○私、また、ユリュさんを……
メイドさんの救出を後回しにして、土手を駆け上がった私とティティエさん。そこには、相変わらず美しいお花畑が広がっている。だけど、精霊族の人たちの光は見えなくて、全員が息を潜めているみたいだった。
――ヒズワレアはどこに?!
周囲を見渡した私が最初に見つけたのは、真っ黒な巨大生物……リズポン。その向こうには、リアさんの首根っこを咥えて固まるポトト。そして、治療途中だったと思われるサクラさんを背負ったシュクルカさん。4人の姿がある。
もし何もなければ、リズポンに
「し、死滅神様の大切なものは、
そう言ってリズポンに立ち向かっているのは、へっぴり腰でヒズワレアを構えるユリュさんだった。
「
そう言ってヒズワレアを光らせるユリュさん。対するリズポンも、まだサクラさんやメイドさんによって付けられた傷が癒えていないのでしょう。舌を出し、激しく腹部を拡張、収縮しながら呼吸を繰り返していた。
――もしユリュさんが居なかったら、リズポンが迷宮から逃げていたかもしれない。
そう思うと、ぞっとするわね。一方で、状況が悪いのも事実。いくら弱っているとはいえ、ティティエさんと同じかまだそれ以上に動くことができるリズポン。もし今ユリュさんがやられてしまったら、リアさん達は美味しく頂かれてしまうことになる。
迷宮の出口を前に、にらみ合いが続く。
――いっそのこと、リアさん達には迷宮を出てもらう……?
ほとんど見えない速度で行動するリズポンとの戦いで、リアさんを庇う余裕は、正直ないと思っている。だったら、ポトト、リアさん、気を失ったサクラさんと、シュクルカさんには迷宮を出てもらう。で、シュクルカさんがサクラさんの治療をして戻って来る……。
――無理ね。それだけの時間、持ちこたえられない。
面倒なことに、異食いの穴を出た瞬間、中での記憶がほとんど抜け落ちてしまう。ということは、このお花畑に来るために、またイチから迷路のような遺跡を攻略しないといけない。数時間は余裕でかかるだろうその間、リズポンを相手にすることなんて、出来るはずもない。
――じゃあ、リアさんだけでも出てもらう……?
でも、そうすると、今度は迷宮の外に居るアフイーラル達にリアさんが襲われる。じゃあ護衛としてポトトを付ける……のはありね。リアさんは
でも、今動けば警戒したリズポンがポトトとリアさんを襲うかもしれない。もし次に動きがあったら。具体的には、ユリュさんとリズポンのにらみ合いに動きが見られたら、すぐにポトトに指示を出しましょう。
――お願いだから、そのまま良い子でいてね、ポトト、リアさん!
私が胸元でぎゅっとこぶしを握り2人の無事を祈っていると、
「スカーレット。〈即死〉は使えない?」
リズポンを注意深く見ながら、ティティエさんが尋ねてきた。
「どう、かしら……」
フィーアさんが言っていたから、リズポンは間違いなく〈即死無効〉は持っているはず。問題は、リズポンがスキルポイントをどれだけ使ったのかが分からないこと。もし〈即死無効〉が使用できる状態で私が〈即死〉を使おうものなら、私のスキルポイントが枯渇して意識を失ってしまう。
「……うん?」
逆を言えば、スキルポイントがどれくらい残っているのかが分かれば良いんじゃない? そして、相手のスキルポイントがどれくらい残っているのかを知ることができるスキルを、彼女なら持っているんじゃないかしら?
「ユリュさん!」
私の声に耳ヒレを反応させたユリュさんが、すぐにリズポンの背後にいる私たちを見つける。
「死滅神様!」
「リズポンを〈鑑定〉できないかしら?!」
「〈鑑定〉ですか?!」
旅の始まりでメイドさんが使った〈鑑定〉のスキル。確かメイドさんは、あのスキルが職業由来のスキルであると語っていた。だったら、同じ“死滅神の従者”であるユリュさんが〈鑑定〉のスキルを持っていても何らおかしくないはず。
しかも、今ユリュさんとリズポンはにらみ合っている状態。目を合わせるのは簡単なはず。
「や、やってみますっ! 〈鑑定〉!」
予想通り、〈鑑定〉を持っていたらしいユリュさんが一瞬だけ目を光らせる。離れていてよく見えないけれど、きっと彼女の目には幾何学模様が浮かび上がっている事でしょう。
ただ、ユリュさんに指示を出すことの危険性について、この時の私はすっかり忘れてしまっていた。
「見えました! 見えましたよ、死滅神様!」
「リズポンのスキルポイントはどれくらい?! あと、レベルも教えて!」
「はいっ、えとえと……。レベルが90で、スキルポイントが残りひゃく――」
「んっ」
今度は、話していたユリュさんの姿がかき消えた。同時に、私の隣にいたはずのティティエさんも、突風を残して消える。
突風によって舞い上がった色とりどりの
――あれ、ユリュさんは……?
さっきまで元気いっぱいに調べた情報を語っていたユリュさんの姿が、どこにもない。ただ、リズポンのあごを受け止めるティティエさんがヒズワレアを口にくわえて光らせていることだけは分かった。
ユリュさんが持っていたはずのヒズワレアを、ティティエさんが持っていて。ユリュさんの姿がどこにもない。
「うそ、よね……?」
私のお願いのせいでヒズワレアに魔素を注ぐのを忘れたユリュさんが、リズポンの攻撃で跡形もなく消し飛ばされた。そんな、最悪の想像が脳裏をよぎる。
思い出すのは、マユズミヒロトに襲われた時のユリュさんの姿だ。あの時、レベルが高くて、本来ならもっと対抗できたはずのユリュさんがあっさりとやられた理由。それは、メイドさんから与えられていた指示を一生懸命守ろうとしていたから。自由に、のびのびと戦うことを得意とするユリュさんの良さを奪ってしまった結果、注意力と判断力を低下させた彼女は本来の力を出し切れずに深手を負った。
――それに、ユリュさんは私の役に立とうと必死だったじゃない……っ!
そんな彼女に私がお願いをしたらどうなるか。嬉々として私のお願いを聞き届け、結果、注意力が散漫になることなんて想像に難くなかったはずなのに。
「私、また、ユリュさんを……」
殺してしまった。絶望が私の足腰から力を奪い、その場に崩れ落ちようとしたところで。土手の下を流れていた川が、巨大な水柱を上げた。
水柱はまるで意思を持っているかのように一点に集まり始め、空中にプカプカ浮かぶ巨大な水球になった。その透明な水の球体の中を、優雅に、自由に、泳ぎ回る影がある。
「ユリュさん!」
宙に浮かぶ球体。それだけでも不思議な光景なのに、その中を舞い踊るようにして泳ぐ可憐な少女が居るんだもの。
「きれい……」
見惚れずにはいられない。
そして、直径20mにもなりそうな巨大な水球が、ゆっくりとリズポンの方へと向かっていく。その間もユリュさんの舞いは続いていて、彼女が躍るたびに周囲の川から水球へと水が流れ込み、水球はその大きさを増していく。
水中でもスキルや呪文を使えるのはまぁ、彼女が水中生活に特化した魚族に属する人だからある意味で当然よね。ウーラでも大きな魚を獲って来ていたし、そのことについての驚きはないのだけど。
「まさか、よね、ユリュさん」
私の呟きが聞こえたわけではないでしょうけれど、こちらを見て元気いっぱいに笑ったユリュさん。ティティエさんがヒズワレアの力を借りてリズポンを食い止めてくれているその頭上へと、水球を移動させていく。
「待って……。待って!」
やがて、ティティエさんとリズポンを含めたその場の全員が呆けたように見上げる頭上に水球を到達させたかと思えば。
「待ちなさい、ユリュさん! 今それを落としたらリアさん達まで――」
そんな私の叫びもむなしく、ユリュさんがリズポンへ向けて大質量の水球を叩きつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます