●ファウラルにて

魔法使いの町

 魔法使い。そう聞いて、みんなはどんな人を想像するのかしら。フォルテンシアで魔法使いというと、スキルの効果を発現させている魔素の研究者たちのことを思い浮かべる。私含めてどちらかというと、物静かな人物像を思い浮かべる人が多いんじゃないかしら。

 でも、召喚者であるところのサクラさんは違うみたい。


「魔法使いってこう、ステッキを持って、フリフリの服を着て、キラキラしてて……。子供の頃めっちゃ憧れたな~!」


 他にもほうきで空を飛び回ったり、物を宙に浮かせたり。どこか動的で、華やかな印象があるらしい。幼い頃に憧れていたと語るだけあって、魔法使いについて話すサクラさんはとても楽しそうだ。目を輝かせるとは今のサクラさんのことを言うのだと思う。ひょっとして、ご馳走を前にした私もあんな感じなのかも。

 とにかく、巨大な半球状のガラスで覆われたファウラルの町が見えて来た時のサクラさんのはしゃぎようは、それはもうすごかった。


「見て、ひぃちゃん! 人が飛んでる! 箒みたいなのに乗って飛んでるよ?!」

「ごめんなさいサクラさん。普通の人はこの距離から人の影なんて小さなものは見えないの」


 私が御者を務める中、荷台から身を乗り出してファウラルの上空を指さすサクラさん。〈望遠ぼうえん〉のスキルを使ってどうにか見える距離の物を、私が見られるはずがない。


「これ! これがわたしの知ってる『ファンタジー』! 金属の蛇とか、時間がおかしくなる町とか、尻尾がたくさんある猫じゃない!」


 いつも自分の調子を持っていて、なのにさとくて。子供っぽいのに大人びているサクラさんも、今はどう見ても子供にしか見えない。


「ふふっ、はしゃぐサクラさん、可愛いわ」

「いや、絶対! 絶対に日本の女の子は魔法使いに憧れてると思う! で、空を飛んでる人見たらわたしとおんなじ反応するから!」


 山を越えて少しだけ内陸地に居るとは言え、遠くからは潮風の香りが漂って来る。背の低い草木と一緒に揺れるサクラさんの茶色い毛が、心なしかいつもより輝いて見えた。

 興奮冷めやらない様子のサクラさんのことはいったん置いておいて、私は隣に座るメイドさんにファウラルについて聞いていた情報を再確認する。


「メイドさん。ファウラルは“魔法使いの町”。住人の多くが魔法の研究をしている、という認識で合っているかしら?」

「はい。ササココ大陸にあったディフェールルやアクシア大陸中央にある学園都市にも引けを取らない、東の魔法大国と言えます」


 私の御者の補助をする傍ら、今日も趣味である裁縫をしながらメイドさんが答えてくれる。最近のメイドさんはずっと、リアさんが着る服を作っている。私やサクラさんの服もそうだけど、半分くらいはメイドさんが作ってくれたものだ。既製品と同じかそれ以上の品質を持った服を「趣味なので♪」と無料でくれるメイドさん。使い古した服もまた新しい服にしてくれるから、ここ最近は服を買っていない。思えば、私お気に入りの「働いたら負け」Tシャツの出番もめっきり減っていた。


「その名の通り、ファウラルはファウラル公国の首都です。総人口は約1億人。ファウラルには1000万人が住んでいると言われていますね」


 誰かに何かを教えることが結構好きらしいメイドさんが、復習も兼ねて教えてくれる。

 人口なんかの話をされるたびに毎回思うけれど、桁が大き過ぎていまいちピンとこない。私がこれまで狩りを含めて奪って来た命の数――1274までならなんとなく実感を持つことが出来るのだけど……。


「1000万人って言うと、東京よりちょっと少ないくらい……? 人口も日本よりは少ないんだ」


 さすがに少し落ち着きを取り戻したらしいサクラさんが、自分の知っている値――日本の人口と比べるようなことを言っている。私が知っている大きな町というと、アイリスさん達ウル一族が収めるウル王国の首都ウルセウかしら。確かあそこの人口が300万人だったはずだから、その3倍以上の人が居るということになる。そう思うと、少し窮屈そうな印象だわ。


「公国領は、わたくしたちが居るカルドス大陸の北西部、大陸の8分の1ほどを占めています」


 下が膨らんだひし形のような形をしたカルドス大陸。その4分の1くらいが人の住めない砂漠であることを考えると、ファウラル公国の大きさがわかるじゃないかしら。ついでに、私たちが最初に訪れた町ジィエルも公国の南端にあたるわ。


「大きな国なのに、ジィエルやファウラルに人が密集しているのはどうして?」

「んふ♪ お嬢様、その好奇心はこれからも大切にしてくださいね?」


 なんて言いつつ説明してくれたメイドさんの話では、人が住める場所に人が集まっただけ、とのことらしい。北方の雪と氷に閉ざされた『ハリッサ大陸』ほどではないにしても、カルドス大陸は人族が住むには過酷な環境と言える。だから人々が集まって、協力し合って文明を築いてきたということらしい。


「自由を求める者がジィエルへ。叡智えいちを求める者がファウラルへと言ったように自然と住み分けがなされた結果、それぞれの町の特色が出るのです」

「似た者同士が集まった、ということね」


 自分なりにまとめて見た私の言葉に、メイドさんは首を縦に振った。


「また、お嬢様もお察しかと思いますが、魔法は時として多くの人を殺める手段にもなります」

「ええ、そうね。ハルハルさんの何とかって魔法を町中で使うだけで、大勢の人が死んでしまうでしょうね」


 金属の蛇という相手が悪かっただけで、もしあの大規模な爆発の魔法を人に向けて使えば、その威力と被害は計り知れない。しかも何が危ないって、魔法は誰もが使えるスキルのようなものだから、あの爆発を誰でも起こせてしまうこと。

 私がその危険性に触れると、メイドさんは満足そうにうなずく。


「仰る通りです。そのため、ファウラルでは情報の漏洩を可能な限り減らすための策を講じているわけですね。あの天蓋てんがいもその1つです」


 メイドさんが見上げた先には、もう目と鼻の先に迫っているファウラルの町全体を覆う巨大な透明の天井がある。半球状になっているそれは、天蓋てんがいというらしい。


「街に入るための門も南北の2つしかなく、町の出入りにも様々な検査を受けることになります」


 門の前には長蛇の列が出来ている。この列の理由も、メイドさんが言う検査のせいなのかしら。そこから2時間くらい待たされて、私たちはようやく門に併設された検査場に向かうよう、衛兵さんに指示される。


「さぁ、参りましょう、お嬢様。これだけ大きな町です。転移陣を修復する技師の1人や2人、どこかに居るでしょう」

「ええ、そうね。そのためにわざわざ1か月以上かけて来たんだもの。必ず見つけ出してみせるわ」


 転移陣の修復がサクラさんをチキュウに帰すための方法を探る近道になると信じて、私はファウラルへと足を踏み入れるのだった。

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