第280話
まだ山野には雪が残り、息を吐けばその息は白く流れる。
残り雪は朝日に照らされキラキラと輝き、雪が溶け所々に土を覗かせるそんな山野を駆ける。
俺を先頭に猪鹿蝶が続く。
「春様~少し休みましょうよ~」
「まだ一刻程しか動いて居らんだろ?」
「朝飯にしましょうよ~腹が減っては戦が出来ぬとも言いますし~」
そう言って来るのは鹿(鹿之介)。
猪(猪助)・蝶(蝶兵衛)の二人も頷いたり、「そうですよ~」と言い鹿に同意する。
「まぁそうだな・・・朝飯にするか・・・」
「準備します!!」
そう言って背中の
今日の朝飯は残り僅かとなった米を使った握り飯であった。
「久しぶりに食う握り飯は絶品ですね」
蝶兵衛が言う通り久しぶりに食べる米は美味い。
握り飯の中には先日取った
それも併せて絶品と言える味であった。
「ウルフ曰く、あの山を超えた辺りにここら一帯の中でも大きい個体が居るそうです」
「片目だったか?」
「はい、手負いで生き延びた上に人の味を覚えた熊らしく、倒せるなら倒したいと言っておりました」
食後の茶を啜りながら話すのは今から戦う予定の白い熊の事である。
ウルフ曰く、数年前に集落に突如現れた熊で、村の者を数名殺めたと言う。
熊の習性で獲物を奪う者には襲い掛かって来るため、殺された同朋を弔うこともままならなかったと言う。
俺が熊と戦いたいと言うと真っ先にその熊の事を教えてくれたので、ウルフたちも忸怩たる思いがあったようだ。
「片目の熊がよく生き残れてるよな」
鹿がそう言うが、ウォーセカムイの話では他の熊を遥かに凌駕する大きさだと言う。
「見た中で最も大きかったらしいからな」
「ウォーセは見れば解ると言ってたな」
「それ位大きいんだろうな」
猪・蝶がそう語り合っているのを茶を飲みながら聞く。
熊や虎と戦うことを念頭に武器もそれに合わせて拵えて持って来た。
斬馬刀と呼ばれる大太刀を参考に、厚みを三倍程にした太太刀で、この刀を振る為に今まで修練して来た。
「
アザラシと熊ではそもそもが違う。
それに片目は他の熊より圧倒的に大きい個体だと言うし、通用するかも解らぬが、まだ見ぬ片目の事を考えると気持ちが高揚する。
兄弟の仲では一番血の気が多いと言われる所以であろうか?
生死を賭けることとなろうと言うに血の高ぶりが押さえられぬ。
「あ!あれですね」
「のようだな」
食後に移動すること一刻程、山を越えた先にある洞穴を見つける。
ウォーセカムイに聞いた片目の寝床であろう。
様子を見ていると、片目と思われる大きな熊がその洞穴より出て来た。
一丈(約3m)以上はあろうかと言う巨体で、確かに右目が無いようじゃ。
「春様、如何します?」
「そうだな・・・丁度、あの辺りが戦い易そうじゃからそこに誘い込もう」
「「「了解」」」
片目と戦う為、戦い易そうな開けた場所に移動する。
移動したら俺だけがその場に残り、来る途中で生きたまま捕まえた野兎の首を掻っ切り、片目を誘う。
待っておれば血の匂いに誘われて片目が現れる事じゃろう。
そして、少し待つと案の定、片目が現れた。
悠然と歩いて現れた片目は俺を見つけると一瞬動きを止めたが、今まで敵となる様な存在は無かったのか、また悠然と歩いて広場に足を踏み入れて来た。
一瞬ニヤリと笑ったように見えたが、気のせいだろうか?
俺との距離が五丈(約15m)程となった所で一旦足を止めた片目はまるで俺の事を値踏みするようにジッとこちらを見詰める。
俺は兎から手を放し、特注の斬馬刀を抜き放つ。
「さぁ!一手ご指南!!」
「グォーーーー!!」
俺がそう叫ぶと片目も叫び声とも唸り声ともつかぬような音を発し、一気に間合いを詰めて来た。
突進して来るのかと思えば、一丈も満たない距離で体を起こして二本足で立ち上がり、右腕を振りぬいて来た。
俺は慌ててそれを回避する。
回避する際に通り過ぎる鉤爪からは「ビュン」と物凄い音がしており、真面に食らえば致命傷は間違いないと思われた。
「お~怖い怖い」
「グォーー!!」
先程の唸り声ほどではないがまた唸り声を発する片目。
気に食わないと言う様に聞こえるから不思議だが、強ち外れていないように思える。
「流石はここら一帯の主じゃな」
俺は特注斬馬刀を斜に構える。
勿論、父上に教えられた通り、斜め上段の袈裟斬り出来る構えで片目に相対す。
片目は特注斬馬刀が武器と理解したのか、先程より警戒した様に唸り声を止めジッとこちらの出方を窺う。
じりじりと己の間合いに成る様にすり足で片目に近寄る。
唸り声を止めた片目に対して俺のすり足で地面から足をする音が響く。
己の間合いが完成すると静寂が訪れる。
次の瞬間
「ハッ!!」
「グォー!!」
お互いが一息し気合の掛け声の様な声がお互いから漏れ特注斬馬刀と片目の右前足の爪がぶつかり合う。
俺の刀の横っ腹を叩くような形で刀を弾かれた。
刀の重みで俺の体が泳ぐ。
すかさず片目は左前足の爪で俺の胴を薙ぎに掛かる。
俺は慌てて刀でその薙ぎを受ける。
片目の膂力は凄まじく、俺は吹き飛ばされた。
しかし、片目も刀の刃の部分を叩いたことで左の前足の爪が少し傷み、刀傷も少しできた様で痛がっているように「ボォー!!」と嘶いた。
「痛み分けだな・・・」
「グルグルグル」
忌々しいと言う様に睨む片目。
熊にしては中々感情豊かに感じるが、俺がそう感じているだけなのかもしれない。
一合切り合っただけだが、ふと考える。
父上であればどんな戦いをしたのであろうか?
もしやすると、一瞬で片目の首を斬り飛ばすのかもしれない。
刀と言うのは中々に難しい得物だ。
斬ると言う事を主眼とした武器で、叩き付けるような打撃をしつつ、引く様な動作を加えて初めて相手を斬り裂ける。
斬れる部分も限られており、刃の向き一つで斬ることが敵わない場合も多い。
剣速は言うに及ばず、刃の向き、引く塩梅、等々の動作を美味い具合に行わないと相手を斬り裂く事など叶わぬ。
しかし、今自分自身が手に持つ武器は特注の斬馬刀で、鈍器としても使えなくはない。
気持ちを切り替え集中し、気を開放する。
先程までと俺の雰囲気が変わったことを察した片目が警戒するように俺の周りを回る。
俺は同じく袈裟に構え片目の移動に合わせ体の向きを変える。
「いざ勝負!!」
「グォーーー!!」
俺の掛け声と共に最初と同じく距離を詰めた片目が立ち上がり渾身の右前足の薙ぎ払いを繰り出す。
俺はそれを最小の動きでそれを躱し、一瞬に爆発的に仙気を高め、丁度前足を振り下ろしたような状態でスキだらけの首元に袈裟斬りを叩き込む。
渾身の一撃を叩き込みたくて全ての力を出し尽くそうとしたら「ワォーーーン!!」と犬の遠吠えの様な声を出してしまった。
もしかすると、耳と尻尾が生えているかもしれないな。
手応えは十分で、片目の首より「ゴキリ」と言う嫌な音が聞こえたので、斬ると言うよりも撲殺であろう。
まだまだ修行が足りないのを痛感する。
片目との死闘で精も根も尽きたので、片目の住処としていた洞窟で一夜を明かした。
その間に猪・鹿が集落に知らせに行ってくれたので、次の日にはウルフたちが駆け付けてくれて片目を解体して貰った。
その日の晩は集落に戻り片目討伐の宴となった。
過去にこの集落を襲い犠牲者を出した熊だけに皆喜んでくれた。
さて、次は何を目指すか。
〇~~~~~~〇
ネームドの熊と言えば「銀牙 流れ星 銀」と言う高橋よしひろの先生の漫画に出て来る人食い熊「赤カブト」が思い出されます。
神狼の末裔の春長が戦闘と言うことと相手が熊(白熊)と言う事で、何かその漫画を思い出しました。
そして、剣豪の物語のはずなのに何だか久しぶりに戦闘シーンを書いた気がします・・・
主人公の子供たちのストーリーでは意外と戦闘多くなるかも?です。
さて、斬馬刀登場!!
イメージ的には三浦建太郎先生の「ベルセルク」の主人公のガッツを思い出されますが、あれほどの大剣ではありません。
元々は中国で用いられていた長柄武器で、斬馬剣とも言います。
日本刀の一種である大太刀がこれと混同される事が多いようですが、実際は別物と言われています。
春長が使った斬馬刀は特注で、大太刀とも言える刀ではありますが・・・
日本刀の中でも長大な大太刀or野太刀を「斬馬刀」と呼ぶこともあったようですけど、本来全くの別系統の武器となります。
何故、近年混同されるようになったかと言うと、原因は漫画・小説等の影響であるのではないかと言われています。
確かに私の斬馬刀のイメージは最初は漫画でした!!
斬馬刀と言えば宮下あきら先生の漫画「魁!男塾」で登場するキャラ、二号生筆頭の赤石剛次が思い出されます。
「一文字流斬岩剣」と言う剣術を使い登場した当初は「一文字兼正」と言う普通サイズの刀を使っていたんですけど、再登場した際に「斬馬刀」の使い手になっておりました。
そう言えば、戦国無双の島左近は斬馬刀をイメージさせるような大剣使いでしたね・・・(いや、本作では使いません!!)
今回はうんちくと言うより殆ど漫画談義でした!!
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