第376話
黒田
豊臣秀吉はその書状を確認すると黒田孝高を召し出して質問をした。
「それで官兵衛どういう事だぎゃー?」
「恐れながら・・・殿下より命じられております韮山の件で御座いますが・・・」
「回りくどう言わぬでよいがー、長さん、二位蔵人が何と言うたか、書状で書いておる事を詳しく話すがー」
殿下(豊臣秀吉)は前のめりに態勢を取り、興味深そうに笑っておられる。
恐らくは、儂が困っておるのも面白く感じておられるのであろう。
偽っても仕方無い事なので、儂の見聞きして来た様をそのまま言葉で伝えると、目を輝かせてお聞きされておった。
そして、殿下は言われた。
「実に面白き哉!!」
驚きのあまり無駄な一言を叫ばなかった儂を褒めてやりたいと思う。
あの者(丸目蔵人)がとち狂い言いよったのは、韮山城の城兵全てと彼一人の戦じゃ。
儂は脳裏に先程話した件の遣り取りが再度思い出された。
~~~~~~~
「助五郎(北条氏規)よ」
「何で御座る?」
「話が平行線なのでここは一つ賭けをしないか?」
「賭け?で御座るか?」
「そう!」
「賭けとはどの様な賭けを?」
「おう!俺が韮山城を一人で攻める!!」
「へっ?・・・お一人で城攻めですか?」
「おう!俺が一人で城攻めするから守ってみろ」
「・・・」
「何じゃ?無理とでも思っておるのか?」
「それは・・・」
「まぁいいや、取り合えず最後まで聞け」
「はい・・・」
「俺が一人で城攻めするから守ってみろ。そうじゃな~攻める期間も決めねばな。・・・1日、1日じゃ朝日が昇って次の朝日が見えるまでとしようか、その間儂が攻めるで守ってみよ。儂が城を攻め、お主に刀を突き付けたら俺の勝ちじゃ」
「本当に宜しいので?お一人で城を落とすなぞ古今東西聞いたことも御座りませぬ。それも、予告してとなると・・・」
「よい!」
「さ、左様で・・・それで・・・賭けに拙者が勝ったら何が貰えるのです?」
「そうよな~・・・小田原が落ちるまで降らなくてよいぞ」
「それは・・・良いので?」
「俺が勝ったら直ぐに降伏しろ!」
「え?・・・普通に城攻めするんですよね?」
「んん?そうじゃが?」
「城を落とすのと言う事は・・・」
「何じゃ俺一人で落とされるのが怖いのか?じゃあこちらの人数増やすか?」
「・・・解りました。是非に!!もし仮に、いえ、万が一、蔵人様が拙者に刃を突き付けるられることが出来ましたら大人しく降りましょう」
「おう!」
~~~~~~~
訳が解らぬ。
城を落としたのに降れ?
いや、その前に一人で本当に城攻めする気か?
あまりの無謀な賭けに儂は「待たれよ!!」と叫んだが時既に遅し。
お互いに同意してしまった後では覆すことは難しかろうて・・・
陣に戻って直ぐに蔵人様に対し「殿下に報告して参ります・・・」と言うのが精一杯であった。
余裕もなく嫌味の一言でも言っておくべきだったと後悔した。
急ぎ殿下に書状を認めたがやはり殿下からお呼び出しがあり、現在、全て話し終わった訳であるが・・・
殿下も思考に入られた様で、手に持った扇を「パシパシ」と扱かれておる。
思案する様子からは不機嫌そうな様子ではないが・・・いや、機嫌は良さそうじゃ。
「官兵衛」
「何で御座いまするか?止めようとはしましたが、あまりの事に少し遅れ」
「いや、そぎゃな事を聞いちょうではないがー」
「はて?では何を?」
「その戦を観戦することは出来るがー?」
「はぁ?・・・失礼致しました」
「よい!、それで、出来来るがー?どうなんじゃ?」
「はっ!勿論、可能です」
そう言うと、機嫌は更に良くなり、「差配は任す」と言われた。
そして、殿下は視察の名目で韮山城に睨みを効かせる為に設けた陣へと視察に来られる事となった。
噂を聞き付けた幾人かの諸将も殿下と同じく戦を観戦したいと申し出て来た・・・
そして、儂はその取りまとめ役となり、あの交渉の会見から十日後に行う事を双方に取り付ける為と諸将の意見取り纏め等に奔走する事となった・・・
無駄な仕事が増えたし、終わった後も恐らくは大変であろう。
やはり・・・丸目二位蔵人・・・好かぬ!!
★~~~~~~★
韮山城に攻めるのは3日後としていたのであるが、黒官(黒田官兵衛)がお猿さん(豊臣秀吉)に内容を話したところ面白がって観戦する事となった。
そして、面白いと思った者はそこそこ居たようで、問い合わせが俺の方に結構来た為、黒官に押し付けた。
お猿さんに差配を任されたと聞いているので、遠慮なく押し付けよう。
「日付変更に同意しますので調整をお願い致す」
「・・・相分かった・・・」
なんか凄く睨まれたけど、俺の立場的には陣借りしてる一兵士で、今回は家さん(徳川家康)から助五郎(北条氏規)説得の為に派遣された交渉人だよ?
そんな俺が右往左往するのもおかしいから、お猿さんの懐刀の黒官にぶん投げた。
殆どの者が俺がわざと負ける事で助五郎に時間稼ぎすることが目的などと思われているようだ。
観戦希望の諸将と言っても多くは俺と関係の深い人物たちで、関係があまりない人物たちはその噂の方を信じて冷めた見方をしているらしい。
お猿さんもどう思っているんだろうね?
最近は俺に対して何か考えがあるようで、意見対立することも多いんだよね~
忌々しく思っている?・・・いや、そんな感じの悪意は感じないんだけど・・・
まぁ息子産まれてからは俺に対しての何とも言えない様な変な感じは少なくなっているんだけどな~
さて、時間が出来て韮山城の抑えの為の陣は気が緩んでいるようで、俺たちが欠かさず行っている朝稽古に参加する者も増えて来た。
俺の一行は何時もしているんだけど、今までは戦中と言う事で遠巻きにしていた兵たちも参加するようになった。
そして、皆が言って来る、「一人では無謀」と。
でも、あの噂あるからか「裏切り者」みたいに俺を見て来る者も居ると思ったけど、殆ど居なかったことに驚いた。
何故だろうと思い長門守に調べさせようと思ったが、長門守から「韮山に同情している者も多いのでしょうし、蔵人様の心意気に感銘したのでしょう」と言っている。
韮山に同情は何となく解るが、俺に感銘?そっちはよく解らん。
俺は本気で城落としに行くぞ?何に感銘したんだ?
そうこうしていると、約束の期日がやって来た。
〇~~~~~~〇
まさに戦〇無双になりそうですね。
どうなるかは置いておきましょう。
さて、城落としの最少人数の保持者は恐らく世界中探しても竹中半兵衛の稲葉山城でしょう。
総計で16名(17名説あり)で城落としを行っています。
実際は計略で行った物で、味方だと思って油断した者に対しての計略なのですが、それでも見事というものでしょう。
その事が切っ掛けで竹中半兵衛は時の人となり、「今孔明」と呼ばれるまでになりました。
それでは、計略ではない攻めは何と呼んだかと言えば、力攻めと呼びました。
力攻めには城を守る側の2~3倍の兵が必要と云われていますが、実際は城の強度によって更に増え、10倍以上の戦力差でも陥落しなかった例は多くあります。
そんな中、韮山城はどうかというと、事前に可成りの準備が成されていた城なので、少なくとも5倍以上は必要でしょうし、力攻めしたら多大な被害が出ていた可能性はあります。
因みに、孫子の兵法だと5倍は必要と書かれているようです。
攻城側の兵力は守備側の10倍以上必要とも言う名将(笑)も居ましたのでまぁ脳筋力攻めをするならそれ位必要なのかもしれません。
さて、韮山城対蔵人1人の戦いとなりますが、韮山城には北条氏規以外でどんな有力武将が居たか!!
朝比奈泰栄、江川英吉、富永政家の3名は有名ですね。
(※他にも居るかもしれませんが、特に有名な人物たちのみ抜粋)
朝比奈泰栄は元は今川の家臣で、今川義元が今川の人質になった北条氏規に対して目付けとして付けた人物で、北条氏規が帰国する際には今川義元から貰い受けた武将です。
北条氏規が韮山城主の時に執政を務める程の人物だったようです。
江川英吉は数話前に出て来た江川英長の親父となります。
息子の江川英長も元々は北条家に仕えていたのですが、小田原征伐の前に北条家を出奔して徳川家康に仕え始めました。
もしかしたら江川家の生き残り戦略ですかね?
この物語では江川英長が小笠原丹波親子を、討ち取った事にしましたが、実際には父の江川英吉の方が討取ったと云われています。
富永政家はこの当時の北条五家老の一人で、富永家は室町幕府の奉公衆で、堀越公方の奉公衆でしたので名門で、北条早雲の時代から仕えた古参中の古参での家です。
親が富永直勝で、この直勝は北条五色備の青備えを率いており、五色備えを率いる立場である五家老に列せられていたと云われます。
跡は子の富永政家が継いだと云われますので、北条五色備の青備えも政家が継いだのかもしれませんが、調べた限りでは出て来ませんでしたが、恐らくは継いでいるでしょう。
韮山城は北条家にとっては小田原城に次ぐ重要な城でした。
どういう風に重要かと言うと、北条早雲が伊豆平定の際にこの韮山城を築城、整備し、以来終生の居城としてこの地で没したという城でもあるからです。
そんな城で起こる珍事はどうなるか!!
次回は北条側の話を挟みますので、韮山城対蔵人1人の戦いは少しお待ちください。
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