第361話
「ウキッウキッウキッーー!!」
関白殿下(豊臣秀吉)が御住みになりながら政務を行う為に京に設けた
関白殿下より「用の無い者は出来るだけ参加するように」との通達を受けた為、特に今日は用事という用事が無かったので出頭した。
噂には聞いて居ったが、関白殿下が「傾奇者・前田慶次が見たい」と要望され、今回の会見に至ったと聞く。
慶次殿を見世物にしようという目論見であろう。
慶次殿はそれを見透かしたように猿を模した様な出で立ちで登城し、今、猿真似をして諸侯の膝にの上に一人一人と腰掛けながら揶揄って回っておる。
ここで事を荒立てるは悪目立ちすることは請け合いなので、その行動を誰も咎めることも無く続けられておる。
係の者も如何すればよいか解らずオロオロとしておる始末じゃ。
何時、誰が怒りだして事を荒立てるか解らぬというのに、気にも留める様子もなく慶次殿はその蛮行を続ける。
そんな甥の事で気をもんでおると思われる前田筑前守殿(前田利家)を見れば、涼しい顔でその様子気にした様子も無いように見えるが、ジッと何も喋らず座っておられるので気にしていないことは無いのであろうが、流石はというべき胆力でジッとしておられる。
「ウキッウキッウキッーー!!」
慶次殿が次は儂の番かという時に声を掛けさせてもらう事とした。
「慶次殿」
「おお!喜平次殿(上杉景勝)、越後では世話になり申した」
「与六(直江兼続)から蔵人様と共に京に向われたと手紙にて知らせを受けておりましたが、蔵人様はお止めされなかったので?」
「ああ!長さんは傾奇者が見たいというなら存分に見せてやればよいと申して今回の件では随分とご協力頂きましたよ」
「ああ・・・蔵人様もその様な方でしたね・・・」
儂の膝の上にも座るかと思われたが、慶次殿は儂を飛ばして次の者の膝に飛び乗られた。
「儂の番だと思いますが?」
「喜平次殿は俺の事をよくご存じでしょうから今更ご挨拶するまでも御座らぬよ」
「左様ですか」
慶次殿はそう言いった後に又次の者へと移って行った。
そうこうしていると、
ドン、ドン、ドン!!
太鼓の音が鳴り響き、「関白殿下の御成~!!」との声が聞こえ、一斉に上座に向かって頭を下げる。
ドシ、ドシ、ドシ
関白殿下が軽快に歩いて上座に腰を据えたと同時に、「皆の者、面を上げよ」
というお声掛けをされた。
それと同時に頭を上げると慶次殿は上座に背を向けて猿の毛繕いの様な動作をされておる。
「その方が傾奇者、前田慶次か?」
「ウキーーーー!!」
関白殿下の問に答える様に猿真似の叫び声をあげるが、相変らず背を向けたまま毛繕いの動作は止めない。
関白殿下は「余興は終わりじゃ」と言われたのを聞いた慶次殿は一応は上座の方に体を向けたが、四つん這いで猿が軽快しながらも近寄るが如く、関白殿下との間合いを詰めていく。
如何なるものかと固唾を飲んで諸侯が見守る中、関白殿下も慶次殿の雰囲気から自分の身に危険が迫っていることを察知された様じゃ。
「そこで止まれ!!」
「猿が止まれと言って聞きますか?」
関白殿下が慶次殿にその場で制止するようにと命じられたが、慶次殿はその言に従わず更に間合いを詰めようとした。
「猿が人の言葉を理解しておるなら答えぬはずじゃ。お主は答えたから理解したのであろう?」
「チッ」
殿下の言に慶次殿は舌打ちをしてその場にドカリと座る。
懐から扇子を取り出して己を扇ぎながら慶次殿は言う。
「傾奇者・前田慶次ここに推参!!満足ですかな?」
「ああ・・・満足した」
そう言われた慶次殿はチラリと関白殿下を見やり、「それは結構」と言い、猿真似をしながらその場を去って行った。
「ウキッウキッウキッーー!!」
慶次殿の声が遠ざかり、会見場から姿を消すと、関白殿下は言う。
「良い余興であったな」
その瞬間、今まで張りつめていた会見場の空気が緩んだ。
前田筑前守殿を見れば胃を摩りながらほっと息を吐かれておった。
そして、関白殿下は言う。
「いかん、いかん、忘れておった。儂を余興で楽しませた褒美を渡し損ねた。これ、もう一度あの者をここに連れて参れ」
「はっ!」
そう言って再度、慶次殿が呼ばれることとなったが、中々顔を出されない。
少しして呼びに行った者が戻り、関白殿下に伝える。
「前田殿は暫しお持ち頂きたいと言われ、ここを立ち去られました」
「褒美を渡すと伝えたのか?」
「はい、お伝えしたのですが・・・」
「よい、待てというなら暫し待とうぞ」
そう言われ半刻程待つと、慶次殿が戻って来られたとの報が入る。
関白殿下は「忙しい者は帰ってもよいぞ」と言われたが、帰る者は一人も出なかった。
恐らく、好奇心で帰るのを待ったのであろう。
儂もその一人なので皆の気持ちが凄く解る。
「前田殿が参られました!!」
その声掛けの後少しして、慶次殿が現れた。
先程までの猿を模した格好から一転、晴れ着の紋付袴がとても似合男ぶりで、見惚れる程に涼やかであった。
合う思ったのは儂だけではなかったようで、「おお!!」という感嘆の声があちこちから漏れ聞こえる。
「よう参った!!」
「はっ!」
越後で相対した時にも思うたが、慶次殿の所作は実に優美だ。
正装で居住まいを正した彼の一挙手一投足は実に雅で花がある。
「前田慶次郎利益、関白殿下のお呼びにより罷り越しました」
関白殿下も驚きを隠せなかった様で目を見開き口を半開きでその挨拶を受けられた。
そして、関白殿下は言う。
「先程と態度が違うな・・・」
「はっ!先程までは傾奇者をご所望でしたので」
「さ、左様か・・・それで今回は?」
「傾奇者の余興はもう必要ないとの沙汰でしたので、武士の前田慶次郎利益としてご挨拶に伺いました」
実に晴れやかで天晴な向上だった。
関白殿下もそれを聞き、「そうか、そうか」と言われ、ご機嫌のようだ。
「時に、何故、あのような真似を?」
「はっ!傾奇者とは異風を好み、派手な身なりをして、常識を逸脱した行動に走る者たちのことのように言われますが、それだけでは御座いませぬ」
「ほう!続けよ」
「はっ!傾奇者は面子を重んじます。勿論、武士も同じく面子は大事で御座いまするが、武士は所領安堵と引き換えに恥を忍ぶことも御座いましょうが、傾奇者は己の体面こそが重要。見世物になる位ならばその恥を掻かせた者に歯向かうは身分の高貴など関係御座らぬ」
「左様か・・・」
「さらに、芸事に携わる者ならいざ知らず、人が人を呼び出して晒し者にするは万死に値します」
「そうじゃな・・・儂が悪かった・・・」
「いえ、終わった事でありますれば・・・」
「傾奇者・前田慶次に褒美を遣わす!!どこの誰であろうと傾くことを認める」
「謹んでお受けいたしまする」
後々になり「傾奇御免状」と呼ばれる物を慶次殿はこの時得た。
この事は天下人が自分の非を認めたこととともに大いに話題となる。
しかし、これにはまだ続きがあった。
「して、誰の入れ知恵じゃ?」
「長、丸目二位」
「よい、長さんの入れ知恵か?」
「まぁ・・・長さんに関白殿下に戒めの余興で何かいい案はないかと相談したところ、お猿さんの前で猿真似してやれば?と言われまして・・・」
「さ、左様か・・・」
「はっ!その時に拙者も少しやり過ぎではないかと危惧したのですが、長さん曰く、関白殿下は形は猿でも心は天下人、多少揶揄われた程度で怒る度量ではないと申しておりましたので、多少のおふざけをさせて頂きました」
「!」
関白殿下は可成り驚かれた様で目を見開き、そのあと少しだけ考え事をされた後、慶次殿に聞き返された。
「長さんがそう言ったがー?」
「はっ!もし、人を見世物にしようと呼び付けた癖に揄われた程度で某に死を与える様なら先が見えておる。その様な度量なら天下から転げ落ちるのも早かろうし、雲隠れしておればよいと・・・」
諸侯もその言い分にあきれ果て、「何を馬鹿な」「無礼な」等の声が一瞬漏れるが、関白殿下の「わははははは~」という大笑いとともにかき消された。
「実に長さんらしいのがー」
「左様ですな」
「長さんに天下人の度量は広いのでこの程度では怒ることも出来ぬと言っておいてくれ」
「は、承りました」
そうして無事会見は終わった。
この話は天下の傾奇者の武勇伝として語られるとともに、天下人・豊臣秀吉の度量の深さをも伝える逸話として多くの者に語られることとなる。
そして、慶次殿に入れ知恵したろされる丸目二位蔵人様の人を食った様な破天荒さが世に広まる事となる。
会見後は諸侯の話の種として各所に広がっていくが、儂も家臣どもにこの事を聞かせてやり大いに酒の席を盛り上げる事となった。
〇~~~~~~〇
「傾奇御免状」の話はこれにて終了!!
会見の際に誰視点で話を書くか結構迷いました。
秀吉?慶次?・・・
この話の逸話として、前田慶次が猿真似で諸侯の膝の上に座って回った際に、上杉景勝の番になった際に慶次は彼の番を飛ばしたと云われています。
後に慶次はこの時のことを「上杉景勝だけは威厳があり、乗ってはいけない雰囲気だった」と語っています。
実際に会見の場で見世物にした説以外にも、ある宴で前田慶次がこの宴に忍込み、やらかした説もあります。
宴も佳境を迎えた頃に猿面に頬被りをして慶次が上座から現れ、面白おかしく踊り歩き、調子に乗って参加者の膝の上に座って回ったと云われます。
余興の趣旨が「猿舞」であったことから無礼を責めることも出来ず、尚且つ、驚いて最初の数名が膝に座られてもその場の雰囲気と慣例で流してしまった為、誰からも責められることなく無礼を働けたことでその場が盛り上がえり、誰が怒り出すかみたいなある種の爆弾ゲームみたいなノリが発生し、見事にその場を乗り切った慶次をその噂を聞き付けた豊臣秀吉が褒め、免状を与えたとも云われます。
慣例と言うのは「酒の席は無礼講」と言うやつです。
現代でも酒の席で上司が「今日は無礼講!!」と言う事がありますが、「酒の席は無礼講」という文化はこの時代からあったようです。
しかし、間違ってはいけませんよ。
「無礼講」と言いつつも全てが許される訳ではないので程々に致しましょう!!
「酒は飲んでも呑まれるな」とも言いますし、呑まれて限度を超えた無礼講を行えば・・・
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