。分厚い肉を焼くこと15分。苦節1時間以上をかけて、ようやくお肉にたどり着くことが出来ているんだもの。おいしそうな匂いを立てるお肉に失礼だわ。

 早速一口大に切り分けたステーキを頂く。


「ふむ……。コリコリした食感ね。素材の味を味わえる香辛料だけの味付けが好みだわ。脂の少ないさっぱりとした味わいは予想通り。だけど、噛むたびに適度に脂が染み出て来てくどくない。うん、悪くないわ!」

「出た、ひぃちゃんの品評。ていうか『悪くない』って、何目線……」


 サクラさんが呆れた目を向けてくるけれど無視よ、無視。メイドさんの説明によれば前足らしい。赤竜の前足はほとんど使うことが無いから小さくて退化している。コリコリとした触感は、丁寧に切られた筋だと教えてくれた。淡泊で噛み応えがある部位だったわ。


「次。これは……柔らかそうね」

「んふ♪ そちらは、胴体でもお腹の部分のお肉です」


 クリーム色をした赤竜のお腹を思い出す。唯一鱗が無い部分は柔らかくて、内臓を取り出すのもさほど苦労しなかった。

 早速一口。と、口に入れてかみしめた瞬間に驚かされる。前足の時は嚙む度にあふれていた脂が、今度は一気に口の中にあふれてくる。火傷しそうになるのをこらえながら味わうと、脂の味の違いに気付いた。


「これ……同じ赤竜の物よね。さっきのよりはるかに濃厚で、味わい深い、コクのある脂だわ。何より、甘い

!」

「……ふむ。火山地帯に住む赤竜は常に遠火で焼かれているような状態。自然と肉は熟成されていて、良質な脂だけが蓄えられているのでしょう」


 上品に食べるメイドさんが、赤竜の肉質の特徴を説明してくれる。なるほど、じっくり、じっくりと時間をかけて焼かれたお肉ということね。だから表面上はさっぱりしているのだけど、中にはしっかりと極上の脂が詰まっている。お腹の部位はまさに、赤竜の生きざまそのもの感じられる部位だった。


「次は……これにしようかしら」


 次に私が食べたのは後ろ足の、モモの部分。口に入れた印象は、お腹と同じ。だけど、食感は前足と似ていた。だけど、筋は無くて――


「――もちもち食感ね! 噛むほどに香辛料と甘い脂がしみだしてくる! 噛み切れない訳じゃなからこそ、じれったいわ。だって、噛んでしまえばそれでこのお肉を味わえなくなってしまうんだもの。一生舐めていたい!」

「おぉう。ひぃちゃんが止まらない。でも、悔しいけど……めっちゃわかるっ!」


 どうやらサクラさんも赤竜のモモ肉がお気に入りみたい。幸せそうな顔で口を動かしている。髪を耳にかけて脂でつやつやした唇を動かす姿は、なんだか色っぽい。普段のはつらつとした印象との差で、思わずドキリとしてしまう。

 残す部位はあと2つ。どっちから食べようか悩んでいると、


『頬、美味しい!』


 隣に居たティティエさんが教えてくれる。そう言われてしまうと、気にならないわけがない。少し繊維質なお肉を慎重に口に運ぶ。


「~~~~~!」


 これはまた、最高ね。頬肉は脂が少なくて、赤竜本来の味がよく分かる。歯を使わずともホロホロほどけながらとろけるお肉。鼻を抜けて伝えてくる特徴的な香りは、例えるなら、全てを焼く灼熱しゃくねつの大地に吹き抜けた風かしら。肉食動物らしい荒々しい香りは私を殺そうとした熊『ヘズデック』に似ているけれど、赤竜はもっと真っ直ぐに野性味を伝えてくる。木の実も食べるヘズデックと、動物しか食べない赤竜の違いでしょう。ガツンとした肉本来の香りに負けないように、ピタと呼ばれる強烈な匂いが特徴の野菜が添えてあって、口に入れた瞬間にうまく調和している。ここは、メイドさんの料理の腕も垣間見えるわね。赤竜が生きてきた環境と食べてきた物を表すような、そんな部位だった。


「ティティエさんの言う通り、頬肉も美味しいわ!」

『うまうま』


 鉄板の端に添えてある貴重な野菜で箸休めをしつつ、最後に残った部位――尻尾を眺める。角切りにされた尻尾肉は、ブルの尻尾肉とは違って、かなりしっかりした肉質をしていそう。果たして、どんな食感、どんな味、どんな世界を見せてくれるのかしら。


「はむっ……。むぐむぐ……。んむ……? ふ、ふわぁぁぁっ?!」


 そこには、私の知らない世界が広がっていた。食感、味ともに、これまで私が食べたお肉に似たようなものは無い。まさしく尻尾で叩かれたような衝撃が、私の身体を駆け巡る。

筋肉質なお肉であることは間違いないのだけど、プルプルしていて、でも脂は少なくてさっぱり。噛もうと歯を立てるととろけるのではなくて、ブリンと割れる。そうして飛び出してきたのは高貴な香り。赤竜のお肉が持つ野性味あふれる香りとは違って、良質な木材でいぶされたような、どことなく威厳を感じる香ばしい香りがするわね。惜しむらくは、謎の重たさを口とお腹に残していくこと。脂っこくないはずなのに、口の中に強烈な衝撃を残していく。これじゃあ一口で満足――。


「――いいえ、まって。まさか、そんな……」


 おかしい。もう私の口は一杯一杯なのに、身体が赤竜の尻尾を求めてしまっている。こってりしているのに、手が止まらない……。こんなの私、知らない!


「め、メイドさん。尻尾のお肉……尻尾のお肉は残っているわよね?!」

「はい、こちらにたくさんご用意しております♪」


 一口大に切られた赤と白の模様が美しい尻尾肉が、たくさん積まれている。……あれで、足りるかしら。

 メイドさんが焼いた端から熱々のお肉を頬張って行く。ずるいのは、メイドさんが味付けを変えること。その度に、口に入って来る赤竜が違った顔を見せてくれる。だけど私が求めるのは尻尾肉。


「尻尾……尻尾が……」

「ひぃちゃん、目がヤバいって! 大丈夫?!」


 身体が動きを止めるまで、私は尻尾肉を中心に赤竜の全身を味わい尽くした。鱗に牙。素材が高値で売れることは知っていたけれど、まさか食材としても優秀だなんて。


「赤竜は全身がお宝なのね……けぷっ」


 その後、私が軽く魔素酔いをしたことは言うまでも無かった。

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