第154話
京の町の郊外にある造営中の社が完成し創建の日を迎えた。
人々はこの社の完成を心待ちにしていた様で、創建日を触れ回るとその話題で持ち切りとなった。
朝も早いというのに京の町から続くこの
摩利支天様を主神とするこの大社には夫である日天様、父神である梵天様の三柱が祭られる。
先ずは地鎮祭が関係者のみで行われ、その後、参拝者を受け入れる運びとなっていたがここで事件が起こる。
「山科様、摩利支天様に真里様のご遺髪をお納め頂きたい」
神主の者にそう声を掛けられた山科様が神像に一礼した後に恭しく三方に乗る真里様のご遺髪を掲げながら摩利支天様の神像の裏へと回る。
ご遺髪をそっと掴み神像へとお納めした瞬間、神像が一瞬光を放つ。
「何事だ!!」「今光ったよな?」「おお!神よ!」
祭事の最中で皆押し黙っていたが、その光景を見た皆皆が驚き声を発する。
言葉を発しない者も驚き呆然としているだけで、一応に皆が驚いている。
その光景を見ていた私も驚いて固まってしまった。
「皆さま、ご静粛に願います!!」
神主が鎮まる様にと声を発すると皆一応に押し黙り、また静寂がその場を包む。
しかし、社の中は先程まで感じなかった厳かで清浄な空気で満たされている。
この雰囲気はまるで真里支天庵の様なそんな気さえする。
巫女姿の私に山科様がそっと声を掛けて来る。
「お金・・・真里支天庵の雰囲気に近いな・・・」
「はい、近いかと、しかし、こちらの方が神々しい?ような・・・」
「そうじゃな・・・あそこと比べ何だか神々しいような気が確かにするの」
その後は滞りなく儀式は終わり、この日より摩利支天様の大社は創建された。
「いや~驚きました!」
「ほんに驚きましたな~」
今井様、津田様が山科様にお声掛けをされていらっしゃいます。
「二人とも見た様じゃな」
「はい」「勿論です」
話の内容は先程の謎の輝きだろう。
私の目には摩利支天様の神像が光った様に見えた。
話からも三人様とも摩利支天様が光ったと言っておいでだ。
「おお、皆揃って先程の話でおじゃるか?」
近衛様も加わり先程の謎の光についてお話を始められた。
そこかしこで同じ話題で皆が話しているのであろう。
ガヤガヤと騒がしいが、皆一様に「凄い物を見た」と言う感想があちこちで聞こえて来る。
将軍家・織田家の名代としてこの儀式に参加した明智様は摩利支天様の像を一心に拝まれておられるようだ。
とても信心深い人物なのかしら?
見れば他にも同じ様に神像に祈りを捧げる者たちは多い。
そうよね~あの光景を見たら拝まずにはいられないでしょうね。
さて、お参りの長蛇の列が待ち受けているのでこの場に居る方たちには申し訳ないが早々に場を譲って貰わなければならないが・・・
「さあさあ、町衆がお待ちですから場所を開けましょうぞ!!」
吉田様が声を掛けられたことで皆が移動を開始する。
この吉田様は京の名医と知られる人物で、真里様のお怪我を診たりしてくれたことが縁で、蔵人様とも懇意にしていた方だ。
将軍家の侍医も務められた方で、何と明国にも渡った経験がお有りの方で、その際に明国の皇帝を診たほどのお方で、現在、朝廷で
「吉田様、ありがとうございます」
「ほっほっほ~お金殿もご苦労様ですな」
「いえ、苦労し甲斐のある事ですから」
「左様じゃな~して、今日は蔵人殿は来れませなんだか」
「はい、実は現在、蔵人様は
「蔵人殿程の方が
「実は・・・」
事の経緯を話すと「成程の~しかし、来れなんだ事は残念じゃな」と言われる。
蔵人様が懇意にされたことで数人の者を吉田様の下に預け、医者としての修行をさせている。
これも蔵人様の計画の一助となるという話だ。
さて、吉田様の一族は京で土倉業もしておられると言う事で、投資先として堺や博多の商人と同じように蔵人様の資産の一部を渡している。
京でも指折りの商家だったようであるが、蔵人様の資金を得て益々繁盛しているようで、今回のこの社造営の資金の一部も出された一族である。
蔵人様は医師の方々にも投資と称して援助されていらっしゃる。
吉田様以外にも
最終的にはそれらの方々の知識を持ちより今後の医療の貢献できるようにと医学書を作るという話だ。
それに賛同された方々が援助金と共に弟子を受け入れてくださっている。
吉田様のお言葉で皆が社を出たので一般参内が始まる。
さて、私も今日はその手伝いだ、頑張らねばと気合を入れ直し、社務所へと足を運んだ。
〇~~~~~~〇
戦国時代で有名な医者と言えば
後は永田徳本・田代三喜が有名で、3人共「医聖」とまで呼ばれた人物です。
さて、今回登場した吉田と言う医者をご存じでしょうか?
吉田
室町幕府12代将軍の足利義晴の侍医(御典医)を勤めた人物で、漢方薬に特に造詣が深い人物だったようです。
天竜寺の
約8年ほど明に滞在したようです。
そして、この人物が凄いのが、再渡明し2回も海外に行っております。
さて、その2回目の際に時の明皇帝の病を診て癒したそうで、
これは「医は意なり」と言う意味で、唐時代の名医、
簡単に言うと名医という事なのですが、この吉田
吉田医師は漢方(本草)の薬効についてよく論じたそうで宋時代の「日華子諸家本草」の著者に擬して日華子と号したようです。
帰国後、法印に叙せられたそうです。
この法印と言うのは僧に準じて医師・絵師・儒者・仏師・連歌師などに対して与えられた称号で、第一人者に与える称号であり、現代では褒章受章者に該当する称号です。
さて、この吉田
名を
この人物は後々登場予定ですのでまたそこで語りたいかな~と思います!!
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