第281話

「春、是非とも貰ってくれ」

「え!?俺たち国に帰るんだけどいいか?」


(イヌイット語の会話です)

【※調べたらイヌイット語で「狼」は「ウォーセカムイ」と言うらしいので、「猛き狼(フィアースウルフ)」と言う名改め「猛き狼(ウォーセカムイ)」に変更して愛称「ウォーセ」に変更します。変更後この部分は削除しますので宜しくです。変更後1週間ほどで削除予定。】

(因みに、最初「パニック(雷)」と名乗っていますが、名字です。彼の名は「ウォーセカムイ(猛き狼)・パニック(雷)」となります。)


ウォーセはそう言う。

何が貰えるのかと言うと、そう、彼の娘だ。

彼女の名はセドナ、この集落に世話になる様になってから俺たちの面倒をよく見てくれる娘で、歳は俺の二つ下である。

黒髪黒目で日ノ本の者と同じ色合いの彼女は、親父であるウォーセに連れられて来ており、後で顔を赤くして俺の答えを待っている。


「もう会えなくなるのかもしれないんだぞ?」

「俺も本人も覚悟の上だ」


改めて彼女の顔をマジマジと見る。

「いいのか?」と本人確認のつもりで見たのだが、耳まで真っ赤にした彼女は俯いており、意思確認は見ただけでは解らないようだ。


「セドナ」

「な、何よ?」

「いいのか?」

「覚悟の上よ・・・私じゃ不満なの?」


聞き方が悪かった様で、心配そうに俺を見詰めて来るセドナ。

急に言われたので俺も驚いてしまったが、彼女の事を嫌いと言う事はない。

親父のウォーセを助けたと言う事でこの集落に来てからは甲斐甲斐しく俺たちの世話を焼いてくれていたので、好感しかない。

しかし、年下と言う事で、妹を見る様な目線だったので改めて俺の嫁になると考える・・・顔が熱くなって来た。


「それにしてもウォーセ、急にどうしてこうなったんだ?」


誤魔化す様にウォーセに行き成りの申し出について聞く。

直ぐにここを去ると言う事ではないが、それでももう少し暖かくなるのを待ち、夏位には日ノ本に戻る予定である。


「春は大を成し戦士となった」

「あ~あの白い熊を倒したこと?」

「そう!片目を倒した事により春は戦士となった」

「それとセドナの件がどう関わるんだ?」

「強い男に嫁をやり、縁を結ぶは当然」


ある意味、納得の話である。


「セドナ、俺と夫婦になって欲しい」

「え?・・・」


やはり男の方から告白する物だろうと思い、そうセドナに告げると、驚いて固まり、その後先程より更に顔を赤くして俯いてしまった。


「よろしく」


消え入りそうな声でそう答えるセドナ。

まさか海を渡った先で嫁取りするとは思わなかったが、心根の優しい娘だし、仲良く夫婦がやれそうな気がする。

俺の理想は父上たちなので、仲睦まじく過ごせればいいと思える。

次の日、集落ではまたも祭りの様な宴会が催された。

俺とセドナの婚儀の様な物である。

セドナは何時もと違う出で立ちで何時もより華やかな格好をしているのであれがここの婚礼衣装なのであろう。


「セドナ、綺麗だよ」

「ありがと・・・」


何時も元気で活発なセドナが何だか昨日から元気が無いと言うか何と言うか・・・

「元気ないぞ」と言うのは恐らく言ってはいけないのだろうと俺の勘が囁く。

如何したのか気になり、マジマジとセドナを観察すると、見詰められるのが恥ずかしいのか赤く顔を染め、耳まで赤くして俯いてしまった。

父上が酒の席で夫婦円満の秘訣を酔って語っておった聞きかじりでは、「言葉に出して褒める事」が肝要と言っておったが・・・どうやらセドナには当て嵌まらないのか?

要検討案件である。

次の日からセドナと一つ屋根の下で暮らす様にとなった。

そして、あの日の晩、セドナと契って本当の夫婦となった。

酔った父上が「愛する女性は良いぞ~」とか言って母上たちとの寝屋事等を口を滑らせてしまった。

あの時は俺の勘で危険な事を父上が口走ろうとしていると思ったが、「何が良いの?」と解らずに羽(羽長)が聞いしまい、俺も知りたいと思ったので静観して聞き耳を立てた。

しかし、父上は母たちに耳を摘ままれて部屋の隅に連れて行かれ、正座させられて結局は答えを聞けず終いであったが、俺は理解した!!


「愛する女性はいい!!」

「如何したのです?行き成り叫ばれて」


セドナが居る事を忘れそんな事を叫んでしまったが、日ノ本の言葉で叫んだため、セドナにはまだ理解できなかったようだ。

何となくホッとしてしまったが、セドナが何度も何を叫んだか聞くので、「夫婦になれて嬉しい」と言う事を叫んだと言ったら、背中を思いっきり叩かれて、顔を赤くして俯かれてしまった。

うん、やはり父上の域に達するのはまだまだ先のようだ。


★~~~~~~★


父・ウォーセカムイが見知らぬ者たちを集落に連れて来た。

聞けば何でも父たちを野盗たちから助けてくれた恩人だと言う。

父からも「恩人なので気に掛けてやってくれ」と言われ、興味本位も手伝って世話を焼き始めた。

「ハル」と名乗る若い男が彼らの主らしい。

「イノ」「シカ」「チヨウ」と言う従者を連れた彼は精悍で、一目見た時から惹かれたのかもしれない。

「ハル」と言うのは季節の春のことで、その意味を知るのには彼らがある程度の言葉を覚えるまで掛ったが、意味を知った時に納得してしまった。

何故なら、彼が笑うとまるで春の日差しの様に暖かく、花が咲くような気がする。

彼が私に笑顔を向られると心が温かくなっていたので意味を知っても「ああ、だからか」としか思わなかった。

彼ら、特に春と接することは楽しい。

物覚えが良く、教えれば直ぐに理解し、身に着けることが凄いと思い褒めれば、「まだまだだな」と彼は言う。

何でも、親兄弟が彼以上に物覚えが良い者たちだと言う。

彼の話から推察すると、彼の父は戦士で村長で、商人で偉い人で・・・聞いていると何者だか解らなくなって来る。

彼の父考案と言う肉料理を振舞って貰ったが、凄く美味しかった。

今まで食べていた焼いた肉が臭く感じる程臭さが気にならない処理がされていて、噂に聞く料理人と言う料理を専門にする者を想像してしまった。

彼は親から教わったと言う武術を毎朝欠かさずに行う。

それは従者の三人も同じで、見せて貰ったが木の棒の振りが速過ぎて見えないこともしばしばだった。


「凄い!!」

「いや、まだ半人前」

「え?そんなに凄いのに?」


聞けば、彼の父は有名な戦士でもあり、今彼らが行っている武術も彼の父に教えられたと言う。

戦士とは聞いていたが、恐らくは物凄く強い方だろうな~想像がつく。

私も彼に頼んで少し教えて貰うこととした。

その日から毎朝彼らの許に行き、木の棒を振り武術を習い始めた。

この私の行動を最初は集落の者たちはおかしな行動として見られていた。

しかし、私が興味本位で見に来た同世代の男の子を倒すと変化が起こった。

次の日からその男の子が春たちの鍛錬に加わって来た。

彼の目標は私に勝つことだと言う。

そして、気が付けば集落の多くの者が朝の修練に参加するようになっていた。


「え?あの片目の熊と戦いに行く?」

「ああ、ウォーセに聞いたらこの集落に害がある熊らしいからな」


数年前にこの集落がその熊に襲われたことがある。

数人の犠牲を出した出来事はまだ幼かった私の記憶に残っているが、爪で引き裂かれたり、噛まれた傷はその恐ろしさを物語っていた。

心配で父に文句を言った。


「父様!!」

「何だ?セドナ」

「春たちにあの片目の熊を倒すように言ったでしょ!!」

「いや、倒せるなら倒したいし、何より春が最も手強そうなのはいないか聞かれたしな・・・」

「でも・・・」

「心配か?」

「も、勿論じゃない!!」

「そうかそうか!とうとう春が来たか?」

「いや、春は来るんじゃなくて熊の所に行くの!!」

「いや、そうではなく・・・」


父は何故か喜び、「任せておけ!!」と言う。

私怒ってんだよ!!

でも、何を任せておくのかよく解らない・・・

その後直ぐに白い片目の熊が春に倒されたと知らせを受ける。

春には怪我一つないとのことだが、熊との対峙で消耗して動けないので熊の所に春は留まっていると言う。

ホッとして。

父たちは急ぎ用意して、次の日には解体した熊と共に春たちと帰って来た。

その日の夜は、勿論、宴会だった。

春に言い寄る同世代の娘たち。

私はムッとしてしまった。

その時、気が付いた。

私は春の事が好きなんだと。

気が付いてしまうと中々春の許に行けない。

しかし、父に言われ一緒に春の許に向うと、父が行き成りとんでもない事を言う。


「春、国に帰るそうだな」

「帰るけど、まだまだ先の話だぞ」

「そうか・・・実は相談があってな」

「ウォーセが何か困っているなら出来る範囲で助けるぞ」

「困っていると言うか何と言うか・・・」


父は何を言おうとしているのだろうか?

何となく嫌な予感もするが、悪い事でも無い様な・・・そんな気もする。

私を連れ立って来たのが不思議だが、私も関わる事なのかもしれないと思い、そのまま父の後で聞いていると。


「セドナの事だ」

「ん?」


私の事?何だろうか?

春も何のことか解らないようで首を捻っている。


「春、是非とも貰ってくれ」

「え!?俺たち国に帰るんだけどいいか?」


父の言う言葉が一瞬理解できず、固まったままの私。

私の事は置いてきぼりで話は進む。


「もう会えなくなるのかもしれないんだぞ?」

「俺も本人も覚悟の上だ」


私、そんな覚悟は・・・父の言う「貰ってくれ」と言うのは私と春が夫婦に・・・

理解が及ぶと先程から感じていた顔の熱が更に上がって耳まで熱く、胸がトクトクと五月蠅い。

真面まともに春の顔が見れずに俯いた。

その時、春が私に聞いて来る。


「セドナ」

「な、何よ?」


少しだけ顔を上げ、春を見詰めると、春も少し顔が赤い。


「いいのか?」

「覚悟の上よ・・・私じゃ不満なの?」


覚悟した覚えはないが、そう答えていた。

その後は父と春が何か話していたが覚えていない。

途中で春が私に「セドナ、俺と夫婦になって欲しい」と言ったような気がするが、何と答えたか・・・記憶に無い。

気が付けば春と私の婚礼の宴が催されていた。

私はこの間の記憶が朧気だ。

思い返してみても上手く思い出せない。

しかし、気が付けば祝言の最中で、何時もと違う綺麗な衣装に身を包んだ私が春の横に居た。


「セドナ、綺麗だよ」

「ありがと・・・」


言われた言葉が嬉し過ぎで言葉を発することも難しくなったが、辛うじてお礼を言えたが、春に聞こえたかどうか怪しい程小さな声となってしまった。

その日の晩には春に抱かれた。

痛みはあったが幸せ過ぎて傷みすら愛おしく感じてしまった。

朝起きると春の腕に抱かれて眠る私。

まだ眠る春を見詰めていると幸せが込上げて来る。

ジッと見詰めていると、春の起きる気配。

私は慌てて目を瞑って寝たふりをした。

春は私を起こさないようにとそっと起き、少し離れた位置で私を見詰めている気配がする。

私も今起きたと言う風にして起き、朝の挨拶を交わす。

そして、私が背を向けると春が私の解らない言葉で小声で囁く。

しかし、力の入った言葉で、私にも十分に聞き取れる大きさとなった。


「愛する女性はいい!!」

「如何したのです?行き成り叫ばれて」


叫ぶほどの大きさの声ではなかったが、私がそう言うと、恥ずかしそうに「何でもない」と顔を赤らめる春、可愛い。

「アイスルニョショウハイイ」と言うのはどんな意味か後でイノ・シカ・チョウに聞いてみよう。

そして、聞いた私はその場で顔から火が出る思いを経験する事となる。


〇~~~~~~〇


主人公より息子の方が主人公している件!!

さて春(春長)の伴侶が出来ました。

イヌイット族の女性ですが名を「セドナ」。

「セドナ」「イヌイット」と言えばイヌイット神話に出て来る女神の名を連想するでしょう。

するかな?知らんけど。

セドナ神はイヌイット神話で海の女神で海の女王とも呼ばれます。

この神様の伝承が中々に面白い!!

イヌイットの信仰は現在はほぼ全てキリスト教へと変わっていると云われ、独自の進化を遂げ世界的・一般的なキリスト教とはまた違った進化をしたハイブリットキリスト教となっているそうです。

さて、伝承を語る上でイヌイットの宗教観を知る必要があります。

イヌイット含むエスキモー系先住民族たちは祖霊(先祖の霊)を崇めると言う宗教観があり、先住民同士で語り継がれる先祖の話が元となり神が生れたようです。

海の女神セドナ神の伝承は先ず、かつて地上にいたと云う古い種族の人間たち(巨人族と云われています)の話が元となります。

その古い種族にセドナと言う名の少女が居ました。

セドナは美しく器量良しの娘だったようで、年頃になるとその見目や器量から多くの男性に見染められます。

しかし、家族にある時「誰のもとへも嫁がない」と言ったそうです。

困ったのは親父。

この時代は男尊女卑の酷い時代だっと様で、セドナの父親は彼女への罰としてイヌに妻として与えます。

イヌって人の名前か化身かな~と思いますが、Wikiとかではガチの犬なのかもしれないと疑う様にリンクが張られています。

何と「イヌ」という言葉のリンクにカーソル翳すと・・・ガチで犬の画像出て来ます。

さて、彼女らの間には何人もの子供が産まれたそうです。

ある時、男に化けたアホウドリ(恐らく化身)が彼女の前に現れ誘惑します。

高価な品で釣られた彼女はスキを突かれ攫われますが、間一髪、親父がそれを何とか助け、二人で何とか船で海に逃げ出します。

その際、逃げ出したことに気が付いたアホウドリは海に嵐を起こします。

船は大揺れしてバランスが定まらない為、親父は自分が助かる為にセドナを海に叩き込んだそうです。

死にたくない必死なセドナは船べりを掴みますが、親父はしがみつく彼女の手と左目を櫂でつぶして、娘を凍てつく海に沈めたと云われています。

命からがら逃げ帰った親父はセドナの夫のイヌに彼女の行方を聞かれますが、言い訳に苦慮しイヌも殺害に海に沈めました。

残されたセドナの子供達は、他の島へ去ったそうですが、これが人間の祖だと云われています。

さてさて、海底に沈んだセドナは、親父への怒りパワーで死ななかったばかりか、人魚みたいな姿となり海の女神へとジョブチェンジしたそうです。

凄い転職ですね・・・

転職したかと思えば夫のイヌが海底に沈んで来ます。

元夫は神の力で復活させて貰い、彼女の家の番犬門番となったそうです。

親父はと言うと、後々セドナに海に引きずり込まれ、海底の家に封じ込まれた(幽閉)という話ですが、所々色々と諸説あります。

船べりを掴んだ際に親父の攻撃で指が千切れ跳びますが、その指一本一本が姿を変え海獣(アザラシ・オットセイなど)になったそうです。

セドナ神は海底で、海の死者の国の管理者となり崇められるようになったそうです。

イヌイットたちは嵐は彼女の怒り、不漁が続くとシャーマンが彼女に祈り御告げを聞いたりしたそうです。

おっと、因みにイヌイット系の民族は日本人に近い民族で、黒髪黒目で、顔立ちを見ると、かなり日本人に似ている人も多いようです。

遺伝子的にも日本人と共通の祖先がいると学者によって発表されたこともある様です。

春の伴侶となったセドナも黒目黒髪です!!

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