○ほんと、手のかかる姉だわ

 間接照明が照らす、薄暗い寝室。ベッドの上に座りながら、おでことおでこを合わせて話す、私とサクラさん。

 親友を、家族を、大切な人を死なせてしまった自分の愚かさが許せない。サクラさんが使う「雫を殺した」という発言の中には、そんな自罰的な一面が見て取れた。


「だから、あなたは自分への罰として、リズポンと戦うことを選ぶのね?」


 核心を突く私の問いかけに、サクラさんが瞳孔を小さくして息を飲む。けれどすぐにくすっと笑った。


「……一応言うとね。死ぬつもりは無いよ?」

「でしょうね。じゃないと、身体を斬られるなんてこと、しないはずだもの。あなたは間違いなく、全力で、鍛錬にのぞんでいた。生き残ろうとしている。だからこそ、そこまでして殺されたなら、それまで。そう考えていそうだわ」

「大体合ってるの、やば。ひぃちゃん、わたしのこと分かり過ぎ。怖い」

「何度も言ったはずよ? 私、サクラさんのこと、大好きだもの」

「いや、だから愛が重いよ……。嬉しいけど」


 再び、サクラさんおでこは熱くなっている。薄っすらと目を開けてみれば、案の定、間接照明に照らされたサクラさんの顔は真っ赤になっていた。


「リズポンとの戦いに勝てたら、少しは自分を許せる?」

「……どうだろ、分かんない」


 肯定も否定もしない。今の、ありのままの気持ちを口にしたサクラさん。でも、シズクさんを死なせたことを思い出してからずっとあった希死念慮きしねんりょ――親友を死なせた自分は死ぬべきだ、死にたいという想い――に区切りは着くと、思っている。そう、サクラさんはゆっくりと語る。


「それに、結局、リズポンを倒しても地球に帰れるって決まってるわけじゃないんでしょ?」

「まぁ、そうね。可能性がある、という話でしかないわ。ただ、私はそうであって欲しいと願っている」

「願ってる。……わがままなひぃちゃんらしいね」

「でしょう? これでも私、傲慢ごうまんだから」

「なんでドヤ顔……。ついでに、怠惰で、強欲で、暴食で、ちょっとエッチで。嫉妬深くて、なんやかんやで感情的、でしょ?」


 私の欠点を、次々に挙げていくサクラさん。ちょっとエッチってとこ以外は、まぁ納得ね。


「……ん? と言うより待って。どうして今、私馬鹿にされたの?」

「ふふん、欠点はドヤ顔でいう物じゃなっていう、お姉ちゃんからの教育です」


 そう、なのかしら? 私は眉をひそめる一方で。今もそうだけれど、事あるごとに“姉であること”にこだわってきたサクラさんの言動に思いを馳せる。

 妹のシズクさんに、姉らしいことをしてあげられなかったと語っていたサクラさん。だから、今度こそ、姉としてふるまって、私を守ろうとしてくれていたんじゃないかしら。本人が意識しているのか、居ないのかは、分からないけれど。


 過去と現在の話を終えて、


「じゃあ、さ。もし……もしもの話だよ?」


 そう前置きをしたサクラさんは、自分の理想の未来を語り始める。


「もし、わたしがリズポンって敵を倒して、異食いの穴がただの迷宮でしかなくって。結局チキュウに帰る方法なんて無いって分かったら、さ」

「ええ」

「ずっと、ずっと……。ひぃちゃんたちと一緒に居ても、良いのかな?」


 震える声で、私に聞いてくる。


「こんな、どうしようもないわたしでも、生きてて、良いのかなぁ……?」


 私を抱き締めて、すがるように聞いてくる。


 ――生きていても、良いのか。


 確かにそう言ったサクラさんが求めているのは、ゆるしだ。大切な人を死なせてしまった。そんな自分を少しでも受け入れるための理由を、彼女はずっと探していた。きっと、私がゆるすと言っても、彼女は自分を責め続けることでしょう。それくらい、シズクさんの死は、サクラさんにとって大きかった。

 でも、他でもない、サクラさん自身が自分をゆるさないからこそ、私は……私だけは。


「ええ。あなたは、生きるべきだわ」


 ほとんど間を置かず答えた私の言葉を確かめるように、身を離したサクラさんが私を見つめる。

 私は、サクラさんを赦してあげたいと思う。そうじゃないと、サクラさんは前に進めない。今と同じで、死ぬこが償いになるのだと、罪から逃れるための救いになると、勘違いし続けてしまう。


 ――死を司る私は、その勘違いの方を許さない。


 自ら死ぬことが赦しになるなんて、そんなことは絶対に無い。それに、友人のためにここまで苦しむことができる優しい人が、自責のあまりに自死する。そんな「悲しい死」の存在を、他でもない私が、認めるわけにはいかない。

 私の言葉が、少しでもサクラさんの救いとなって、彼女が生きるための希望になると信じて。私は改めて、こちらを見つめているサクラさんに明言する。


「もし、あなたの言うような未来になったのだとしたら、そうね。ずっと一緒に居ましょう?」

「い、良いの?」


 なぜか怯えたように聞いてくるサクラさんに、三度目の宣言をする。


「ふふっ、もちろん! それに、フィッカスで同じ約束をしたじゃない」


 正確には、牢獄島フィッカスに入る前だけれど。私とサクラさんは、お互いを縛る約束を交わした。呪いとも呼べるその約束を、私はきちんとかみ砕いて、サクラさんに言い聞かせる。


「ずっと、あなたのそばに居る。例え離れるようなことになっても、ずっと、ずっと。あなたのことを想い続けるわ、センボンギサクラさん。死滅神の名に誓って、ね?」

「ひぃちゃん……。ひぃちゃん!」


 事ここに至って、ようやくサクラさんは納得? 安心? してくれたみたい。ぎゅっと私を抱いて、肩を震わせる。


 ――ほんと、手のかかる“お姉ちゃん”ね。


 だけど、彼女の過去を知った今、一層サクラさんのことを愛おしく感じる。サクラさんが気配り上手なのは、空気を読むことに人生をかけてきたから。明るく振舞う理由は、実は弱気な自分を隠すため。何度も、何度も言葉を確かめるのは、友達だと思っていた人に裏切られたことがあるから。そして、私が後悔しないように何度も言ってくれたのは、サクラさん自身が、大きな後悔を抱えていたから。

 親友を殺した、と。そう言われた時は驚いたけれど、事情を聴いてみれば、なるほど。ちょっと危なっかしい所があって、実は独占欲が強くて、嫉妬深くて。でも、やっぱり明るくて、優しくて、責任感が強い。全部が全部、私の知る「センボンギサクラ」さんだった。


「わたし、絶対にリズポンに勝つ! ひぃちゃんと一緒に居る!」


 少しだけ、いつもの元気を取り戻して、笑顔を見せてくれたサクラさん。らしさを取り戻した彼女に、私も思わず笑みがこぼれてしまう。


「ええ。でも良いの? 言っておくけれど、こう見えて私、面倒な女よ? 例え途中でサクラさんが愛想を尽かしても、ずっと一緒に居てもらうから」

「知ってる。だってもう今の発言が、めんどくさいもん」

「なっ?! か、確認しただけじゃない!」


 憤慨ふんがいする私を、不意にサクラさんんが抱き寄せる。そして、


「でも……うん。良いよ、一生わたしがひぃちゃんの……。スカーレットちゃんの面倒、見てあげる」


 そう耳元で言ったサクラさん。その声は、どこか妖艶ようえんで、色っぽい。すぐそばにあるサクラさんからは、くらくらしそうなくらい、良い匂いがしてくる。


「サクラ、さん……?」


 ドキリと高鳴った鼓動。なぜか、私の顔が熱くなる。愛おしさのあまり、私のすぐ目の前にあるサクラさんの身体を抱きしめようとしたのだけど。彼女の細い肩は、私の腕をすり抜けて、離れていってしまった。


「あはは、だからひぃちゃんは、わたしがリズポンを倒せるって信じてて? チキュウに帰るにしろ、帰れないにしろ。話はそれからだから」

「それは……そうね。『お宝の分配は、迷宮を攻略してから』よね」

「そうそう。捕らぬ狸の皮算用、ってね。ってことで、寝よっか、ひぃちゃん……うわ、ベッドぐしょぐしょ。ひぃちゃんが泣くから」


 そう言って、仲良く2つ並んだ枕の片方に頭を納めたサクラさん。おいで、と言うように空いている枕を叩く彼女のそのお誘いに、私も乗る。


「……仕方ないわね。今日はそういうことにしてあげようじゃない」


 私が枕元の魔石灯を消すと、寝室は、ナールの光だけが照らすだけになる。布団をかぶった私たち。私がサクラさんの方にすり寄ると、彼女も私を優しく受け入れてくれる。


「……サクラさん」

「ん~?」

「私、きちんとあなたのことが大好きって伝えられたかしら?」

「伝わってないかもって言ったら? ……って、ごめん、やっぱ今の無し。自分で言っててめちゃくちゃ恥ずかしい」


 布団で顔を半分隠して、羞恥に悶えるサクラさん。


「遠慮しなくて良いわ。伝わるまで何度でも言ってあげる。……大好きよ、サクラさん」

「直球が過ぎる! ……ほんと、ひぃちゃんってズルいよね」


 ゆっくりできる最後の夜になるかもしれないもの。きちんと、想いは伝えておかないと。


「サクラさんは? 私のこと、好いてくれている?」

「うっ……。日本人の私にはさすがにちょっと恥ずいから……。ちょっと失礼して」


 そう言って私を巻き込んで頭から布団をかぶったサクラさん。互いの体温が溶け合う暗闇の中で、


「――――」


 サクラさんが消え入りそうな声で囁いてくれた。


「ふふっ、それなら、良かった!」

「う~、悶死もんしする! もだえ死ぬ~……!」


 世界でただ1人。私だけが、知るサクラさんの返事を大切に抱きしめて、私はそっと、目を閉じるのだった。

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