第42話

何とか弟子入りできました!!史実通りだよね~知らんけど。

(前話でも言いましたが史実と違います)

前世の道場の爺様の話では色々な部分抜け落ちてたから仕方ないよね~違っても。

そんなんことは気にしない、気にしない!!

人生万事じんせいばんじなんちゃらの馬だろ~

さて、師匠には山科様より紹介状を貰っていたことを話、北条に預けてあると告げた。

決して返して貰うのをすっかり忘れていたとか・・・無いよ~あれは、預けてあるんです!!


「後北条は好かん!!」

「あ~サイデスカ・・・」


師匠はどうやら自分自身も修行を兼ねて上洛をするという事になった。

行き成りだな!おい!!と思ったが前々から考えていた模様。

ここまで旅して来たのだから旅慣れているだろうという事で旅のルートを俺が決めることとなったのだが・・・

日本海ルートは加賀の一向一揆が居るので俺にとっては危険だし若しも通るとしたら間違いなく同行者である皆も巻き込む。

だから、これは無し!!

じゃあ元来た道を・・・後北条嫌いの師匠がGONETA!!

ごねごねだよ~もう!!

仕方ないので師匠がの一字を偏諱授与へんきじゅよ頂いた武田さん家を通ることにした。

(史実本来は晴信の方から誘われております。)

城を落としたの武田さんなんだけどな~とか思ってるんだけど、これは前世の価値観で、自分の城を落とされ積年の恨みもある後北条さん家は×だけど、戦で敗れた武田さん家は〇らしいぞ~

そこはそここれはこれだけど、まだまだ後北条さん家はほとぼりが冷めてないんだろうね~

でもでも、あ~何かそれ弟子の逸話で聞いたぞ!!弟子と言ってもと言う枕詞が付く。

武士は戦の勝ち負け、生死は武士の習いみたいな慣習があるそうだよ~

簡単に言うと、戦は武士にとっての仕事場!!

仕事場の事はプライベート(平時)には基本は持ち込まないようにしましょうね~てこと。

まぁTPOをわきまえろってことね。

武士にTPO・・・ぷぷ~ウケる~まぁ武士関係なく当たり前のことだな。

勿論、この作品を読んでいる頭脳明晰で優秀な読者の皆はTPO知ってるよね?

ははははは~念の為、あくまでも念の為に言っておくね~

Time時間Place場所Occasion場合の略ね。

時間と場所と場合を考えて行動・言動に注意しようね!って意味ね~

さて、閑話休題で話を進めよう!!!


武田さん家にお邪魔してからは美濃→近江と行きたかったんだけど・・・

来る道中での魚が美味かった自慢をついしたんだけど・・・師匠含め同行メンバーが食付きました・・・という事で、尾張にまた寄りますよ~よく考えたら上野国は海無し国でした・・・そんな連中に海の魚うま~とか言ったら食いたくなるよね~俺っちの凡ミスだ。

念の為に三河も危険なので、美濃から尾張に一度行ってから京の都を目指します。

そして、その間に山科様にお手紙を送ることとした。

何の手紙かと言うと官位の件!

俺の官位などどうでもいい!師匠の官位を貰っとかんと不味い!!

山科様には無事弟子入りできた事のご報告と共に、前に官位くれるって言ってたけどまだ有効?有効なら俺の様な未熟者じゃなくて立派な名のある師匠に官位をプリーズです!!出来れば希望と書いとこ~勿論、紹介状の件は墓まで持って行く秘密だ!!

勿論の様に俺がお願いしたことは師匠に話さないでねって口止めも書いたよ。

山科様の口止めの理由としては、師匠に気を使わせたくないから!!という事にした。


早速旅立つこととなったが、年の近い疋田ひきた景兼かげともとはとても仲良くなった。

豊五郎ぶんごろうの豊を取ってぶんと呼ぶようになった。

彼は俺の事をながと呼ぶ。

弟子の最年長の神後じんご伊豆守いずのかみ宗治むねはるさんは流石に年が離れているので気易くても失礼かと思い豊に習い宗治さんと呼ぶこととした。

宗治さんは俺の事を長恵ながよしと呼ぶ。

殿付けしようとしたので呼び捨てをお願いした。

師匠は好きに呼んで欲しいと言ったら蔵人くらんどと呼ぶようになった。

師匠は無口目な人だと弟子入りしてから分かったが弟子入り前だと知らないから俺が官職名間違えたの怒っていると思っていたけど違うようだ・・・こんなことなら「天啓」使うんじゃなかったと思うが、嘘を補填する意味でも山科様に期待しよう。

さて、先ずは甲斐国の首都、甲府こうふを目指す。

この甲府と言うのは武田晴信のお父っあんの信虎のぶとらが名付けたと言われる。

甲斐の府中首都だから甲府としたしたらしいが、甲府と言えば甲府ワイン!!今は無いか・・・どうやら水害で酷いことになっているらしいので、師匠が晴信さんに挨拶後は即座に旅立つ予定。

しかし、武田さん家に来たら会ってみたい武将リスト埋めたいが、無理かな~

せめて武田信繁のぶしげには会ってみたいんよね~

それ誰?って言うなよな~武田信玄こと晴信の弟で、武田左馬助さまのすけ信繁、武田のかなめとまで言われた名将。

官職名の左馬助から唐名の典厩てんきゅうとも呼ばれた。

武田二十四将の副将である人物。

前世で戦国時代の人気武将だった真田幸村って本当は真田信繁って名前で、親父さんの真田昌幸まさゆきがこの武田信繁をリスペクトしていて、自分の次男に同じ名前を付けたらしいぞ~

松代まつだい藩主の真田信之のぶゆき(真田昌幸の長男)は自分の領地に有ったお寺を改名させて典厩寺ってしたほど真田家の武田信繁へのリスペクトが凄い!!

ちなみのこの典厩寺は本堂には薬師如来様が鎮座されているが、有名なのはその本堂前にある閻魔大王像!!日本一大きいらしいぞ~

おっと、話それたな。

武田信繁は残念ながら川中島の戦いで戦死する。

確か四次だったので数年後だと思われる。


(人生万事塞翁さいおうが馬:人生とは予想できないの意)


★~~~~~~★


松平の家臣の宗教かぶれの若い連中が旅の兵法修行者に負け死人まで出したと聞いた。

馬鹿な者たちである。

まぁ、某が相手であれば難なく倒したかもしれないが、某はそんな馬鹿なことはせぬ。

某は幼少から剣術を磨き研鑽を積み、今では三河に敵無しとなった。

これは自他共に認めることであるが特に自分から誇ることでもないので自分では口にしない。

しかし事実なので仕方ない。

しかし、某は更なる研鑽を積みたく思っている。

出来ることならば先に話した兵法修行者の様に諸国を旅して自分の理想の師に巡り合いたいものである。

今、この日ノ本で双璧の兵法者と言えば塚原卜伝殿か上泉信綱殿であろう。

出来ることであれば、何方かにお会いしたいものぞと思っておると、ある噂を耳にした。

「上泉信綱殿が甲斐の甲府に来ておる」と言うものであった。

七男なので好きにしろと言われておるしここは一つ上泉殿の下を訪ねてみよう。


「父上!!」

「何じゃ孫次郎まごじろう

「実は甲斐の甲府にあの有名な上泉殿が来ておると聞く」

「ほう、それで何じゃ?」

「是非ともお会いしたい。出来れば弟子入りしたいと思うちょる」

「は~お前は昔から剣術に心血注いでおったからの~」

「ああ・・・」

「それで家を出るという事か?」

「そう取って貰って構わぬ」

「ええぞ、行って来い」

「ええのか?」

「お前の決めたことじゃ、好きにしろ」


そして、某は甲府を目指し旅へと出た。


★~~~~~~★


さて、孫次郎なる人物がこの時点で解る方は中々の歴史通ですね~

ヒントは三河、甲府、孫次郎、この時点では松平(後の徳川)には仕えていない家の家臣てとこ?

それと、武田信繁の話し出しましたが、本当に亡くなって惜しい人物の代表格的人物の一人で、戦国時代の最強弟四天王の一角だと思う方です。

残りは誰だと思われます?

(作者の独断と偏見で決めてます!!兄を助けた人物限定)

自信ある方は両方の回答をコメントで教えて頂きたいです^^

(コメント多過ぎるとお返事できません!ご了解ください。)

次回、答え合わせお楽しみに~

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