第366話

長さんから返書が届いた。

時節の挨拶など無く、千代殿に対しての我が方の言い分が一方的過ぎることに対しての抗議の内容であった。

兄者(豊臣秀吉)が認めた手紙の写しも一緒に送られて来たが、その内容たるや酷いもので、私でも同じことをされれば付き合い方を考えさせる内容だと思えた。


「兄者・・・大恩あるとか書いておるのに『棄丸が七つになるまでは豊臣家にてその才をお振るい頂く所存也』って・・・千代殿に了解を取った上でも事ですか?」

「と、取ってはおらぬがー、豊臣家に仕えるのは誉であろう?」

「はぁ~取っておられぬのですね・・・千代殿の所属は丸目家で、今更誉など気にする家柄では御座いませぬ」

「何じゃ?言いたいことがあるならもっと直接言うがー」

「直接ですか・・・では、はっきり申し上げます。千代殿の秘儀を教えて頂けたのは一重に丸目家のほどこしです」

「施しじゃと?・・・」

「はい、義姉上(寧々)の際も長さんの奥方たちと義姉上との友誼によってご協力頂き、恵が産まれました」

「・・・」

「今回の茶々殿の件も大殿(織田信長)・お市の方様へ対してのことで兄者に対してのもの

では御座いませぬよ?」

「それは・・・」


解っておったのかどうかはこの際どうでもいいが、関白である兄に対してきっぱりと「我が丸目家が豊臣家に対して風下に立った家来になった覚えはない」と書き記されておる。

更に、「関白だからといって何でもかんでも我儘が通ると勘違いするな」とまで書かれている。


「兄者、長さんとの縁を切るおつもりですか?」

「そ、そんな事はおくびも考えておらぬわ!!」

「しかし・・・兄者の今回の為さり様は・・・」

「拙かったがー?」

「はい・・・この件に関しましては、私の方で重々謝罪しておきますれば、兄者は一切関わられませぬ様お願いいたします」

「た、頼む・・・」


そして、続きの内容に驚いた。

長さんが隠居・・・「生涯現役」などと嘯いて居った長さんが?と思うが、諸侯に対して妻子を京に住まわせるようにと命を出された件であろうが、長さんにまでそのような事を命じられるとは・・・

朝廷ですら長さんの事を枠外の者として有名無実の「蔵人くらんど」という職を設けた程であるのに・・・

兄者の為さり様に呆れるばかりではあるが、この策を授けた者が居る!


「それと、長さんが隠居なさるそうですね」

「そ、そうじゃな・・・」

「長さんは生涯現役と嘯いておられましたな」

「そ、そうじゃな・・・」

「隠居を考えさせたのは兄者たちの為さり様に憤りを感じたからに御座いましょう」

「・・・」

「官兵衛殿ですか?」

「な、何がじゃ?」

「この策を考え出したのは」

「・・・」


無言でジッとこちらを睨む兄者。

当たりか・・・

呆れつつも言葉を続ける事とした。


「この件に関しては長さんも波風を立てる気は無いようですが、恐らく、また兄者が長さんに対して借りとなりますな」

「何でそうなるがーー」

「妻子の人質を取る行為は本来、同格以上の者に行う行為では御座いませぬ。まして、長さんは兄者の家来ではないので従う謂れは無いのですよ?」

「しかし・・・儂は関白じゃ!!」

「関白でもです!!長さんは常々『主に仕えるのは向いておらぬ、もうこりごりじゃ』と申されて誰にも仕えておりませぬよ。そんな人物に誰が命を下せましょうや!」

「それは・・・」

「それに、長さんは領土は一切お持ちではないのですよ?」

「どういう事じゃ?」


呆れる・・・長さんが私財を投じて開墾して切り開いた切原野の土地は「肥後大平大社」の社領となっている。

実質は長さんのものであったとしても、登録記載がその様になっておれば、それはそれが事実となるのだ。

兄者に説明すると不承不承といった感じではあるが、同意を頂いた。

さて、それにしても・・・隠居して息子の帯刀先生殿に家督を譲り従う意思を示してくださったことは実に大きい。

それだけ大きな借りとなるのではあるのだが・・・


「これ以上、長さんたちに借りを作ってお返しできるのですか?」

「・・・」

「正直申し上げまして、何代にも渡り返して行っても、このように何度も大きな借りを作っておれば返すのは不可能なのでは?」

「・・・」

「この件は丸目家として譲歩頂きましたし、言っても御親戚、折れてくださったことに感謝申し上げねばなりますまいな」


兄者はばつの悪いといった感じで顔を逸らされた。

本当に頭の痛い事である。

しかし、この件を機に兄者が長さんに対して行っていたと思われる対抗意識のようなものは鳴りを潜める。

長さんに対して申し訳ないという気持ちからなのか、息子が産まれそちらに意識が向いたからなのかは本人のみが知る所ではあるが、これ以上何かを行い、溝が出来ることが無いようでホッとした。


★~~~~~~★


秀さん(豊臣秀長)より詫びの書状が届いた。

千代の件は全面的に取り下げる旨が書かれており、謝罪の言葉が並んで居た。

そして、隠居の件はこちらも詫びると共にお礼の文章が書かれていた。

諸大名から人質を取るのは既定路線だったので、その点については施行するが、まさかお猿さん(豊臣秀吉)が俺にまで範囲を広げるようなことをするとは思わなかったと書かれていた。

うん、実際に俺の立場はお猿さんに従わなくていい立場。

しかし、従わないと面と向かって何かリアクションを家が取っていたら、多くの諸大名が従わなくなったであろう。

言ってしまえば、諸大名に従わない口実を与え、豊臣家の影響力の低下を招きかねなかった。

今ですら完全に従わない者はおおい。

そんな遣り取りが行われている最中、小田原征伐の発端となる事件が起こった。


〇~~~~~~〇


いよいよ小田原征伐が近づいてきました!!

さて、主人公の隠居によって「貸し借り」の話が豊臣兄弟間で話されましたが、何故、主人公が隠居したことが豊臣家にとって「借り」になるのか?

一応本文中で書きましたが、主人公は家来ではありませんから従う謂れはありません。

勿論、関白として全国に命を出したので、政権としての命令なので全国民に対しての強制力はありますが、同格以上の帝や公家などが従う必要は無いし、家来でもない者が従う謂れは無いのです。

本来、武士に対しての命令権を持つのは征夷大将軍なのですが、豊臣秀吉はこの征夷大将軍という役職を得ることが出来ませんでした。

何故ならば、室町幕府最後の将軍である足利義昭がその職を中々手放さなかったからです。

そして、手放した時には関白として武士に対して命令が出来る様な豊臣政権オリジナルのシステムを構築させてしまったので、今更感があり征夷大将軍の職は不在となりました。

ここで主人公のような立場の者がいて、政権が出した政策に従わなかったとします。

間違いなく対立しますが、その前に、渋々従っている様な者に対しては従わない口実を与えてしまいます。

「○○が従っていないので」と言われれば立派な口実となってしまうのです。

そうなると、従ってなかった者に対して何かリアクションして従わせる必要が出来ます。

従わせるために武力交渉などもあると思いますが、その間、間違いなく影響力は落ちます。

豊臣秀吉が諸大名に妻子の京への滞在を命令したのは1589年なのですが、直ぐに命令に従わなかった人物たちはそれなりに居ます。

徳川家康もその一人ですし、北条や伊達等々関東以北は直ぐに従ったとは言えない状況でした。

そんな折に小田原征伐、奥州仕置が行われたので、こぞって従ったようですが・・・

さて、小田原征伐の発端と云われる事件が次の舞台となります。

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