第377話

北条氏規は会見が終わると韮山城に居る主だった者を集め話をする。


「丸目蔵人様と合戦することとなった」

「ほう!二位蔵人様は軍勢を引き連れて来られておったのですかな?」

「いや・・・蔵人様お一人で城攻めをするそうじゃ・・・」

「お、お一人で?」

「そうじゃ」


質問して来たのは北条家の家老の一人、富永山城守(富永政家)であった。

彼は室町幕府の奉公衆で、堀越公方の奉公衆も務めた名門、富永家の者で、宗瑞

《そうずい》様(北条早雲)にも仕えた家柄の者であり、北条家の重鎮である。

ここに集まる中で最も地位が高く、場数も一番多い彼が驚きで固まっている。


「わははははは~二位蔵人様には一手ご教示頂きたいと思うとりましたが、まさか、戦場でその願いが叶えられるという事ですな!!」

「いや、やい、幾ら二位蔵人様が並の剣豪ではなく鬼神もかくやと言う程の腕の持ち主で在らせられるとしても、流石に一人で城攻めなど・・・無理で御座るぞ」


儂の右腕である右衛門(朝比奈泰栄)が楽しそうに笑いながら言った言葉に孫太郎(江川英吉)が否定的な意見を述べる。

蔵人様のお噂は聞いておろうに孫太郎は何を舐めた事を言っているのであろうか?


「孫太郎よ、蔵人様は奥方の美羽殿とお二人で千二百名程の軍勢を手玉に取ったというぞ」

「その様な噂も御座いましたな~しかし、所詮噂で御座いましょ?」

「まぁ・・・見た訳ではないが・・・」


孫太郎は得意満面に「そうでしょう、そうでしょ」と言う。

実に悔しい事であるが、見てはおらぬ・・・

しかし、蔵人様が銃弾の雨ですら斬り払うとも聞く。

それに、一体多でも負けぬ強さをお持ちじゃ。

色々考えてみても誇張と言えども一人で百人以上を相手に出来るのではないかと思わせる。


「蔵人様なら百人位一辺に相手しても勝たれるであろうな・・・」

「百人位なら勝てても今回は城全体ですよ?」

「う、うむ・・・」

「それよりも、懇意にされておる左馬助さまのすけ様(北条氏規)に花を持たせるのが目的では御座いませぬか?」

「そのような事は・・・」


確かに、蔵人様が本気で攻めて来るかと問われれば、攻めて来るかもとも思えるが、儂を助ける為にあえて泥を被られることも考えられる・・・

判断がつかないので押し黙ると、山城守が言う。


「何方でも良いのではないですかな?」

「どういう意味じゃ?」

「攻めて来ようと攻めて来まいと我らはこの城を守るのみ!!」


確かにと思った。

そう思ったのは他の面々も同じだった様で、皆納得顔だ。


「ですが、攻めて来た時の備えも重要かと」


右衛門がそう言ってその場を引き締める。

皆も確かにと思ったようで積極的に意見を出し合う。


「二位蔵人様は朝日が昇ってから次の朝日が出るまでと申されたのですね?」

「そうじゃが、何かあるか?」

「二位蔵人様は忍術も心得があると聞き及びましたもので・・・」

「ああ、闇に乗じてと言う事か・・・」

「はい」


そう意見して来たのは山城守であった。

流石は歴戦の勇将じゃ。


「始まる前の朝日が昇る寸前も警戒せねばなりますまい」

「そうよな・・・」


右衛門もそれに続いて意見する。

確かに城内に忍び込んで朝日と共に儂が刀を突き付けられれば・・・


「そんな恥知らずな事を致しますかね?」


そう言うのは孫太郎。

孫太郎は否定的な意見が多いように感じるが、気のせいか?


「孫太郎は蔵人様に対して否定的なのか?」

「いえ・・・剣豪として凄いのでしょうが・・・商人の真似事もされ・・・その・・・」

「何じゃ、歯切れの悪い物言いじゃな。この際じゃ、言うてみろ」

「されば・・・城攻めを一人でなどと言う我らを侮った様な言い様が気に入りませぬ!!」


儂も蔵人様以外の者から言われればその場で怒ったかもしれぬ。

しかし、次郎三郎殿(徳川家康)が言われておった、「長さんは不可能を可能にする御仁じゃ」と。

あの次郎三郎殿がそこまで言うのだから間違いなかろうし、宗哲様(北条幻庵)も「破天荒にして予測外」と評されておった。

義弟の源三(北条氏照)は豊臣方に蔵人様が居ると知り、「最も注意を払うべき人物」と言っておった。

そう言えば、父上(北条氏康)も生前に「底が知れぬ」と評しておられたな。

多くの者が評価する蔵人様とこれから戦うと考えると怖いという思い以上に何か解らぬが込み上げて来るものがある。


「気に入る気に入らぬはどうでもよい!!一人といえども警戒すべきと言う事じゃ」


そう山城守が言い孫太郎を押さえた。

ふと気が付いた様に、右衛門が言う。


「助五郎様、振るえて居られますが、武者震いですかな?」

「・・・ははははは~どうやらその様じゃ」


ああ!右衛門から言われて気が付いた。

そう、何時の間にか震えておった。

怖い訳ではない、武者震い!怖いというよりも今は楽しみで胸躍っておるのじゃ。

その気持ちが体を震わせる。

気持ちを落ち着ける為、蔵人様に昔教えて頂いた深呼吸をして冷静さを取り戻してから皆に告げる。


「まだ日数はある。各々でよく考え再度意見を出し合おう」


結局、後日の話し合いで警戒し過ぎるのは良くないということで、通常通りの警戒をし、戦日の暗い内は忍び込まれることに注意し事に当たる事となった。


〇~~~~~~〇


北条氏規についてまた語りたいと思います。

韮山城で城主であった彼は、小田原征伐の際に豊臣方から再評価されたと云われています。

以前までは外交面の活躍が目立っていた為、武の評価は今一でした。

しかし、織田信雄たちを相手に包囲持久戦に持ち込んだ手腕が高く評価されたと云われます。

実は、氏規は常々、一軍の将として活躍したいという事を言っていたそうで、1千以上の軍を率いて戦いたいと言っていたらしいのですが、奇しくも小田原征伐でその夢が叶った格好となりました。

非開戦派なのに皮肉なものですね。

今川人質時代に徳川家康と懇意だったと語ったかと思いますが、実は家康とは義兄弟でもありました。

家康の奥さんであった築山御前の姉妹にあたる人物が彼の奥さんだったようです。

彼女たちの父は関口氏純という人物で、今川家の有力家臣であり、今川一門の瀬名氏貞の次男だったので今川一門とみなされていました。

家康が今川家を離反したことによって関口氏純が自害しました。

氏規の小田原への帰還もこれが一因とも云われており、もしも小田原帰還していなかったら氏規はまた別の道を辿ったのかもしれません。

ただし、この奥さんは離縁か死没説両方があり、何方か定かではありませんが、氏規は小田原帰還後に後添えとして北条綱成晩年の子であ高源院を正妻として迎えています。

そして、この帰還で大分立場が変わったようです。

以前は北条氏康の後継者としては氏照が氏規の上位に位置づけられていたそうなのですが、氏照が大石家の養子に出たので繰り上がり、氏政に次ぐ地位になったそうです。

簡単に言えば、後継者控えという立場ですね。

氏政が息子の氏直に家督を譲るまではそのポジションに居たようですから結構重要な立場でした。

さて、もう一人面白い人物のうんちくをば!!

江川英長という人物について語ります。

彼の父・江川英吉が北条家に仕えていたので元々は北条家に仕えていましたが、徳川家康と親交がありました。

その事で同僚に徳川家と昵懇であると讒言されたことに腹を立て、その同僚を殺害し北条家を出奔し家康を頼り三河へ行きました。

この時、北条氏規の口添えがあり、家康に仕えるようになったと云われています。

天正壬午の乱という徳川と北条の戦いがあり、後に講和した際に講和の条件の一つとして北条家より「英長は江川家の跡取りなので返還希望」という申し入れがあり、家康の次女督姫が北条氏直の正室として嫁入りする際に北条に戻りました。

小田原征伐の際、再度出奔して徳川軍に加わったという中々面白い経歴の人物です。

彼の娘・於万おまん(養珠院)が家康の側室にもなっています。

於万の方は紀州徳川家の家祖・徳川頼宣と水戸徳川家の家祖・徳川頼房の母として知られる人物です。

(※修正しましたが前話で、江川英吉と江川英長が親子逆で書いておりましたので読み返して気が付き修正入れた序に追加で語ってみました。)

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