第252話

「何となくは分りました・・・理解は出来ませんが・・・」

「理解が及びませんか・・・」


理解して貰おうとは思わぬ。

理解が及ばないというと言うのは当たり前の事、常人に理解の及ぶものではない。

しかし、三位と言う高位の官位を持つ者が恐ろしい事を言う。


「はい、天下なぞ某は狙っておりませぬで、何方どなたが天下人となろうともそれはそれ、某や某の身内と思うの者たちに害が及ばぬ限りはどうでも良いという所ですよ」

「左様ですか」


丸目三位殿は「何方どなたが天下人になろうともそれはそれ」と嘯く。

そして、「某や某の身内と思うの者たちに害が及ばぬ限りはどうでも良い」と言う。

丸目三位殿や身内と思う者に害が及べばその限りではないか・・・


「我儘な生き方ですね」


自分の我を押し通す事を「我儘」と言う。

丸目三位殿の言葉は下々の者が言いそうなことではあるが、それをそれなりの立場がある者が口にすることが恐ろしくもあり、清々しくもある。

この方が牙を剥く者は直ぐに現れるのではとも思いつつも、どんな天下人とも上手くやって行くのではとも思ってしまう。


「我儘ですけど、それを犯されない限り、誰に対しても人畜無害ですよ」

「あははははは~何故あなたが多くの力のある方々に気に入られるか解った様な気がします」


丸目三位殿は剣豪として知られ、その剣は既に師の上泉伊勢守殿を凌ぐのではないかと言われ、天下一と言う者も居る。

その天下一とも目される人物には多くの手練れが脇を固めている。

恐らくは個人として討取るは尋常ならざる事であろう。

それに、一部の者しか知る由も無いが、藤林の忍び達を手足のように使いありとあらゆる事を一所ひとところに居ながら知るという陰の実力者でもある。

儂も含め多くの者がその情報を売り買いしておると聞く。

藤林の者に見放された者は目暗めくらになると言われるほどじゃ。

更に、堺の豪商たちですら太刀打ちできぬ言う程の財をもお持ちだと聞くが・・・

あの津田殿(津田宗及)がその卓越した資金運用を褒めておられたが、少し聞きかじっただけでも非凡さが伺えると言うものであった。

その人物が「人畜無害」と謳うとは実に面白い。

それだけの才能を有しておるにも拘らず、驕らずに居る人物が権力者たちに気に入られぬ訳がない。


「都合の良い道具として勝手使いされているだけですよ」

「あははははは~それは実に使い勝手が良いのでしょうね」

「さぁ、どうですかね~」


本当に使い出のある事であろう。

上様(織田信長)も気に入るはずじゃ。

近衛様(近衛前久)もいい様に使ってはおられるが、十分な配慮もしておられた。

実に良い関係じゃと思いつつ、「勝手使い」という言葉に対し、「使い勝手」と返すと、本当に解らないと言う様な顔で答えられる丸目三位殿。

解っておろうに実に愉快じゃ。

このような人物だからこそ、一つ問いたくなった。

居住まいを正し、丸目三位殿に聞く。


「では、拙者もお聞きしたい」

「何でしょう?」

「貴方様が上様をお看取られたので?」


本能寺で丸目三位殿を見たという者も居た。

そう言えば、天狗様のお弟子様でもあったなと昔聞いたよもや話を思い出し、本能寺に天狗様が現れたとの報告があったことも思い出した。

もしやすると、天狗の正体は・・・

もしそうなら、上様のお側に丸目三位様は居り、最期を看取られたのかもとも思うて聞いてみた。


「はい、ご立派な最期で、某が最後、介錯をさせて頂きました」

「左様でしたか・・・」


丸目三位殿は頷いて、「知りたかったのはそんな事なのですか?」と言われる。

いや、私が聞きたかったのは・・・


★~~~~~~★


「上様は拙者の事を何かお言いでしたか?」


惟任殿(明智光秀)の聞きたかったことは信長さんが惟任殿について何か言ったかと言う事であった。

う~ん・・・惟任殿の事なんか言ってたかな?

あ!そう言えば次の天下人がお猿さん(羽柴秀吉)だと語って聞かせた時に聞かれたな。

信長さんは「キンカン頭(明智光秀)は猿(羽柴秀吉)に討たれると言う事か?」と聞かれたから、俺が「はい」と答えたら何と言っていたか・・・

そう!「謀反人は報われぬ者よな」としみじみと言った感じで言われてたな・・・

これ言っていいのか迷う・・・


「如何されました?」

「いえ・・・」


あ~何か惟任殿が察した様に「そうですか」とか言う・・・

あ・・・そう言えば、「運さえあればあ奴も天下を治められたであろうが、運に見放されるとはな・・・今、運に見放された儂が言えたことではないが、運が無い事よの~」と言われてたな・・・


「あの、惟任殿」

「何でしょうか?」

「織田殿は運さえあれば天下を治められるとお言いでしたよ」

「運!!・・・あははははは~左様ですか・・・運・・・私にはとんと無き物ですな~」


そう言って渇いた笑いをされる惟任殿。

あ~・・・言うのやっぱり不味かった?


「上様の言ですし、はずれてはおりますまい・・・現にほれ」


そう言って自分を指さして今度は心から笑われているように見える惟任殿。

暫く笑われた後、徐に用は済んだとばかりに惟任殿は居住いを再度正された。


「では、必要無いと丸目三位殿は言われたが、上様と同じく拙者の最期をお任せ致す」

「承りました」

「有難き幸せ」


深々と首を垂れた後、惟任殿は自害の用意を始めながら俺に語る。


「首を落とされた後は羽柴殿の所にお持ち頂けますかな?」

「え?」

「いや何、お礼ですよ」

「お礼ですか?」

「はい、拙者には丸目三位殿にお礼としてお渡しできるような物は御座らぬで、我が首を

羽柴殿にお渡し頂き、褒美をお礼とさせて頂きたい」

「先に言いましたが、惟任殿の首も名誉も褒美も必要御座いませんよ」

「えい、このままでは農民にでも討たれましょうから是非にもお願い致す」


あ~そう言えば、明智光秀って農民に首取られるんだったな~と言う事を思い出した。


「では、有難く頂戴しておきます」

「それは良かった」


そう言ってニッコリ笑われた。


「では、おさらば」


ニッコリと更に笑われ介錯を所望されたので、俺は刀を抜き一太刀で首を切り落とした。


「では、今度こそお達者で」


ザッシュ


〇~~~~~~〇


惟任日向守(明智光秀)は落ち武者狩りで殺害されたと云われています。

落ち武者狩りの百姓に竹槍で刺されて深手を負ったため自害し、股肱の家臣である溝尾茂朝に介錯させ、その首を近くの竹薮の溝に隠したとも云われます。

その場合、それを見つけた農民が秀吉側に届けたとして早すぎる様に思うので、「信長公記」の著者である太田牛一の日記「太田牛一旧記」に記載あることから推察して、逃げる途中に藪から落ち武者狩りの百姓の錆びた鑓で腰骨を突き刺され、深手だった為、最期と悟った光秀は自らの首を「守護」の格式を表す毛氈鞍覆もうせんくらおおいに包んで知恩院に届けてくれと言い残し自害した。

光秀の首を運んでいる途中の家臣が更に落ち武者狩りに会い、首を奪われたのではないかと推察します。

しかし、もう一つ、もしかしたらと思うのですが「知恩院に届けてくれと言い残し自害」までは書かれている通り。

しかし、その首を家臣が裏切って秀吉側に持ち込んだのではないかとも思ってしまいます。

しかし、秀吉サイドとしてはその裏切った者に褒美を与えたくない。

と言う事で、秘密裏にその首を持ち込んだ者を処置し、光秀の権威を落とす為に農民に討たれたと触れて廻ったとも考えられます。

こういうことは真実は闇の中的な事は多々あるので、無いとは言えませんが、光秀のものとされる首は、発見した百姓により翌日、村井清三を通じて信孝の元に届き、最初は本能寺にさらされたと云われます。

それらに比べれば納得して首を指し出したこの話の流れの方が光秀にとっては幸せなのかも?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る