第365話
奥州で戦が勃発したと知らせが来た。
早速、藤林の諜報が奥州でも仕事を開始したようで、今回の航路開拓で日本全国から情報を得る事が可能となった。
さて、奥州の戦は陸奥国と磐城国の二カ国に跨る田村郡(福島県田村市および郡山市の一部)の領土問題が端を発している。
伊達家と所領を巡って対立を続けていた岩城常隆という者が田村郡に侵攻したことに伊達家が対応して動いたことで、周辺もざわつき、その一人、片平城城主の片平親綱という人物が蘆名家から伊達家に鞍替えし内通して動いたことで事が大きくなった。
片平親綱という者は大内定綱という人物の弟に当るのだが、大内定綱という者は問題の場所である田村郡を治めていた田村清顕(田村御前の父)の家来だった。
その関係性から内通が起こったと思われるが、政宗君たちにとっては良い蘆名攻めの足掛かりが出来た訳だ。
地縁・族縁が複雑な奥州で政宗君は色々と画策し、蘆名義広と戦をし、蘆名家の領土を手中に収め滅亡させた。
この戦いを
窮地に陥る要因となったのが、お猿さん(豊臣秀吉)が数年前に発令した「惣無事令」なのだが、この命令は大名間の私闘を禁じた法令なのであるが、完全にそれを無視した形となったのが拙かった。
更に、得た領地、その中でも越後国蒲原郡の内の合わせて数ヵ所の郡が政宗君の支配下に入ったことも拙かった大きな要因だろう。
蘆名家の旧臣らは越後を治める喜平治殿(上杉景勝)を頼った。
お猿さんに属する喜平治殿は佐渡開発等々の忙しい中、支援していたが、彼らは政宗君への抵抗虚しく軍門に下り服属する事となった。
政宗君は大喜びで家臣を労ったらしいけど・・・小田原征伐の後にお猿さんの命で没収されるんだよね~頑張ったのにね・・・
「可哀想に・・・」
「蔵人様?」
「ああ、済まぬな」
俺が知らせを読んでいて感じた独り言を拾われ不思議そうに見られる。
俺は今見ている報告書を疑問を投げかけた相手に渡した。
「多くの所領を得て目出度き事では御座いませぬか?」
「あ~お猿さんが数年前に惣無事令て出したよね?」
「!」
「恐らくだけど、没収されるんじゃないかな?」
「まさか・・・いえ・・・ありえますか・・・」
長門守もそうなりそうとでも思った様で、何やら思案し始めた。
「関白の性格なら御取り潰しも・・・」とか言っているよ、流石というべき読みだね~実際にそのピンチを乗り越えて・・・あれ?なんか嫌な予感がするが・・・
同じく、この場に居る者も事情を聞き議論が始まった。
俺はそんな議論をBGMに先程感じた嫌な予感を頭から追いやり、残りの報告書を眺めていると。
「蔵人様、関白様よりのお便りが届いております」
「あ~ありがと」
そんな中、お猿さんより便りが届く。
早速とばかりに今読む報告書を脇に追いやり、その便りとやらを読み始めた。
最初は季節の挨拶から始まり、自分に子が産まれた事を喜び、その気持ちを爆発させたような文章が続く。
嬉しいのは解ったけど、長げえよ!!
心の中で文句を言いつつ読み進めた。
そして、最後に、報告としてなのか?諸侯には妻子の京への滞在を命じることにする旨が書かれていた。
戦国~江戸時代あるあるだし、特に不思議では無いので「へ~好きにすれば?」である。
え?俺も奥さん子供を人質に出せと言う事じゃないのって?わははははは~ウケる~俺は官位官職(意味無い職)持ちだけど、立場的には
そんな人物に人質出せとか言わないよね?
更に、何故か千代についての事も書いてあった。
子を成せたのは千代の御蔭であることを語り、感謝の念が綴られ、そこまでは良いが、何故にこんなことを発布する?という内容だった。
「丸目千代殿は子を成す為の秘儀を知る尊きお方也。我が豊臣家に恵の子を授け賜わらせてくれた大恩人也。何者であろうと粗略に扱う事罷りならぬ」
まぁここまではいいよ、でもな、問題はこの後。
「我が子、棄丸が七つになるまでは豊臣家にてその才をお振るい頂く所存也。ついては、その旨夢夢忘れる事なきよう」
これを諸大名家に発布した?
はぁ~?何様?・・・ああ、天下人、関白様だったね。
ただのお猿さんじゃないのを思い出したよ。
勿論、抗議の文を認める予定だ。
天下人だからって何でもかんでも我儘通ると思うなよ!!
「天下人と一戦交えますか?」
「腕が鳴りますな!!」
「先ずは関白を暗殺してまいりましょうか!!」
俺の意気込みを聞いた配下の者たちが物騒な事を言っております・・・
流石に拙いので「戦わないから!!」と言っておいたぞ。
皆何故か残念そうにしているのは何故に?
「して、如何されまするか?」
「普通に抗議文を出すぞ」
「千代様の件は恐らくは受け入れられましょうが、もう一方は・・・」
「もう一方?」
どうやら奥さん子供を人質に出せという内容は俺にも該当していると捉えられたみたいだ。
長門守曰く、態々書いて寄越したという事は、そういう事らしい。
この意見は他の者も同じようで、また先程の「一戦交えますか?」の件が発生した。
よし!家族会議だ!!
早速とばかりに家族会議にかける事とした。
村長に人質出せとか、何様だよ!!
え?その件は既に終わった?・・・相変らずの辛口なご意見、どうも・・・
「よいのではないですか?」
「誰かが京に居れば良いのですよね?」
そう言った奥さんたちの意見の中、恵ちゃんが言う。
「そうであれば、蔵人義父様の家督を羽様(羽長)にお譲りされたとして、私が京に留まりましょうか?」
中々良い手段だ。
確かに年齢的に家督を譲って隠居となれば問題無い様な気がする。
更に、羽は俺が欧州に行った時に丸目家を仕切っていたし、年の半分位は京に滞在している。
夫婦仲が良く、殆ど一緒に九州と京を行き来しているというラブラブ振りだ。
まぁそれも子が生まれるまでだと思うけどね。
「よし!決めた!!俺、隠居する!!」
突如として俺は隠居を決めた。
しかし、羽が何か微妙な顔で俺に言う。
「え?父上は、俺は生涯現役じゃ!!とか言っておられませんでしたっけ?」
「う・・・状況が変わった!」
「はい、そうですね。しかし、どんな困難があろうとも!とかも言っておりませんでしたか?」
「・・・」
うん、言ってたな・・・「何時までもお若い」とか言われたんで調子に乗ってそんなこと言った気がする。
いや、そうだ!あれは兵法についての事で家督はまた別物!!そう、そういう事だ!!
「羽よ」
「何ですか?」
「俺が生涯現役を誓ったのは兵法よ」
「た、確かに、先日、巌流殿の立合いの後に剣の腕は凄まじく上がられましたが見掛けは変わりませぬなと言われた際に言われてましたな・・・」
「そうであろう!俺の言うは兵法の方じゃ!家督の方は何時でも羽に譲るぞ!!」
「はぁ~解りました」
羽は諦めた様にそう言って「恵もよいか?」と嫁の恵ちゃんにも確認していたが、提案者なので「羽様のご随意に」と言っていたよ。
という事で、俺は丸目家の家督を羽に譲り、隠居する事となったのであった。
〇~~~~~~〇
主人公が隠居!!
さて、江戸前期位までの隠居は「家督を譲って世代交代を行う」ことを指しました。
元気な内に家督を譲ってお家騒動などを未然に防ぐことも目的の一つと考えていたようですし、元気な内から隠居していたようです。
平均的には50歳前には隠居生活に入ることが多かった様なので、丁度主人公が隠居というのも一般的な価値観です。
しかし、家督は譲るが実権を離さないというのはよくある事で、徳川家康も大御所と呼ばれ実権は自分に残しました。
逆に、家督相続失敗で家を傾けたりした人物も多く居ますのでそれを防ぐ為にも隠居して実権を少しずつ次の当主に移していくことはよくあったようです。
さて、江戸時代の初期の段階で幕府が実権を残したままの隠居を好まなくなったのか隠居の在り方も変わって行きました。
武士の場合となりますが、主君にお役御免を願い出て、それが受理されると、 子息に家督を譲って隠居の身分となります。
そうすると基本的に当主としての実権も家督とともに移る形となって行きました。
江戸時代の特に大名は幕府に相続人を届け出てそれ以外の家督相続を認めないという明確なルールを決めたことで生涯現役、死んだ時に家督が移るといった感じに変わった行ったようですが、これによりお家御取り潰しにあった大名家が多々発生したりもありました。
さてさて、主人公の様に隠居を上手く使った場合も例があります。
この物語で言うと島津家はその一例です。
九州征伐の際に当主の島津義久は隠居して弟の義弘に家督を譲りました。
龍伯と号し裏方に回った感じです。
隠居を責任を取るという形で上手く使い、ピンチを乗り切る手段として使われる場合もあったようです。
しかし、実権は可成り残っていた様で、関ケ原の戦いの時には当主の義弘が西軍に着く事となった際には国元に援軍を要請したのですがあえて動かなかったようです。
徳川家康と東軍に着くという密約があったのに不本意な形で西軍に味方する羽目になった為に援軍を出して将来的に家康に睨まれたくないという本国の思惑で当主が見捨てられた様な形となった訳ですが、龍伯(島津義久)や義弘の息子で次期当主・忠恒が動かなかったというのは龍伯に実権が残っていた証拠だと思えます。
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