第279話

時は戻り、主人公が欧州に渡り大凡2年程過ぎた頃、主人公(丸目蔵人)の息子、春長とその一行は北アメリカ大陸に居た。

(イヌクティトゥットエスキモー系民族のイヌイットの言語です)


「あっち白い熊いる」

「ありがとう」


海を渡った先で極寒の冬を経験し、たまたま現地の者を助け、集落で歓迎の宴を受け、その集落で世話になる事となった。

最初は言葉すら通じず意思の疎通に苦労したが、住んでいれば何となく言葉を覚え、片言ではあるが意思の疎通が取れるようになった。

本来の目的であった「白い熊」を見る為にこの地にやって来たのであるが、意思疎通が出来ない期間は難しく、ある程度話せる様になった頃には冬になり、外を出歩くのもままならない生活となった。

幾分か寒さも和らぎ、やっと外に出られるまでとなったので、早速、頼んで見に来た次第だ。


「春様、あの熊・・・」

「大きいな・・・」


猪(猪助)が言いたい事が解ったので言葉を引き継ぎ答えた。

見れば見るほど大きい。

遠めなので正確な大きさは解らぬが、6尺(180cm位)・・・いや7尺(2.1m位)はゆうにあるであろう巨体だ。

驚いて目を丸くしながらその白い熊を観察していると、野盗から助けた時に最初に話し掛けて来た男、名を「ᐊᒪᕈᐃᑦ《猛き狼》(ウォーセカムイ)」と言うこの男が、笑いを堪えながら俺たちに追加の情報を言う。


「もっと大きいのもいる」

「本当か?ウォーセカムイ」

「本当だ」


鹿(鹿之介)が驚いて聞き返すと、自信たっぷりと言う様に頷きながらウルフはそう答えた。

あれより大きいとはどれ程大きいのか・・・

気になるが、今は食料の確保が優先だ。

ウォーセカムイたちと共に川へと行き、魚を捕まえると言う。

捕まえた魚は時不知ときしらず(鮭です)のようであるが、それにしても大きい。

蝦夷で見た時不知より大きい。


「美味いぞ」

「楽しみだ」


俺がそう答えるとウルフはニッと笑う。

ウォーセカムイ曰く、あの白い熊もこの魚目当てで川辺に来ているので近付くのは危険であるが、遠目で見る分には襲われないだろうとのことだ。

俺たちは村で食べる分の時不知を確保し、村へと戻る。

(日本語の会話です)


「蝶(蝶兵衛)頼んだぞ~」

「おう!任せておけ」

「まだ寒いし鍋がいい」


料理番の蝶が魚を捌く為、魚を持って移動しようとしたところで、猪と鹿が声を掛けていた。

俺も今日は料理番なので蝶と共に魚を捌く。


「何かこの時不知、身が赤いな」

「あ~本当ですね~図体も大きいし食いでがありますね」

「確かに」


今日は鍋と言う事で、狩りの途中で取れた食べられそうな野草も採取している。

時不知を三枚に下ろした後のガラを火で炙り、その後に鍋に放り込み、水と一緒に煮て出汁を取る。

出汁の良い香りが漂い出すと猪と鹿も気になるのか料理中の様子を見に来た。

出汁を取りながら野草を適当な大きさに切る。

蝶の方も魚を捌き終わった様で、次の作業に取り掛かっている。

そうこうしている内に鍋は完成し、皆で囲炉裏を囲み鍋を食べ始めた。


「春様~」

「何だ?鹿」

「白い熊も無事見れましたし、これからどうします?」


そう、俺たちの目的は白い熊と虎を見る事だった。

その一つの目標が、今日、達成されたのである。


「そうだな・・・」

「あ!まさか戦ってみたいとか言いませんよね?」

「う・・・」


鍋を突きつつ猪が聞いて来る。

いや、あんな生き物見れば戦いたいと思うだろ?

己の実力を試す為にも戦いたいと思うのが男じゃないか?

心の内でそう考えていると、猪鹿蝶がワイワイと俺を詰る。


「あんな獣と戦いたいとか貴方様は野獣ですか?」

「戦闘狂だ~」

「いや、流石は蔵人様のお子ですね~」


親は関係無いだろ?と思ったが、父上なら同じことを考えそうだと思ったが、流石に失礼だろ?

ワイワイとガヤガヤと楽しく会話していると、ウォーセカムイがやって来た。

(イヌクティトゥットエスキモー系民族のイヌイットの言語です)


「楽しそうだな、何を話している?」

「春様が白い熊と戦いたいと言っている」


代表して猪がそう答えた。


「ほう、戦いたいと・・・狩りではなく?」

「そうだ・・・」


俺がそう答えると、値踏みするように俺を見て、ウルフは言う。


「白い熊は強いぞ」

「そうだろうな~」

「必ず仕留めろ」

「勿論」

「いや、戦うのは止めない。白い熊を倒すのは俺たちにとっても戦士の証で憧れだ」

「そうなのか?」

「そうだ。だが、手負いで逃がすと」


どうやら戦うことは問題視していないが、手負いで逃げられると危険らしい。

ウォーセカムイは手負いの熊が逃げた後に他で被害を出す恐れがあることを懸念し、必ず倒す様にと言う。


「必ず倒すと誓おう」

「ああ、楽しみだ。倒して戻ったら祭りだ」


ウォーセカムイはニッと笑いそう言う。

ウォーセカムイにも鍋を振舞い、白い熊について色々と聞いた。

通常は複数人で倒すらしいが、俺が一人で倒したいと言えば、呆れられた。

個人で立ち向かう獣では無い様だ。

しかし、それも含め納得された。

村でも過去にそう言った者がいた様である。

ウォーセカムイには個人で先ず挑み、無理なら四人がかりで倒すことを告げ、手負いで逃がすことは絶対にしないと再度誓った。

さて、白い大きな熊との戦いに胸躍る。

明日、熊と戦う事とした。


〇~~~~~~〇


主人公の息子、春長編となります。

導入部分は既に数話前(263話)に掲載しております。

さて、時不知ときしらずとは日本の鮭の昔の呼び名です。

しかし、鮭は鮭でも時不知ときしらずは季節外れの鮭の呼称となります。

季節外れと言うのは鮭は秋の味覚です。

産卵期が晩夏~秋となり、その位の時季に遡上して来て雌は卵を蓄えている為美味で、高級魚でした。

江戸時代以前は大名が自分の領土で鮭が取れる場合は厳重に保護した程の魚となります。

鮭で有名な戦国大名は最上義光でその重臣・鮭延秀綱も鮭好きで有名です。

最上義光は鮭が欲しくて領土拡大を目指したと云われる程の鮭好きで、無類の鮭好きだった事が逸話としても伝えられています。

少し盛り過ぎである気もしますが、その時代の鮭の価値は相当なもので、貴重で重要な特産品だったのは間違いないようです。

因みに、重臣・鮭延秀綱は元々佐々木を名乗っていたそうですが、鮭好き過ぎて苗字まで延としたとか何とか・・・

さて、日本で取れる鮭は「白鮭シロサケ」と言います。

鮭は他にも「紅鮭ベニザケ」と言う種類もいます。

その名が示す様に体が赤く身も赤くと言った感じです。

勿論、川によって取れる鮭がある程度変わりますが、他にも「銀鮭ギンサケ」や「アトランティックサーモン」、「キングサーモン」、「サーモントラウト」、等あります。

「サーモントラウト」は鮭と鱒を品種改良したものらしいので、戦国期に居たかどうかはよく解りませんが・・・多分、居なかったと思いますが・・・

「キングサーモン」は日本では「マスノスケ」とも呼ばれます。

サイズ的に他の鮭より大きい為、鮭やマスの親分格の存在と見立、律令制における次官の「介」の字を当ててそう呼んだそうです。

東北地方に伝わる伝承の怪魚で「鮭の大助たいすけ」というものがあります。

川魚の王と呼ばれるこの魚は、妻の小助こすけと言う魚と遡上し、その際にその魚自身が「鮭の大助、今のぼる」と大声で叫ぶそうです。

人語を話す魚と言うだけで怪魚ですけど、その声を聞いた者は、3日後に死んでしまうという言い伝えらしいです。

その遡上時期にはその声を聴かないようにと漁師たちが揃って仕事を休んで、かねや太鼓を鳴らし、餅を搗き、歌って踊って、酒を飲んで騒ぐそうです。

声を聞かないようにと言う事なのですが、体の良い骨休めと言ったところでしょうか?

そういう風習があるそうです。

さて、本文中で読んでお気付きだったでしょうか?

鮭の旬は「秋」で、アイヌ語では「アキアチップ(秋の魚)」呼ばれる程です。

日本では基本的に秋の味覚なのですが、通年通して取れる「時不知トキシラズ」と思って春長たちは食しました。


「何かこの時不知、身が赤いな」

「あ~本当ですね~図体も大きいし食いでがありますね」


という会話をしておりますので「シロサケ」と比較して身が赤く、図体が大きいという情報で何かお気付きでしょうか?

そう、実は「キングサーモン」はカナダ辺りでは「スプリングサーモン」と言います。

春長たちが食したのは「Spring」の魚なんですね~

春長と「スプリングサーモン」の「春」繋がりの話でした。

本文中でこの事に気が付いた読者様には私から「鮭好きー」の称号をお贈りします!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る