第344話
伊達家のお迎えが来ており、米沢城にやって来た。
あれ?仙台城ちゃうのと思うだろ?実は仙台城が出来るのは先の話で、現在は米沢城に居を構えている。
「丸目二位蔵人様、それとその御一行様、よう参られました。拙者は伊達家に仕えております片倉小十郎景綱と申しまする。皆様方の案内役を仰せつかって御座いまする」
おお!あの有名な片倉小十郎さんが案内役らしい。
知の片倉と呼ばれる伊達家随一の智将だ。
因みに武の代表格は伊達
「宜しくお願い致す」
挨拶が終わると早速、伊達正宗とご対面!!
「よう参られた。拙者は最上源五郎義光と申す」
「某は最上家家臣、鮭延典膳秀綱と申しまする」
あ・・・城主差し置いて挨拶して来たお二方。
凄い歓迎している雰囲気ではあるが、後に控えて居る眼帯をした片目の若者が引き攣った顔で固まっているけどいいのかな?
「源五郎様、典膳殿・・・我が殿を差し置いてご挨拶は頂けませぬな・・・」
案内役の小十郎さんも引き攣り笑顔でそう言っています。
「おお!すまん、すまん。気が逸っての~」
「誠に申し訳ない・・・儂も源五郎様と同じく気が逸り申した」
いや、凄い笑顔で言っているので悪いと思っているのか微妙ですがな・・・
まぁ挨拶されたので此方もご挨拶。
「某、丸目蔵人長恵と申す。歓迎頂き痛み入りまする」
そして、そっと伊達政宗の方を伺い見ると、咳払いの後、挨拶をして来た。
「遠路遥々よう参られました。拙者は伊達藤次郎政宗と申す」
「丸目蔵人長恵と申す。歓迎痛み入りまする」
少し殺気を飛ばして来たので歓迎しているかは微妙だが、にこやかにそう挨拶した。
まぁ俺に殺気を飛ばしたのか最上さんと鮭延さんに飛ばしたのか解らないのではあるけどな。
さて、実際に宴席が持たれたが、最上さんと鮭延さんが俺と鮭談義を始めたので伊達政宗とは殆ど会話らしい会話をしていない。
仕方無いので同行者の羽(羽長)と春(春長)を伊達政宗の許に行かせている。
遠目には悪い感触では無い様なので、鮭談義に集中することとした。
この二人は本当に鮭が大好きなようで、家さん(徳川家康)への贈答品は鮭を必ず送る程の力の入れようらしいけど、話を聞くと面白い。
現在は上杉家と庄内地方を奪い合う間柄で、その地は係争地となっているようだが、話を聞けば鮭の為にも確保したい場所だと声高に叫ぶように話している。
「鮭の皮を少し塩を強めにふり焼いたものがあれば何杯でも飯を食えますし、酒の肴としても最高で御座いますよ」
「確かに鮭皮は美味いですな。それに鮭の卵は絶品!!」
「何と!鮭子ですか?」
おっといかんいかん。
この時代は「イクラ」は日本に伝わっていなかった事を思い出した。
「イクラ」というのはロシア語で魚の卵を指す。
魚卵は何でも「イクラ」と呼ぶのでキャビアも「イクラ」なのだ。
キャビアは「黒いイクラ」と呼ばれ、鮭の卵は「赤いイクラ」と呼ばれたそうだ。
日本では「イクラ」と言えば鮭の魚卵で、イクラの醤油漬けとか寿司の定番だよね~
ロシア式の鮭の魚卵の加工方法(塩漬け)は大正時代に伝わったらしいから現在は勿論無い。
一般に魚卵とワインは相性が悪い。
同時に食べると鉄イオンが発生し生臭さが増す為と言われていた。
まぁこれは前世知識であるし、現状で「イクラ」はあまりメジャーな存在ではない。
塩漬けはもしかしたらあるかもしれないが、日持ちする物ではないので食べるとしても地元食材なのかもしれない。
「物好きが煮たり焼いたりして食すと聞いたことは御座いますが、塩漬けにしてとは・・・聞いたことは・・・」
鮭延さんがそう言っているが、「イクラ」の美味さを知ったら更なる鮭好きになりそうな予感。
それに現段階で彼が想像して言っているのは筋子(卵膜に包まれた状態のもの)の塩漬けの事であろう。
「恐らく、お二方も食せば虜になりましょう!!」
「なんと!」
「そこまでですか!!」
鮭好きの二人の圧が上がる。
是非とも製造方法を教えて欲しいというので俺は知っている限りのことを教える事とした。
少し手順としては違うが、先ずは塩漬けの筋子を作成するのだが、出汁醤油で戻してから塩味を調整する漬け込みを教えた。
更に、卵膜を取り外す方法として膜を少し破り格子状の目の粗い網の上に抑えつけて揉む事で卵を取り出す方法を教えた。
二人は食い入るようにそれを聞き、「試してみる」と言っていた。
そして、鮭を美味しく食べる方法としてチャンチャン焼き、西京焼きに照り焼きなどを教えてみた。
★~~~~~~★
最上義光たちが自国へと戻った後の話となる。
彼らが帰国すると早速とばかりに蔵人に教えられた料理を試そうと料理人を呼び出し、蔵人より渡された
そして、鮭談義を始めた。
「蔵人様が仰った「いくら」なる鮭の魚卵の方はまだ試せぬが、直ぐに出来そうなちゃんちゃん焼きなるものは、早速、料理人に手配して作らせておる」
「実に楽しみですな!!」
最上義光の言葉に顔を綻ばせて答える鮭延秀綱は先に用意された鮭皮を肴に酒を煽りつつ答えた。
義光も「うむ」と言いつつ程良く焼かれた鮭皮を一口食べ、酒を煽る。
そうこうしている間に料理が出来上がった様で彼らの前に料理が鎮座した。
「そそられる匂いですな」
「そうじゃな」
「源五郎様!私めが毒味を!!」
「な、何を言うか!!毒味なぞ必要無かろう!!」
味噌の香りとともに鮭や野菜の美味しそうな匂いが混ざり合い二人の五感を刺激する。
鮭好きの二人は新しき調理法を試した料理を最初に食したいという願望から何方が先に食べるかで言い争いを始める。
それを見兼ねた運んで来た料理人が言う。
「誠に美味しい料理で御座いました」
「「!!」」
料理人に先を越されたことを知り一瞬固まるも気を取り直して二人分取り分けて一緒に口に入れる。
焼けた味噌と鮭と野菜の旨味が舌を楽しませ、頬を下げさせると同時に感想を口にさせた。
「「美味い!!」」
どうやら口に合った様で先を争うように平らげ、お代わりを所望した。
大変満足したようで、更に鮭談義で花を咲かせることとなり、その日は遅くまで鮭と今後について熱く語り合う二人であった。
それから鮭の遡上時期となり蔵人から教えられた製法で筋子の塩漬けを作り、教えられたとおりの方法で「イクラ」を作り出し、「イクラ」を始めて食した二人はその美味しさに直ぐ様に虜となる。
あまりの美味しさに鮭の増産の妨げになるのではないかと危惧した二人は「イクラ」を特別な珍味として製法を秘匿した。
しかし、自分たちが食べる分の少量を作ったことで家中の者たちから幻の珍味として囁かれる事となるが、それは又別の話。
イクラ派と筋子派で問答が起こるがそれもまた別の話。
〇~~~~~~〇
最上義光と鮭延秀綱が中心の話でした。
最上義光は「鮭様」と一部の者に言われる程の鮭好きで、同じく、その家臣の鮭延秀綱も鮭が好き過ぎて苗字に鮭を入れた程・・・嘘です。
鮭延秀綱が大の鮭好きだったのは有名ですが、居城の地名である鮭延を苗字としただけです。
この人がまた面白い人物で、元々は近江源氏佐々木氏流六角氏支流鯰江家の一族で、親父の代までは佐々木を名乗っていたようです。
幼少の頃に親父さんが戦で負け、秀綱は捕虜として大宝寺義増に連行され、彼の小姓をしていたそうです。
親父さんは負けて鮭延城に居城を移すと鮭延に苗字を改めたのでそこから鮭延と名乗ったと云われます。
その後は、元々、親父さんが小野寺家に仕えていたので大宝寺家に保護されていた小野寺景道という人物に何故か仕える事となったようです。
親父さんから家督を譲り受け秀綱が鮭延城主となると最上義光と戦う事になり、調略で内部切り崩しをされあえなく降伏し、本領安堵を条件に最上義光に仕えるようになります。
彼の見せ場は関ケ原の戦いの裏で行われていた最上・伊達連合軍VS上杉の戦いである慶長出羽合戦でしょう。
上杉方は直江兼続を大将に戦ったのですが、鮭延秀綱は奮戦し、直江兼続に「鮭延が武勇、信玄公・謙信公にも覚えなし」と言わせたほどの活躍だったそうです。
更に兼続は、後日、秀綱に対し褒美を贈った程の活躍だったようです。
敵方から贈られる程と言うのは凄いですね。
さて、最上家は義光の孫の代で最上騒動というお家騒動が起こり、没落します。
因みに最上家の所領は江戸初期三名君の一人、保科正之(私の推し偉人です)が引き継ぐ形となり、山形に多くの家臣を連れ移住します。
統治は三名君の一人ですら苦労する程だったようです。
さてさて、話を戻し、秀綱は土井利勝(老中、幕府の要人です)預かりとなります。
その後、時の将軍徳川秀忠より彼の次男・忠長の附家老になるよう要請があったそうですが、秀綱は固辞し土井家に残ったと云われます。
少し話を戻し、最上家を出た後は大変苦労した様で流浪の身となった秀綱の生活を支えたのは山形から一緒に付いて来た家臣達でしたが、一時的に彼らは物乞いにまでなる程に困窮しましたが、それでも彼らは秀綱を支えたそうです。
秀綱は以前縁があった土井利勝を頼って何とか仕官します。
秀綱は困窮しても己を助けてくれた家臣たちに報いる為、土井家仕官で得た禄を全て均等に分け与えて報いたと云われます。
全ての禄を家臣に与えた為、家なしとなりますので、その家臣たちの家々を渡り歩いて生活していたそうで、それらの出来事から渾名で「乞食大名」などとも云われます。
小説家の海音寺潮五郎先生の短編小説「乞食大名」でその名を知られるようになったそうです。
実に面白い人物ですね。
次回は正宗回?
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