○side:M ファウラルにて

 わたくし、メイドがお嬢様とリアの不在に気が付いたのは、お風呂からなかなか帰って来ない2人を迎えに行った時でした。

 その日、魔素酔いでご迷惑をかけた人々に挨拶に行っていたお嬢様。わたくしとサクラ様はリアと共に、お嬢様の誕生目覚めを祝う準備をしていました。


「ふぅ……。これで準備万端ですね!」


 サクラ様が額の汗をぬぐいながら、飾り付けた寝室を見渡しておられます。


「はい。昨夜、甘味で失敗したお嬢様にケーキを出すことには抵抗がありますが」

「でも、さすがにお祝い事にケーキは欠かせませんよね? 今日くらい、良いんじゃないですか?」


 友人であるお嬢様を祝うことが心から楽しい。そう言わんばかりに目を輝かせるサクラ様。またこの方は、お嬢様を甘やかすのですから……。


「ひぃちゃん。早く帰って来ないかな~」


 この時のわたくしたちは、まさか、お風呂に赴いたはずのお嬢様が遠く――カルドス大陸のほぼ裏側と言って良い位置にあるハリッサ大陸まで行っているとは、夢にも思いませんでした。

 お嬢様とリアが行方不明になったと分かったのは、それから約1時間後。帰りが遅いお嬢様を、わたくしがお迎えに上がった時です。宿フィンデリィのどこを探しても、お嬢様が居ません。それどころか、リアすらも居ないのです。

 深夜。客室で、わたくしとサクラ様、ついでに珍しくこの時間まで起きているポトトと3人で話し合います。


「あのお嬢様のことです。気まぐれで何か買い物に行かれたのかもしれません」

「それ、あり得ます。ひぃちゃん、結構思い付きで行動しがちですから」


 サクラ様と合流してから、夜更けまで。宿とその周辺をくまなく捜索しましたが、どこにも居られません。ただし、1時間ほどお風呂に入って、その後にリアと仲良く脱衣所を出ていく姿は目撃されていました。


「どちらか1人ならともかく、お嬢様とリア。髪や瞳、体形すらも正反対の2人が並べば、かなり目立ちます。おかげで、他の宿泊客の皆様にも覚えていてもらえたようです」

「じゃあ、お風呂に入った後。メイドさんが迎えに行くまでの10分、20分の間に、ひぃちゃん達は居なくなった……。でも、フロントの人は出て行くところを見てないって言ってましたよ?」


 受付の方に話を聞いていたサクラ様によれば、目つきの悪い、くたびれた服を着た怪しい男の出入りが確認されていただけだという話です。


「も~! お風呂に行って帰って来るだけなのに、何で出来ないかなぁ?!」

「サクラ様。さすがにあのお嬢様でも、その程度のことはできるはずです。となると、何か事件に巻き込まれたか、巻き込まれに行ったと考えるべきでしょう」


 基本的に、お嬢様はお人好しと呼ばれる人種です。己が使命に関わることでなければ、人を助けることを当然と思っておられる節があります。そのおかげで豊富な人脈を作ることが出来る反面、どうしても厄介ごとを引き入れやすい面も持ち合わせている。迷宮に行ったことが、厄介ごとの良い例でしょう。一歩間違えれば死んでいたということ、お嬢様は理解しておられるのでしょうか?


「えっと、メイドさん。確認です。ひぃちゃんに危害を加えようとすると、職業衝動ってやつでメイドさんに伝わるんですよね?」

「はい。ですが、例えばお嬢様が能動的に危険に飛び込んだり、たまたま巻き込まれただけであったり。お嬢様……主人への害意が無ければ、従者には伝わりません」


 他にも、ある程度の距離的が離れていれば、職業衝動は発生しません。エルラにいらっしゃるカーファ様や、同じく主人への危機を感知できる“死滅神の聖女”シュクルカには、これまでの旅におけるお嬢様の危機が伝わっていないことでしょう。

 これらのことは、ご主人様と一緒に居た頃にはもう、分かっていたことでした。なので、お嬢様と別行動する際も極力、感知できる範囲内に居るように努めましたし、範囲外に出るときは通信用の翡翠石を持たせてもいました。ですが……。


「こんなことになるなら、翡翠石を持たせるべきでした……」

「いやいや! 盗まれる可能性もあるし、さすがに、お風呂に行って帰って来る間に何かがあるとは思えないですって!」


 結果だけを見れば、翡翠石を持たせれば何かしら分かっていたのかもしれません。ですが、今のわたくしに後悔している時間などありません。なぜなら、時間をかければかけるほど、お嬢様が……レティが自害する可能性が増すからです。

 ご主人様の時は、ハリッサ大陸にいらっしゃったご主人様の死亡を、ウルに居るわたくしも察することが出来ました。


「であれば、少なくともお嬢様は恐らくまだ生きている……。『落とし穴に財宝』と言うべきでしょうか」


 ですが現状、お嬢様が自害した場合に“死滅神”を引き継ぐ可能性があるリアも行方不明。わたくしにとって最後の希望とも言うべき2つの存在が、同時に失われたと言って良い状況です。


 ――ご主人様の遺志を完遂するために。


 2つある2人用ベッドのそれぞれに腰掛けて、わたくしとサクラ様は考えを巡らせます。


「短時間で、わたくしたちでも探し出せない場所に移動する方法……」

「しかも、宿に居た誰にも見つからずに、2人揃っていなくなる方法、ですよね? う~ん……」


 いつもなら何かと騒がしいお嬢様が居ない寝室は静かで、重い沈黙だけがその場を満たします。

 と、その時、声を上げたのはわたくしたちのポトトであるククルでした。


『ルッ! 〈クゥク〉ッ!』

「〈瞬歩〉ですか? 確かにそれなら、見られる機会を少なくしながら移動することは出来ますが、そもそもお嬢様が〈瞬歩〉で移動する理由が分かりません」

「それに、わたしの知る限り、ひぃちゃんのスキルって人は一緒に移動できなかったはずだよ? まったり動くリアさんの方が見つかっちゃうと思う」


 お嬢様が嘘をついていない限り、お嬢様の〈瞬歩〉は周囲10mの移動に限られたはずです。宿から出るにしても、かなりの回数を使用することになるでしょう。人2人を移動させる〈瞬歩〉も、聞いたことがありません。


 ――ですが、もし、複数人を長距離、移動させるスキルがあるとすれば……。


 わたくしたちはそれをもう、知っているのです。なぜなら、こうしてわたくしたちがファウラルに居る理由も、それに――〈転移〉のスキルに関わっているのですから。


「なるほど。お嬢様たちは、どこかに〈転移〉させられたのかもしれません」

「〈転移〉……? あ、転移陣の転移ですか?」

「はい。そのスキルであれば、範囲内の人や物を全て、特定の場所に移動させることが出来るはずです」


 ですが、もしそうだとして。お嬢様を狙う理由は何でしょうか? “死滅神”に恨みがあるのであれば、〈転移〉などという回りくどい方法など使わず、直接殺せばいはずです。死にたがりのお嬢様であれば、簡単に復讐の刃を受け入れることでしょう。しかし、害意が無いことは職業衝動の有無で証明されている、となれば……。


 ――お嬢様への害意がない〈転移〉でどこかに移動した。つまりは、事故。


「現状、お嬢様が何らかの理由で〈転移〉のスキルに巻き込まれたと考えましょう。わたくしたちはこれらから、お嬢様がどこへ転移させられたのかを調べる必要があります」

「調べるって言っても……。何か当てはあるんですか?」

「当て、というほどではありませんが……」


 〈転移〉のスキルも、わたくしの持つ〈収納〉と同様に、Aランクの強力かつ便利なスキルとして冒険者ギルドに登録されています。


「希少なスキルを持つ人材、あるいは魔石は重宝される分、注目度が高く足がつきやすいものです」

「……なるほど。じゃあひとまずは、〈転移〉について心当たりがある人、あるいは魔石を売ってる商人さんに話を聞けば良いってことですね?」


 手を打って、わたくしの言いたいことを全て理解してくれるサクラ様。本当にこの方は、聡い。普段の言動は少し……特にお嬢様が絡むとかなりアレですが。


「スキルを持った人が居るようであれば、当人を尋問。〈転移〉の魔石があれば、流通経路と最終的な買い手の特定、その後、尋問という形になるかと」

「尋問……? あ、お話を聞くってことか」


 恐らくサクラ様とわたくしとの間には多少、認識の齟齬そごがあると思われますが、ともかく。


「お嬢様とリアが『お腹が空いた』と泣いてしまう前に、探し出してあげましょう」

「そうですね! 頑張るぞ、おー!」

『クルー!』


 精一杯ので拳を突き上げるサクラ様とポトト。お嬢様にべったりの2人が、心配でないはずがありません。それでも少しでも場の空気を良くしようと。そんな気遣いが出来るのもまた、センボンギサクラ様という召喚者でした。

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