第375話

第3回目の交渉は特に進展らしい進展はなかった。

黒官(黒田官兵衛)は北条家が今のままでは先が無い事を言い、家を残す為にも決断すべきだ的な事を言う。

うん、胡散臭い。

俺がそう感じているだけかもしれないけど、黒官は肥後国人一揆の際に自分の治める地域の国人を罠に嵌めて殺害している。

黒官一人の責任ではないけれど、実行者の一人であるのは間違いない。

何を行ったかというと、鎮圧のための援軍を出した時に彼の国下で国人勢力が肥後国人に呼応して反乱を企てた。

転封を拒否し改易となった城井きい鎮房しげふさの一族に行った謀略は特に酷い。

まぁその前のお猿さん(豊臣秀吉)たちの城井鎮房らに対する扱いも中々に酷いものだったので黒田家はそれに倣ったと言えば倣ったのかもしれないが・・・

藤林の諜報からの報告を見るに、何方もどっちという部分も勿論ある。

城井鎮房は九州征伐に来たお猿さんの陣営に加担したんだけど、自身は病気と称して出陣せず、息子を代理で少人数を派遣した。

お猿さんはこれを不審に感じて、転封とともに家宝の引き渡しを命じた。

家宝というのは藤原定家の書いたと云われる「小倉色紙」で、土地も家宝も譲る気は無い城井鎮房は両方を拒否した。

天下人にして傲慢になっていたお猿さんは「ムキッー!!」となったのは言うまでもない。

事情を知る人物のアドバイスで城井鎮房は一旦命に従い居城の城井谷城を手放し、お猿さんに嘆願するが、仲違いした者に遠慮しないお猿さんは城井鎮房の主張を却下。

という流れで城井鎮房たちは交渉の余地が無い事を知ると城を取り返す為に挙兵し、見事城を取り返した。

しかし、豊臣方は黙っていないで討伐軍を差し向けた。

こことで登場しするのが黒田Jr黒田長政だ。

彼は命を受けて討伐軍を組織したが、地の利を生かしゲリラ戦法で討伐軍を手玉に取った城井鎮房たちは戦いに勝利し、13歳になる娘・鶴姫を黒田Jrの嫁として人質にする事を条件に降伏を受け入れた。

しかし、城井一族は罠に嵌められ悉くその命を散らした。

黒田家の言い分としては城井一族の過去のたび重なる腹背と将来を危惧して禍根を断つ為に処断したらしいが、要は気に入らないので騙し討ちで処断した訳だ。

黒官が黒田Jrに授けた謀略とも云われているがどうなんだろうね?

吉兵衛(黒田長政)は知らぬ仲ではないので、彼自身がそれを画策してやりそうとも思うのでどうなんだろうね?

流石にそこまでの調べは行っていないし、聞けば黒官か吉兵衛が教えてくれるかもしれないけど、聞く気すらない。

そうそう、黒官も城井鎮房の息子で嫡男を肥後国人一揆の最中、陣中で殺害している。

おっと、大分話が逸れたな、と言う事で、黒官が油断のならぬ相手という話だ。

そういう事や前世で語られる彼の事を知る俺が勝手に腹黒と思っているだけかも?

まぁ笑顔が黒いと思えるのはそこら辺が根拠だろう。


「蔵人様に言われ考えてみたのですが、拙者の望みは北条家が家を残す事のみに御座います。我が命を指し出して兄弟や甥、いえ、ご当主の新九郎様(北条氏直)の御命が助かるのであれば・・・幾らでも指し出しましょう!!」

「お前の命なぞ賭けるな!!・・・だがしかし、解った・・・俺も源三(北条氏照)は助けたいし、出来れば・・・まぁ何だ・・・」


言葉が続かなかったがお互いに助けたいという気持ちは一致していた。

ただし、その意見を飲むかどうかの最終判断はお猿さんにある。

今は俺もどうすればいいか解らないので交渉をパスして黒官にお任せした。

しかし、中々に話は纏まらず、気が付けば第10回目の記念すべき?交渉が開始された。

そして、栄えある10回目を前に俺は良い事を思いついた。

と言う事で、今回の交渉は俺ターン!!


「助五郎(北条氏規)よ」

「何で御座る?」


にんまりと笑顔を湛え彼と交渉を始める。

助五郎は少し警戒心を漂わせたが、「そう警戒するなよ~」とちゃらけると、肩の力を抜く為か、深呼吸をして「解りました」と言って居住まいを正す。

お!以前教えた深呼吸による気持ちを落ち着ける方法を実践したようだ。

深呼吸とは自律神経を整えて、副交感神経が優位になる為、緊張や興奮が和らぎリラックス効果・・・そんな説明は良いから早く話進めろだ?・・・解ったよ・・・


「話が平行線なのでここは一つ賭けをしないか?」

「賭け?で御座るか?」

「そう!」


交渉が飽きたとか面倒になったという訳ではない。

確かに黒官の毎回行われる戦果報告と「そろそろお降り下さりませぬか?」の文言は聞き飽きたが・・・

黒官も俺には「小田原城が落ちるまでには~」とか言ってたような?

そんな素振りは見せないでいけしゃあしゃあとそんな事を宣う黒官。

まぁ今回は俺のターンなのでダラダラと話を長引かせる気は無い。

俺は助五郎にある提案をした。

黒官はギョッとして「待たれよ!!」と言うが、助五郎は興奮し「是非に!!」と言う。


「助五郎よ!覚悟せよ!!お主は殺さぬが他の者は行く手を遮れば命は無いぞ」

「わははははは~何と豪儀な!!この城の将兵もこぞって参加致しましょうぞ!!命を惜しむ者なぞ居りましょうか!!いや!こぞって参加すると思います」

「そうか、そうか、では何時行う?」


黒官は頭を抱えたがノリノリで俺と助五郎が話、日時や取り決めをして賭けをすることとなった。

陣中に戻ると黒官が「殿下に報告して参ります・・・」と言って急ぎお猿さんの許に向かって行った。

その背中は煤けていたけど、交渉とはこのようにやるのだと脳筋交渉を策士に見せてやったっぜ!!


〇~~~~~~〇


深呼吸とは自律神経を整えて、副交感神経が優位になる為、緊張や興奮が和らぎリラックス効果・・・ああ、その話はいいので他のうんちく語れと言われそうですね。

さて、城井一族の話は以前も取り上げましたが、黒田官兵衛の汚点とも云われる事件です。

さて、このことがあったからなのかどうかは解りませんが、この翌年には家督を嫡男の黒田長政に譲り、豊臣秀吉の側近業務に重きを置いた様で、居城の中津城には殆ど戻らずに領地は長政に任せっきりだったようです。

黒田官兵衛は軍師として有名ですが、交渉人としての手腕は可成り凄いと私は思っております。

特に小田原征伐では北条氏規もそうですが、北条氏政・氏直父子を小田原城に行って説得し、無血開城させる功績を立てております。

まだ若い時分ですが、有岡城の戦いの時にその当時の主君の小寺政職が織田信長に謀反しようとした荒木村重に呼応しようとしたので、村重を説得する為に城に単身乗り込みましたが説得に失敗し幽閉された過去あるのによくやるな~と思います。

この幽閉という1年半の監禁により官兵衛の足は不自由になったのですけど、その後もめげないで交渉役を結構行っています。

備中高松城と小田原城無血開城がベストパウンドだと思います。

さて、実際のこの交渉の時、徳川家康も黒官とともに交渉役に付いておりました。

何故に北条氏規への交渉に家康が担当したかというと、一時期の事ですが、北条氏規は今川家で人質生活をしておりました。

丁度、徳川家康も同じ境遇で二人は意気投合して友誼を結んだと云われています。

実際に徳川家康から北条氏規宛の書状が多数現存しているそうで、二人の仲の良さが解るのは豊臣秀吉が北条家に上洛を求めた際には家康からの働きかけは特に氏規が多かったようで、家康が氏規を北条家の窓口とみなしやり取りしていたようです。

恐らく、仲良かったからでしょうね。

氏規は小田原開城後に切腹を命じられた異母兄弟の北条氏政・氏照の介錯を務めたそうです。

その直後に彼らの後を追って自害しようとしたそうですが、居合わせた徳川家家臣の井伊直政が氏規を取り押さえて説得し、思いとどまらせたという逸話が残っております。

氏規は知勇兼ね備えた名将として北条家を代表する武将の一人とみなされていましたが、こういう心の部分でも名将だな~と思わせる逸話があり、私的に好みの武将の一人です。

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