第360話

丸目邸に迎えに来た使者は慶さん(前田利益)の姿を見て驚き、「不敬だ!!」と言って騒いだ。

まぁ確かに不敬だけどね~

傾奇者・前田慶次が天下人・豊臣秀吉を怒らせる為に行ったという猿真似をする為態々誂えた猿を彷彿させるような出で立ちだから、そりゃ迎えに来たお猿さん(豊共秀吉)の家臣は怒るだろうね。

この衣装のポイントは猿皮で造られた上着(紋付)に可愛い真っ赤なお猿を彷彿させる赤いお尻のアクセントを施したズボン(袴)という出で立ち。

このまま連れて行ったら何が起こるか解らないと思うのも仕方がないけど、機嫌を損ねたりして「じゃあ行かない」とか言われたらかなり大変な事になるだろうね~この人が。

藤林の諜報からの知らせでは危険を察知した左近殿(嶋清興)が石田殿(石田三成)を諫めて交渉役を辞退させたらしい。

「殿下の思し召しじゃ、辞退なぞ」と言っていたらしいけど、左近殿の「あの破天荒な二人が何かするのを止められますか?」と言われて押し黙り、「無理」と言ったそうだ。

まぁそれでお迎え担当が変更となった。

そして、今、顔を真っ赤にして「無礼者」を連呼しているお迎えの使者は、浅野弾正少弼だんじょうしょうひつ殿(浅野長政)。

調べでは、石田殿と官僚的なライバル関係にあるらしく、石田殿が手を引いたのを見て名乗りをあげたらしい。

「治部殿(石田三成)はお使いもまま成らぬらしい」と言って意気揚々と貧乏くじを引いた彼は傾奇者・前田慶次爆弾対応処理に苦慮する事だろう。


「弥兵衛殿(浅野長政)、殿下を待たせるはこれまた不敬、取りあえずはお連れせぬか?」

「しかし、我らに類が及ぶやも・・・」


埒が明かないと思ったようで、もう一人のお迎えの使者である徳禅院玄以殿はそう窘めてから慶さんに言う。


「お覚悟、感服いたしました」

「覚悟?何の事じゃ?」

「いえ、その形で殿下の御前に出れば無礼討ちも御座いましょうが、そのお覚悟で臨まれたものかと思い至りましたが?」

「いや~そんな覚悟は毛頭ない。傾奇者が見たいと申されたのでそれに応じただけに御座るよ」

「そうで御座いましたか!殿下がそう望まれたと言う事であれば、我らに何の落ち度も御座らぬな」


おう!この徳禅院玄以殿という人物は中々頭の切れる人物のようだ。

しれっと「今回の件は自分たちのせいじゃないよ」と言ってリスク回避を行っている。

もう一人の使者である浅野殿は「そうなのか?」と言いながら疑問顔だが、口出しはしてこない。


「ご用意が済んでおるのであれば、早速、向いましょう」


そう言って慶さんを連れてお猿さんの許に向かって行った。


★~~~~~~★


「不敬だ!!」


開口一番、弥兵衛殿(浅野長政)が叫ばれた。

見て直ぐに判る。

殿下のあだ名である「猿」を模した衣装であろう。

あの治部殿が己から無理と判断し手を引かれた案件じゃ、危険でないはずが無いと思うたがまさかここまでとは思わなんだ。

騒ぐ弥兵衛殿をよそ目に二位蔵人様と傾奇者の前田殿(前田利益)を見れば涼しい顔である。

弥兵衛殿の怒りを煽るかの如く、前田殿は「どこかおかしい所でもありましたか?」と言いながら一回転してその姿をさらす。

一瞬言葉を失った。

ご丁寧に尻も赤くして揶揄う気満々の格好じゃ。

それを見て弥兵衛殿は益々騒ぐ。

こんなことをしている場合ではないだろう。

我らは案内するのが役目であって関白殿下を待たせることこそ我らの落ち度となる。

仕方なしに意見する。


「弥兵衛殿、殿下を待たせるはこれまた不敬、取りあえずはお連れせぬか?」

「しかし、我らに類が及ぶやも・・・」



気持ちは解る!

儂の言に弥兵衛殿は苦い顔で言い募るが、時が惜しい。

儂は前田殿の方に目を向け、言い放つ。


「お覚悟、感服いたしました」

「覚悟?何の事じゃ?」


惚けた顔で言いよるわ。

故意に煽った出で立ちをして我らを巻き込み遊ぼうとしておる。

儂は加賀前田家とは別流であるが苗字が同じ前田と言う事で、筑前守様(前田利家)とも懇意にさせて頂いておる。

この仕事を請け負うに当たり、筑前守様に甥の傾奇者・前田慶次とはどの様な人物かを聞き取りしておった。

筑前守様曰く、「火中の栗を拾うが如く、嬉々として危険な物にも手を突っ込む」と言われた。

他にも、「道理を弁えてはおるが、理不尽と思えば誰にでも噛みつく」とも言われた。

ここへ来て驚くのは、天下人ですら喧嘩相手とみなす様な出で立ちだったことだろう。

なのに惚ける。

まぁ弥兵衛殿を揶揄っておるのであろうから話を進めるとしよう。


「いえ、その形で殿下の御前に出れば無礼討ちも御座いましょうが、そのお覚悟で臨まれたものかと思い至りましたが?」

「いや~そんな覚悟は毛頭ない。傾奇者が見たいと申されたのでそれに応じただけに御座るよ」

「そうで御座いましたか!殿下がそう望まれたと言う事であれば、我らに何の落ち度も御座らぬな」


殿下が望まれた?・・・何か根拠があるのやもしれぬ。

儂は殿下に「迎えに行ってこい」と命じられただけだ。

弥兵衛殿が手を挙げたのに儂にまで付き添いとして行かせるは何かあると殿下もお考えあっての事だったのであろうと思うたが、このような仕儀とは・・・

もう知らぬ!

連れて行きさっさと次の者に放り投げよう。

儂はそう思い直し、急ぐように促した。


「ご用意が済んでおるのであれば、早速、向いましょう」

「相分かった」


前田殿はそう言って素直に此方の案内に従ってくれた。

それにしても、格好は頂けぬが、所作の綺麗な御仁である。

真面な格好をすればその武者振りに惚れ惚れとするだろうに・・・

ああ、要らぬ事を考えず、仕事をこなそうか。


〇~~~~~~〇


五奉行の浅野長政が出て来ました。

まだこの当時は五奉行は存在しませんが卓越した行政手腕を買われて豊臣秀吉に命ぜられて手広く太閤検地を実施したようで、その後は豊臣政権が諸大名から没収した金銀山の管理を任されていたと云われています。

秀吉の妹である朝日姫が徳川家康の正室へと嫁ぐ際には浜松まで赴く程に豊臣政権内で重要な仕事を任されて来ました。

小田原征伐の際は石田三成とともに北条方で唯一落城しなかった忍城おしじょうに赴き、攻城戦終盤や戦後処理では石田三成に代わって差配したと云われます。

ある意味で石田三成とは豊臣政権の官僚の出世レースを競うライバル的立ち位置だった人物です。

さて、もう一人の徳禅院とはどんな人物か?

作中にヒントとして「加賀前田家とは別流であるが苗字が同じ」と書き記しているので、お気づきと思いますが、五奉行の一人、前田玄以です。

徳禅院という名前からお察しと思いますが、徳禅院と言うお寺のご住職でもありました。

若い頃は美濃で僧だった、禅僧か比叡山の僧だったとも云われます。

織田信長にも仕えていて、信長の命で嫡男・織田信忠付の家臣になり、それからまた命令で次男の信雄に仕え、その時には信雄のから命じられ京都所司代の職にあったようです。

この人物の面白いのは、僧籍に名を連ねた人物なので当初キリシタンに対しては弾圧を行っていたそうなのですが、後年は理解を深め、バテレン追放令が出された後などは秘密裏に京でキリシタンを保護して匿っていたそうです。

ポルトガルのインド総督ともキリシタン関係の交渉をしたことがあったと云われます。

更に面白いのが、息子2人(前田秀以ひでもち、前田茂勝しげかつ)がキリシタンになっています。

過去に僧籍にあった彼は僧侶たちの蛮行を見る機会が多かった為、キリスト教の宣教師の純朴さに中てられてキリスト教に傾いたのではとも云われますが、そこら辺の心情を本人が書いた資料は無い様なのですが、ルイス・フロイスの「日本史」にはそのようなことが書いてあるようです。

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