第238話

羽柴方の陣に戻り秀さん(羽柴長秀)に毛利方とのファーストコンタクトを伝えた。

最初は「早速動いて頂きありがとうございます」と言われ大変感謝されていたが、どんな話をしたか聞かれたので有りの侭伝えた。

さっきの事である程度は事細かに覚えていたのでそのまま伝えると、聞いている側から顔を青くする秀さん。

「一人で聞くのは心の臓に悪い」等と言い始め最初っから他の者を交えて聞きたいと言われたので、もう一度何人かの前で話す事となった。

参加者は、お猿さん(羽柴秀吉)・秀さん(羽柴長秀)・黒官さん(黒田官兵衛)の3名で、俺が話して行く内に皆、顔色を悪くして行った。

先に一度話しているのに秀さんからは「何故言っちゃうんですか!!」と言って凄く怒られたよ・・・

お猿さんは「ははははは~終わった・・・」と言いながら遠い目をしやがっつた・・・

おいおい、2人とも仲介役の俺様に失礼ジャマイカ?

黒官見習え!黒官を!!どっしりと構えてさ~如何にも名軍師って感じだよ。


「丸目殿・・・」

「何ですか黒田殿?」

「ま、誠に上様(織田信長)が自害されたことを伝えたので?」

「え?ちゃんと聞いてくださってなかったので?」

「いえ・・・そこは相手に隠す部分では?」

「え?特に何を言っては駄目と言われていませんでしたが?」

「いや・・・それは・・・」


黒官さんは、一度、秀さんの方を見る。

秀さんは呆れてますという様に首を横に数度振る。


「言われずとも察して頂かなければ・・・」


あ・・・黒官も呆れて真顔になってたのね・・・

うん、普通は察する。

俺も言わない方が良いかな~とかほんの少しは考えたけど、仲介は誠意だよ!!知らんけど。

中立の立場として関わった以上は片方に極端に肩入れするべきではないと判断。

特に両陣営ともに俺の仲良しさんが居る訳で、言っては何だけど、片方が極端に有利になるような交渉はしたくない!!それに俺の勘が囁く。

すると大変な事になると・・・何となくそれっぽく言ってみた。


「まぁ最後まで話を聞くとしようか」


珍しくお猿さんがそんな事を言って来た。

うん、何か数時間会わない内に顔つきも精悍さが増した?・・・様な?・・・気がする?

え?気のせい?・・・まぁ気がするだけなので、本当に精悍さが増したかは知らんけどな。

無責任なと言われても・・・感じるだけだしね~感覚に正確性とかそんなもの求めるなよ、知らんがな。

それにしてもさっきまでの壊れた半笑いは何処行ったかな?

この短期間で回復するとか何か本当に一皮剥けた感じがするよ。

おっと、俺は毛利方の陣を後にする際に言った事までを最後までお猿さんたちにも伝える途中であった。


「毛利方には和睦をする気があるならこっちの陣に使いを寄越すように伝えています。毛利家は家訓で天下を狙わずというのがあるらしいのですが、それが本当なら今回の件でお猿さんに貸しを作るのもありかもしれませぬよと伝えてあります。何にしても今回の件はお猿さんにとって大きな借りとなりそうですしね。毛利家としても時が必要でしょうから応じると思いますから誰か来たら対応を宜しくお願いしますよ。運を天に任せて待ちましょう!!」

「わ、分かりました・・・解りたくないけど、分かりました・・・(ぼそぼそ)本当に感覚や勘で動くような輩はこれだから好かん・・・」


黒官さんの最後の方の言葉はぼそぼそとしゃべり小声で聞き取れなかったけど、多分お褒めの言葉であろう。

その割には黒官さんがどっと疲れたような顔で俺を睨みながらそう言った。

気のせいかもしれないな、そう、気のせい!!

うん!一仕事終えて俺も疲れたから寝るとするか~


★~~~~~~★


朝も早い内から毛利方の使者がやって来た。

寝ずに策を練り、どっと疲れる丸目殿の報告を聞きはしたがここが正念場眠るなぞ出来ず使者と応対しているが、先方も疲れ顔なので同じ様なものなのかもしれぬ。

中国大返しの仕儀については大枠を練ったで後は佐吉(石田三成)に任せ、毛利からの使者殿は儂がお相手することとした。

藤吉郎様に「ここぞの時には官兵衛が頼りぞ」とのお声掛けを頂き、やる気が湧いて来て、疲れてはおったが「是非とも某にお任せを」と言ってしもうた。

しかし、ここは腕の見せどころじゃ、踏ん張って相対そう。


「黒田官兵衛と申す」

「拙僧は瑶甫ようほ恵瓊えいけいと申します。お見知りおきくだされ」


ほう、これが毛利の怪僧・瑶甫ようほ恵瓊えいけいか。

この者は毛利の外交坊主としてその名を知られるが、僧侶らしく悟りきった様な柔和な顔をしてはおるが、他の者を騙せても儂には解る。

煮ても焼いても食えぬ様な太々しき隠れた面構えじゃ。

他の者は騙せても、儂が騙されると思うなよ。

その聖人君子面の化けの皮を剥いでやろう。

しかし、顔に微笑みを張り付けてはおるが、目が笑っておらぬ。

まるでこちらを値踏みするように眺めておる。

いけ好かぬ顔じゃ。

まぁこちらも同じようなものか・・・同族嫌悪と言ったことやもしれぬな。


「して、恵瓊えいけい御坊は和議の使者と言う事でよいのかな?」

「はい、丸目様の仲介をお受けする事となりましたので条件の擦り合わせに伺いました」

「成程・・・」


毛利方の使者じゃし解り切った事であったが、重要なこと故に検めて確認したが、毛利方も和議を考えていたのやもしれぬな。

毛利方はこの地を天王山の地と考え、両川だけではなく当主までもがこの戦場に援軍として駆けつけておるようじゃし・・・


「条件ですが」


お互いがお互いに相手の出方を窺うように沈黙しておったが、痺れを切らし坊主が口火を切った。

儂はにっこりと微笑み聞く体制を取る。


「はい、お聞きいたしましょうか?」

「備中・備後・美作・伯耆・出雲の五ヵ国を毛利家が治める事をお認め頂きたい」


ふむ・・・丸目殿の言う事、真実なのかは定かではないが、藤吉郎様たちが信じたで仕方ない。

今は亡き上様(織田信長)の御意向は毛利家が織田家に降るのならば、今、条件に出された五ヵ国の割譲は認めてよいという誓詞を頂いておったな。


「他にありますか?」

「今、取り囲んでおられます高松城の解放をお願い致す」

「解放ですか?」

「はい、将兵全て」


強気の条件よな・・・あの戯け丸目蔵人が上様の自害を伝えたからであろうが、こちらの足元を見て交渉して来よるのか?

丸目殿は「貸しを作る」と言ったそうだが、毛利家にとってはこのままでは貸しになるまいが・・・

我らも今言われた条件を全て飲むは借りとは思わぬぞ。

いや、交渉はここからじゃ。

相手は先ず強気でものを言いそれから徐々に譲歩した様に見せ貸しとするのであろう。

まぁ何処までが本気か見えぬが、阿呆丸目蔵人に掻き回されるよりこちらの方が心地良いわ。


「それは幾分欲張り・・・と言うものでは御座らぬか?」

「しかし・・・織田様は何でも京で謀反に会い、お亡くなりとか・・・」

「わははははは~何を世迷言を言われるか」

「はてさて、そちらはお帰りをお急ぎでは?」

「急いでは御座らぬよ」


やはり足元を見て来よる。

じっと睨み合うような形で思案する。

毛利方は此方が無事に京に引き上げるだけでも貸しと考えているのやもしれぬな。

しかし、それでは不味い。

線引きは重要じゃ。


恵瓊えいけい御坊」

「何ですかな黒田様?」

「高松城は既に風前の灯」

「さ、左様ですな・・・」

「既に落ちたも同然の城で御座らぬか?」

「落ちては御座いませんが・・・何をお求めで?」

「少なくとも、城の城主と主だった者数名の切腹は必要では御座らぬか?」

「それは・・・」


その後は話の堂々巡りで話が拗れ物別れに・・・


★~~~~~~★


丸目様の仲介にて和睦する事となり、拙僧は羽柴方の陣に罷り越した。

私の交渉相手は羽柴の知恵袋、黒田官兵衛の様じゃ。

陰謀を巡らせておる様な嫌な目付きで拙僧を眺めておる。

虫でも観察するように拙僧を観察しおるような嫌な目付きじゃ。

織田様が京で自害されたから焦っておるのか?いや、まだそれは解らぬ・・・流石に京からここまで一日も掛からずに来るは不可能であろうし・・・

しかし、丸目様と仲の良い左衛門佐様(小早川隆景)が信認されたことで右馬頭様(毛利輝元)も信じるとのことで話を進める事となった。

考え込んでおると、あちらが動く気配。

早速、こちらから切り出し鍔迫り合いと行こうかと思っておれば、向こうから話を振って来た。


「して、恵瓊えいけい御坊は和議の使者と言う事でよいのかな?」

「はい、丸目様の仲介をお受けする事となりましたので条件の擦り合わせに伺いました」

「成程・・・」


お互いに相手の出方を窺うように黙り込み、静寂な時が流れる。

既にこちらの言い分は決まっておるし、さっさと告げよう。


「条件ですが」

「はい、お聞きいたしましょうか?」

「備中・備後・美作・伯耆・出雲の五ヵ国を毛利家が治める事をお認め頂きたい」


考え込む黒田様。

流石に五ヵ国は欲張りすぎと思われたのか黒田様は顎に手を当て試案は続く。

少しして意見が纏まったのかは解らぬが、黒田様は更に聞いて来た。


「他にありますか?」

「今、取り囲んでおられます高松城の解放をお願い致す」

「解放ですか?」

「はい、将兵全て」


黒田様は一瞬ピクリと眉毛を動かされた。

既に落ちたも同然の城じゃが、相手の弱みに先ずは付け込ませて貰おうか。

水没した城じゃ、城は諦めるとしても人は出来る事であれば全て助けたいの~


「それは幾分欲張り・・・と言うものでは御座らぬか?」


やはりそう言って来たか・・・ここは拙僧自身は信じていないとしても手札として切らせて貰うか。


「しかし・・・織田様は何でも京で謀反に会い、お亡くなりとか・・・」

「わははははは~何を世迷言を言われるか」

「はてさて、そちらはお帰りをお急ぎでは?」

「急いでは御座らぬよ」


やはり丸目様の言われたことは妄言の類であったのか?

だが・・・解らぬ・・・人を見る目には自信があったが、あれほど読めぬ者を拙僧は他に知らぬ。

それに比ぶれば、今目の前の黒田様の方が読み易いと言えよう。

しかし、手を抜けるような者ではないし、慎重に事に当たらねば足元を直ぐに掬われそうじゃ。

ジッと二人で睨み合うこと暫し。

黒田様が痺れを切らしたのか拙僧の名を呼ぶ。


恵瓊えいけい御坊」

「何ですかな黒田様?」

「高松城は既に風前の灯」

「さ、左様ですな・・・」


緊張が走る・・・背中に嫌な汗が吹き出る。

それもまた事実。

良く持っているというだけの城じゃ。

何時落城しても驚かぬわ。


「既に落ちたも同然の城で御座らぬか?」

「落ちては御座いませんが・・・何をお求めで?」


念押しをして嫌な所を突いて来るものよ。

もし仮に織田様が自害しておらなんだらこの主張は至極当然。

再度こちらも落城はしていないことを述べるが苦しい。

焦りを隠し聞き返すと、やはりと思う事を述べられた。


「少なくとも、城の城主と主だった者数名の切腹は必要では御座らぬか?」

「それは・・・」


このまま物別れかと思っておると、外から声がする。

聞き覚えのある声ではあるが、嫌な予感しかせぬ。

そして、丸目様が満面の笑みを讃えてその場に現れた。


「やあ、昨日振りですな」

「これは丸目様、昨日以来ですな・・・」


チッ、心で舌打つ。

何をしに来たかと思い様子を窺う。

拙僧と同じように黒田様も嫌な者が来たという様に一瞬だけ顔を歪ませておられた。

おやこれは・・・

黒田様を観察していると横合いから丸目様が質問して来た。


「和議の条件整いましたか?」

「いえ・・・高松城の主だった者を切腹させるかどうかで揉めております・・・」


拙僧に質問するな!!羽柴方に滞在しておるのだしそちらの黒田様に質問すればよかろうと思うたが、こちらを向き拙僧に聞いて来たのを見て黒田様は知らん顔・・・何なのじゃ?こ奴らは!

仕方なく答えたが嫌な予感しかせぬ。


「切腹で揉めている・・・」

「はい・・・」

「それならば」

「それならば?」


更に嫌な予感が増す。


「本人たちに聞いて確認されれば良かろう」

「へっ?本人たちにで御座いますか?」

「はい」


ニッコリと笑顔でそう言われるが・・・

本人たちは毛利の為なら死を厭わぬとでもいうかもしれぬ・・・

それを判っていて提案しておるのであれば・・・


「本人たちに確認して纏まったら再来をお願いします」


考え中にもかかわらず話を纏めに入る丸目様。

慌てて言い募ろうとするが言い返しの言葉が今は浮かばぬ。

ほんに厄介な方じゃ。


「え?」

「だから、確認してみなければ解りますまい?」

「はい・・・いや、しかし・・・」

「城に居る者たちにこういう話が出ていると伝え、如何したいか聞くだけですよ。あくまでも、確認です」


ニコニコとしながらとんでもない圧を掛けて来るものよ。

念押しされた以上は一度確認をせねばなるまいて。

しかし、城の者たちに羽柴方に一度降伏するようにと薦めれば・・・もしかすれば悪い様にはならぬかもしれぬ。

不承不承ではあるが了承の言葉を口にする。


「確認致します・・・」


そう言った後は用事が終わったという様に「それでは宜しく」とだけ言われ丸目様はその場を去って行かれた。

何なのじゃ!!本当に神仏の掌の上で踊らされておる様な気分じゃ。

忌々しい事この上なし。

拙僧は伝書鳩や飛脚ではないぞと声を大にして言いたいが、黒田様との話し合いも平行線のまま・・・一度戻り確認するだけでも違おうと思い直しこの場は堪えた。

しかし、内心の怒りは治まらず、押し殺して今はもうそこに無い丸目様の後姿をジッと睨んでおると、黒田様が声を掛けて来た。


「丸目様をお嫌いですか?」

「いや・・・そのようなこ」

「実は私も嫌いです」


黒田様は満面の笑顔で恐らくは本当に心からのそう言われたのであろう。

それはまるで同志でも見つけたという様に喜びから拙僧の言葉途中でもお構いなしにそう言われたことであろう。

嬉しさから心逸ったのやもしれぬな。

拙僧もそれに応えて本心の述べた。


「実は・・・拙僧も嫌いです」

「おお!!やはりそうですか!これはしたり、気が合わぬと最初は思ったのは早とちりのようで、我らは実に気が合いそうですな~」


その後はお互いに丸目様への愚痴の応酬で大いに花を咲かせた。

黒田様とは今後とも上手く付き合って行けそうじゃ。


〇~~~~~~〇


三人称の話でした。

さて、備中高松城の戦いも佳境です。

この戦いを含め忍城の戦いと太田城の戦いの三つは日本三大水攻めと呼ばれています。

そんな高松城の和議交渉は実際に作中と同じ2人が交渉役を担ったようです。

さてさて、毛利方の交渉役であった瑶甫恵瓊(安国寺恵瓊)は臨済宗の禅僧で、毛利の外交僧として活躍しました。

人物鑑定に定評があり、信長の高転びや秀吉の大出世を予見したなどと言われます。

「聖人君子」とも言われる程の評価を受ける人物だったようですが、その反面、悪癖もあり、失敗談も中々に秀逸な人物です。

では、実際、どんな悪癖(欠点)だったか!!

先ず酒好きで、酒癖が悪かったようです。

更に男児好き・・・Oh No!マジかと思いますよね~

マジです。

ある日、酒に酔ったこの坊さん恵瓊が当時の主君であった毛利輝元の小姓らを呼びつけ、手を出してxxxチョメチョメチョメしたようです。

当時の小姓は雑用係のような役回りですが、時には主君の夜の相手をすることもあったそうでこれを男色とか衆道などと呼びます。

有名な所で、信長と蘭丸とかでしょうか?

話を戻し、恵瓊のこの不貞行為は毛利輝元の逆鱗に触れたと云えられています。

翌朝、酔いも醒めて目を覚ました恵瓊はもう既に自分のやらかしが皆に知られ主君の毛利輝元の知る所になったことを知ると、「本当に申し訳ないことをしました。どの様にお詫びすればよいか計り知れません」と言う様な内容の謝罪文を直ぐに毛利輝元に送った為、毛利輝元は恵瓊の優秀さに免じてその時は許したそうです。

酔ってない時日頃は真面目だからこそある意味許された感もありますけど・・・

しかし、性癖が凄いと思うなかれ!!

この時代では衆道は立派な紳士の嗜みです!!

変態紳士の嗜みではありません。

衆道は本当に趣味の域で、有触れたものだったようです。

恵瓊のやらかしで問題視されたのは主君の毛利輝元の小姓だったこと!!

欲を断たねばならない僧侶だったこともミリ少し問題だったようです。

まぁ一般的な者たちは置いておき、一方では衆道を好まなかった者も居たようです。

代表格は秀吉。

衆道は好まなかったようで、女性オンリーだったようですが、その女性の件で問題が多すぎた人物です。

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