第200話

松永久秀は快晴の空の下、己が居城の信貴山城しぎさんじょうの天守閣から眼下で織田兵に取り囲まれた様を見ながら考える。

過去に何度も見た風景ではあるが、今回は今まで以上に人人人と今までよりも囲まれている人数が多い。

彼方まで続くのではないかと思えるほどの大軍勢に取り囲まれている。

越後国の関東管領・上杉謙信殿が加賀国にまで進出し、柴田殿の下、滝川一益、丹羽長秀、前田利家、佐々成政ら歴戦の織田家の主力の殆どが上杉家との決戦を踏まえ、北陸に三万余の大軍で集結し、畿内周辺が手薄になったことを機に、3度目の謀反を企てた。

織田殿は、嫡男・織田勘九郎殿(織田信忠)を総大将とし、儂と因縁ある筒井勢を主力とした十万の軍勢を送り込み我が城を取り囲んでおる。

何処で如何間違えてここに至ったのか?

長、いや、丸目四位殿より聞いた話では織田殿は天下を取り溢すと言った。

濁された部分も多く詳細は不明であるが、今回は織田殿の最後と思うたが、当てが外れた様じゃ。


「関東管領殿より多くの軍勢をこちらに仕向けるとは過大な評価よの~」


誰が聞いている訳ではなく独り言ちる。

天下は麻縄の如くと言うが、長慶様が治めていた天下が織田に移り、丸目四位殿の話では更に二人の天下人が現れ、その後一時の太平の世となるというておった。

確か、織田、羽柴、徳川じゃったな・・・あの徳川が天下人?

信じられぬが・・・


「殿!織田よりの使者が参りました!!」

「左様か・・・では、お会いせねばな」


さて、今回も許しを請うことになるであろうが、何を指し出すこととなるやら・・・生き残ってこその話じゃ何を置いても生き残らねばなるまい。

ご使者は猿面冠者の木下殿の様じゃ。

確か北陸にて失態を演じ織田殿に叱責され、今回の戦では獅子奮迅の活躍をされたとか。

珍しい者が儂のご使者としてやって来た者よ。


「お~これは木下殿、よう参られた」

「はっ!上様(織田信長)よりの使者として罷り越しましたが、木下姓を改め、今は羽柴はしばと名乗って御座る」

!!」


遠い記憶で少し自信がないが、今しがた考えていた天下人の一人の苗字じゃ。

丸目四位蔵人殿が語られた次の天下人はこの者かとギョッとした。

そして、まじまじとその顔を眺めていると、木下殿改め羽柴殿が怪訝そうな顔をしながらも改名理由を述べ出す。


「北陸で柴田殿と喧嘩いたしましてな・・・今後は少しでも仲良くしたく思い、柴田殿の「柴」の一字と、織田家随一の働き者の丹羽殿の一字「羽」の二文字にて「羽柴」と致しました」

「ほ~成程の~丸目四位殿のご意見ですかな?」

「長さん、いえ、丸目四位殿の意見ではなく某が己で考え改めました」

「左様で・・・」

「松永殿、上様より御伝言です。名器・古天明平蜘蛛を指し出せば今回の件は不問と致すとのことで御座る」


苗字は丸目四位蔵人殿の入れ知恵ではないようじゃ・・・と言うことは間違いなかろう・・・

更にマジマジとその猿面冠者の羽柴殿を見る。

どう見ても次の天下人とは思えぬが、惚けた様な猿顔のこの者が・・・だが、考えてみれば長慶様も元は一国人であった。

細川の被官から下剋上を成し天下人となられた。

それこそ、運よく天下を掴み天下を治められた。

羽柴に徳川か・・・あるのやもしれぬな。

何やらおかしくなり含み笑いをしておると、業を煮やしたように羽柴殿が問いかけて来る。


「聞いておられますか?」

「お、おう、聞いておるぞ」


少し考え事をしていたことで聞いていないように取られたようじゃ。

確かに気が逸れておったことは間違いない。

しかし、中々に短気な御仁じゃ、この者が天下を治め大丈夫か?と不安が過る。

今は丸目四位蔵人殿と仲ようしておると聞くし・・・何とかなるのかもしれぬ。


「再度申し上げる、ご自分の進退の掛かることで御座るぞ、よくお聞きくだされ!・・・上様は平蜘蛛の茶釜を差し出せばお許しになるそうです」

「さよか・・・」

「では、お渡しいただけますね」

「あれだけは渡すことはできん!!」

「そうですか・・・残念です」


そう伝えると「では、一刻後に総攻め致しますのでそれまでにご意見変わりましたら使者をお送りください」と述べ羽柴殿は立ち上がった。


「羽柴殿」

「何で御座る?」

「一つ、丸目四位蔵人殿に伝言を頼めるかな?」

「長さんに?・・・いえ、理由は解りませぬが、承りましょう・・・」

「忝い」


これが丸目四位殿、いや、長に伝える最後の言葉となるのであろうと思うと感慨深いものがある。

そして、その伝言を伝えるは不思議な縁ではあるが次の天下人・・・何と面白き事かな。

自然と笑みが漏れる。


「流石に儂の物でない物を勝手に渡すなど出来ん・・・仕方なし、長よ、地獄に持っていくから必要ならばお前が死んだ後に取りに来い!それまでは大事に預かっとく!!では、おさらば!!!」


言い切ると羽柴殿はキョトンとした顔でこちらを眺めておる。

しかし、ハッとした顔をしてこちらをマジマジと見て来よる。

そして、居住まいを正された。


「確かとお伝えくだされ」


こちらも居住いを再度正し深々と頭を下げると、羽柴殿は「承りました」と言い、あちらも深々と頭下げられた。

そして、羽柴殿は立ち去る間際にこちらを再度振り向き、「長さんに必ずお伝えします」と言ってくれた。

何故か安心したような不思議な気持ちとなり、心が軽くなった様な気がしてしもうた。

長に返しそびれた平蜘蛛の茶釜を冥途の土産に長慶様に会いに行こう。

長があちらに来るまでこの茶釜で沸した湯で入れた茶でも長慶様に馳走しながら待つとしようか。


「さて、長慶様に良い土産話が出来たものじゃ、ふふふふふ~」


松永久秀は「この平蜘蛛の釜と俺の首の二つは、やわか信長に見せさるものかわ」や「平蜘蛛の釜と我らの首の2つは信長公にお目にかけようとは思わぬ、鉄砲の薬で粉々に打ち壊すことにする」などと語ったとも言われる。

又、平蜘蛛を叩き割って天守に火をかけ自害し果てたとも、平蜘蛛に火薬を詰込み火を放ち爆死したなどと言われる。

「乱世の奸雄」「梟雄」と呼ばれた松永久秀は享年68歳にてこの世を去る。

首は安土へ送られ、遺体は筒井順慶が達磨寺へ葬ったとされる。

史実では東大寺大仏殿が焼き払われた日と同月同日であったことから、兵達は春日明神の神罰だと噂したらしいのでが、この世界線では松永久秀の代名詞となる「三悪」は1つとして成しておらず、かつての三好長慶の忠臣としてのみ語られることとなった。

そして、同じく、松永久秀と共に平蜘蛛の茶釜は失われることとなった。

これが歴史的な強制力なのか誰も知るすべはないが、最後に会った羽柴秀吉が丸目蔵人に送った書状にて最後の言葉と共に「松永殿は最後は晴れやかな笑顔で悔いの無い顔をしておられた」と書き残している。


〇~~~~~~〇


記念すべき200話なのに主人公不在!!

でもこの話、24話と連動する話となり、結構自分の中では重要な話となります。

記念すべき200話に持って来れたことは嬉しくもあります。

と言う訳で、初期の中心人物である松永久秀が亡くなりました。

既に結果含め書いている話だったので書くかどうかも少しだけ迷いましたが、ある意味次の主要人物にバトンタッチ的に秀吉と久秀を絡ませました!!

まぁ既に中心は秀吉に変わっている訳ですが・・・

さて、松永久秀の下に使者として行ったのは史実では佐久間信盛と言われております。

しかし、この作品では羽柴秀吉に行かせました。

また、羽柴姓に秀吉が変えたタイミングも諸説ありますが、このタイミングに改変しました。

1573年説では浅井滅亡後、近江の今浜を領地としていた時に「長浜」に地名を改めた時に共に姓も「羽柴」に改めたとされております。

1583年の賎ヶ岳しずがたけの戦い前後から、織田旧臣の掌握のために羽柴姓に改めたと言う説もありますので現状では史実でもよく解っていません。

さて、今回の題材であった松永久秀との戦いを信貴山城しぎさんじょうの戦いと言いますが、実際に織田信長から羽柴秀吉は北陸戦線からの離脱行動は激怒され叱責を受けております。

織田信長は「驕り」「怠け」など含め、この時に秀吉が取った様な行動は特に許さない傾向がありました。

まぁ他の大名も同じく許さないと思いますけどね。

そう言うことで、秀吉は進退に窮したが、丁度、信貴山城しぎさんじょうの戦いなどが始まったことで一時処分の棚上げとなり、織田家当主・織田信忠の指揮下で佐久間信盛・明智光秀・丹羽長秀と共に松永久秀討伐に従軍して、功績を挙げたと言われております。

この功績が認められて山陽道・山陰道である中国路方面の攻略を命ぜられたそうですから本当に秀吉の強運には驚かされますね~

現在のストーリー的には第三次信長包囲網と言われる時期で、この時期から本能寺の変までの歴史的な動きが面白いと言う方多い時期でもあります。

幾つか主人公が関与し大きく歴史が変わった部分がある為、それにより明暗が変わります。

次回は主人公側に視点が戻り、ストーリーが展開して行きます!!

200話までお読み頂いております読者の皆様、ありがとうございます!!

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