第233話

「織田殿、本当に宜しいので?」

「ここに至ってはキンカン頭に我が首を渡さぬ事こそ意趣返しとなろう」

「いえ、今ならまだ織田殿一人位なら某たちで助け出せますが?」

「儂の役目も終えたのであろう・・・丸目殿の視た先の世では儂は死んでおるのであろう?」


う~ん・・・覚悟しておられるからこれ以上の留意は水を差すことにしかならない。

釈然とはしないが、信長さんの意思を尊重するしかないようだ。

頷くと「では頼む」と言う・・・これも歴史的な強制力なのか?

俺の絡むことで起こると思っていた事象改変の能力は不発のようだ。

豊さん(武田信豊)を助けられたから信長さんも何となく助けられるんじゃないかと安易に考えていたが、どうやら難しいようだと言う事を知らされた。

何か条件があるのかもしれない。

ふとそんな事を考えていると、信長さんは思い出したとでも言いそうな感じで俺に依頼して来た。


「お~そうじゃそうじゃ」

「何ですか?」

「次の天下人の猿めに伝言を」

「承りましょう・・・」

「後は任せたとお伝え頂きたい」

「それだけで宜しいので?」

「それと、儂の刀を形見分けとして猿に渡してくだされ」

「承りました・・・」

「宜しく御頼み申す」


そう言って信長さんは俺に深々と頭を下げた。

俺たちが戦場を退いたことで敵の勢いが増したようだ。


「長様、急がねば持ちそうにありません!!」


外の様子を見ていた美羽がそう言って来た。

敵兵を死に物狂いで抑えていた者たちの限界も近いようだ。


「では、おさらば」


そう言って信長さんは腹を召された。

そして、こちらを見てにっこりと笑い「お早く」と言う様に俺の介錯を促す。

俺は「御免!!」と一言言い信長さんの首を切り落とした。

切り落とされた首は何故か満面の笑顔だった。

顔だけ見ると悔いが無いというようにも見えるが、道半ばで死ぬのだ悔いは残る筈なのに・・・

考え事をしている暇はない様で、「お早く」と美羽に言われた。

急ぎ首を布に包み、形見分けと言われた大小の刀を携え、屋敷に火を放ち、俺・美羽・千代の三人は逃げる準備に取り掛かった。

ここを去ろうとした際に小姓の一人から「上様の事、ありがとうございます」とお礼を言われた。

まだ二十歳前だろうか?本当に若い小姓さんが深々と頭を下げた。

俺は頷き、「お達者で」とだけ声を掛け、急ぎその場を退散した。

そう言えば、名前を聞き忘れたな・・・

しかし、そんな悠長な時間もないので仕方がなかった。

確か信長さんが「お蘭」と言っていたから森蘭丸君だな、多分。


★~~~~~~★


上様織田信長が身罷れたぞ」


私は声を大にして皆にそれを告げた。

後は一人でも多くの者を道連れにして上様の後を追うのみじゃ。

多くの者が同じ気持ちなのであろう、「おおーー!!」と叫び、敵に更なる猛攻を仕掛けた。

皆が皆、傷など気にせず敵に向かって斬り掛かる為、殆どの者がこの戦いの後は生きていまい・・・

そういう私も既に槍で腹を刺されており、死を待つのみだ・・・

上様との日々が走馬灯のように思い出される。

私は森家の三男として生まれた。

私の父は上様の信頼篤き森三左衛門可成よしなりで私が幼い時に戦死した。

立派な最期だったと聞く。

その縁で上様の小姓となった。

上様には特にかわいがってもらったと思う。

命の火が消える最後まで上様との思い出が頭を駆け巡った。

丸目三位様・・・人を食ったような方で、癪に障る人物ではあったが、上様を看取ってくれた大恩人だ。

彼がここを去る直前にお礼を述べた。


「上様の事、ありがとうございます」

「お達者で」


天狗の面で顔は見えぬが、泣いているように見えたのは気のせいか?

もう、意識が保てそうにない・・・


「上様・・・お側に参っります・・・」


その一言を最後に私はそのまま永遠に意識を失った。


★~~~~~~★


上様織田信長が身罷れたぞ」


森様が叫ばれたと同時に味方から鬨の声が上がる。

俺も皆に合わせて「おおーー!!」と叫んだ。

俺は奴隷としてこの国にやって来た。

肌の色がこの国の者よりも黒き事で「黒坊主」「黒男」等と呼ばれた。

この国に連れて来たのはキリスト教の宣教師だ。

俺は宣教師アレッサンドロ・ヴァリニャーノの使用人として上様(織田信長)の御前に連れて来られたが、何故か気に入られて彼の家来となった。

最初にお会いした時に「体を黒く塗っているのか?」と聞かれた。

何て失礼で物知らずな男だと思ったが、この国の者で俺の様に肌の色が黒に近い色をした者は一人も居なかったのでその質問も仕方ない事なのだろう。

しかし、確認するのに肌が荒れるまで洗われたのはいただけないな。

上様の家来となると生活が一変した。

先ずは名前を与えられた。

奴隷の頃は「おい」とか「おまえ」とか「そこの」とか名前で呼ばれることなど無かったが、上様の家来となって以降は「弥助やすけ」と言う名を与えられ、更には上等な着物に武器と家までくださった。

まるで王侯貴族にでもなった様な気さえする。

ある夜、滞在先の寺が何者かに襲われた。

後に惟任様(明智光秀)の軍が奇襲して来たと知った。

惟任様は上様の家来なのに何故?と思ったが、周りの者が「謀反」と言うからそうなのであろう。

上様はご自分でも弓や槍で戦われた。

味方として戦う者の中に異形の者がいた。

赤い顔に長い鼻・・・お面かな?

黒い鳥の様なお面を被っているが背中に黒き翼を生やし・・・本当に飛んだ!!

獣の面を被った巫女と呼ばれるシャーマンの格好をした者は何やら術を使っているようだ・・・やはりシャーマンとは恐ろしい者だ・・・

その戦いで俺は生き延びる事が出来た。

惟任様の前に引き出されたが、殺されることはなかった。

そして、「人ではない」等と言われ「伴天連の者に引き渡しておけ」と言う惟任様の命令で京で布教しているキリスト教の宣教師の許に連れて来られた。

宣教師たちに事情を話すと一様に皆驚き詳しく聞きたいというので教えてやった。

解放された奴隷は自由だ。

後は好きに生きさせてもらおう。


弥助の証言は現地リポートとして本能寺の変が遠く海を渡りローマにまで伝えられたという。

弥助の言の中には「織田軍の中にモンスターを見た」等と言う事も述べられていた為、信長は悪魔使いではないかともローマでは囁かれる結果となる。


〇~~~~~~〇


色々とうんちく語りたい今回の話ですが、「弥助」について語りたいと思います。

生没年不詳の人物で、イタリア人巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノが来日した際、インドから連れてきた使用人で、出身地はポルトガル領東アフリカ(現モザンビーク辺り)であるというのは解っているようです。

「信長公記」には「切支丹国より、黒坊主参り候」と書かれているそうで、初めて黒人種を見た信長は、肌に墨を塗っているのではないかと疑い、着物を脱がせて隅々まで体を洗わせたそうです。

彼の肌は綺麗に洗われたことで一層黒く光ったという黒光り伝説が残っています。

さて、その黒人種ですが、「弥助」と言う名前を与えられ、私宅と鞘巻(腰刀の一種)を与えられ、時には道具持ちをしていたという記述があるといいます。

信長のお気に入りの一人となり巷ではゆくゆくは殿にするつもりなのではないかと噂さになっていたそうです。

殿とは身辺警護のボディーガード的な意味合いです。

本能寺の変の際も将兵と共に明智軍と戦いったとか戦ってないとか・・・

戦闘したかどうかはさておき、戦闘終了後に明智軍に投降し、その際に光秀は、「黒奴は動物で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺さず」と家来に述べ、「伴天連の宣教師たちの居る聖堂に連れて行け」と命じたと言われています。

発言は見下していますが、家臣たちが殺害を進言していた中でのこの発言だった様なので弥助に温情を掛けたのではないかとも言われています。

まぁ娘(ガラシャ)とかキリシタンですし、御情け説は意外とあるかもと思います。

光秀の命令通りに弥助は京の聖堂に連れて行かれ宣教師たちに引き渡されました。

「イエズス会日本年報」と言う現地リポートの報告書に弥助の談が報告されたようです。

今でもローマにその資料が有るとか無いとか・・・

そのレポートでは光秀が信長のデスマスクを作ったとか色々盛られて報告されているようですが、信長の首自体が入手できませんでしたので物理的に無理ですね。

弥助がデスマスクの存在自体知っていたかも怪しいので聞き取った人物の盛盛なのでしょう・・・

報告書なのに色々と盛られていたのでしょうけど、その報告書の中には明智勢以外の勢力が敵に味方していたことなども書かれているようで、僧兵や外国人などが敵方に交じっていたことも書かれていたとかいないとか・・・

最初の攻撃時には明智勢では無かったことなども言ったとか言わないとか・・・

本当に盛盛で真偽が謎過ぎる報告書となっている様な気もしないではないですが、その疑問から一部の研究者の方が研究した結果、本能寺に光秀は行っていないのではとも言われます。

距離と時間を考えると本能寺の変が起こった時間にその場に光秀がいる事が物理的にも難しい様ですし、本当に光秀は黒幕にいい様に利用されただけかもしれませんね~

さて、話は戻し、この後の弥助の消息は不明ですが恐らくは国内の何処かに居たと思われます。

国に戻るにしても日本国内を出るにしてもその為には莫大な渡航費がかかることから、着の身着のままで放逐され一文無しの弥助にはハードルが高いと思われます。

元奴隷ですから海外の商人の伝手とかも無いでしょうから本当に難しいと思います。

宣教師たちが手配・・・する訳ないですね~元奴隷の元使用人に便宜を図る価値など無いとみなして解放してはいさようならと言ったところだと思います。

本能寺の変以降の他地域の史料の中に黒人種が登場するものがあり、奴隷として連れて来られた外国人に黒人種がおり、弥助以外にも黒人種が来日していたようなのですが、それらの資料に登場する者が弥助なのかは分かりません。

特に日本における奴隷市場が九州(長崎)にあったので比較的に九州には多くいた様で、大砲を扱える黒人などの記録が残されているようです。

現在何かと話題の弥助ですが、一部では「黒人侍」等とも呼ばれますが、某ゲームでは歴史改変などと言われ炎上しているようです・・・

そもそも弥助は侍ではありませんけどね・・・

それはそれとして、歴史認識重要ですよね~勿論、ゲームとかなので改変とかあるとは思いますが、信長のお気に入りの人物と言うだけの上、日本に一年ちょっとしか居なかった人物で、何の偉業も残していない者を英雄視するような認識阻害を起こしそうなゲーム内容が歴史認識を改変させることに繋がると言われ批判されています。

うん、宮本武蔵のパターンと同じような気もしないではないですが、武蔵以上に盛り過ぎなんでしょうね~

まぁ他にも歴史改変と思える様な箇所が多い様なので・・・

この作品でもそういう事踏まえなくても弥助と言う人物はちょい役だよね~と思いましたが、この作品のヒロインの1人も元奴隷で黒人種なのでちょい役だけど少しだけ知られているモブとして登場させました。

でも、謎の多い人物と言うのは二次創作とかの場合は中々良いネタだとも思っちゃいますので弥助は良いキャラだとも思いますね。

リアリティを追求したゲームだったから炎上した?

フムフム、中々にそちらも興味深いですね~

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