第224話
俺所有のペルシュロン一頭を千代さんに売った。
売ったと言うより格安でプレゼント?
あげるのと少額でも金銭が発生すると言うのは心の垣根と言う物が変わるよね~
千代さんも勘の良い人みたいで「恩にきます」と言っていたけど、恩着せするつもりは無いんだけどね~
現在、千五百貫(一億八千万円)程で取引されると言う高級ブランド馬となっているんだけど、やっぱり山内家の話は美談が良いよね~とか思って俺の独断と偏見で売りました!!
少しだけ切原野の莉里に怒られないかどうかだけ心配だ。
莉里が丸目家の財務大臣なのでこの件でお叱りを受けるとしたら仕方ない。
うん、仕方ない・・・仕方ない・・・
多分、莉里にも俺のロマンが・・・怒られた時に考えるか今考えても仕方ない。
さて、俺の内情は取り合えず置いておき、巷でもこの話題は持ちきりだ。
藤林の諜報部隊で噂蒔いたからね~
可成りの美談だし、良い様に噂は広まっているよ。
尾鰭が付いて羽まで付いて飛んで行ったよ。
長門守が「噂とはこの様に使うのですな~」と言い変に感心し、お金が「流石、蔵人様!人心掌握とはこのように行うのですね」とかいって誇らしそうだけど、2人とも悪い顔で言わないで欲しい。
ナンチャッテ歴史ファンとしては馬と黄金の話は美談がマスト!だよね~と思って行っただけだよ・・・
深い考えなどミクロンも無い。
山内一豊さんは馬好きの信長に大層褒められたそうだ。
信長に妻が手に入れてくれたことを話し、夫婦共々褒められたそうだ。
信長が物欲しそうにしたのを見てすかさず、一豊さんは献上すると言った様で、千代さんには平謝りされたけどそんなの気にしないよ。
渡した物に条件を付けない限りは手に入れた者の考えでどうしようと文句は無い。
しかし、山内一豊も勝ち組だけはあるね~機を見るにって奴だね。
信長が家の茶室使いたくて来た時に彼の事凄い褒めてたよ。
何かもう一度することとなったと言う。
理由聞いたら好評だったことと新しく手に入れた馬を早速自慢したいとか言っているぞ・・・「内緒であるぞ!!」とか言っているけど、藤林の諜報からの報告では何人にも同じことを・・・それって人の口にはって奴だよね~
まぁ信長は内緒と言いつつ広めて貰いたいんだろうね。
本当に天然チートどもは流石としか言いようが無い。
御馬大好きのお公家さんもこのパレードには参加していたよ。
竜様に頼まれてペルシュロン一頭を用意したけど、その馬を千代さんに売ったから代わりを用意するのが大変だったけど、「東国一の馬」とか言う呼び声の馬を購入したよ。
竜様も「いい馬じゃ」と言うから間違いないだろうし、そのままプレゼントしたから文句はなかった模様。
偶然にも貸す予定だった馬と同じ栗毛の馬だった。
★~~~~~~★
他国に放っておった諜報の者が織田家の情報を伝えて来た。
この諜報の者は我が父の発案で信玄公が立ち上げた組織で、歩き巫女等と呼ばれている者たちを望月の者が育て他国に放っている。
現在、我ら甲斐武田家は存亡の危機とも言える程の状態に陥っている。
数年前の話となるが、織田・徳川と長篠で戦った。
この戦いで多くの将兵を失い、今の状態に陥った。
重臣の多くがこの戦いで命を散らしたこともあるが、一族の者に裏切り者がおる。
その者は私と
私はかの者が織田・徳川と通じているのではないかと疑っている。
四郎様(武田勝頼)に敗戦の責を負うと言う事で私と彼に切腹を命じる様に提言したがお認めにはならなかった。
その者は織田と敵対するのに反対でもあったし・・・
「して、織田の武威はどうであった」
「はい、天下一かと・・・」
「左様か・・・」
諜報の者は嘘偽りなくそう述べた。
反対であるからと言って戦で手を抜くなどあり得る話ではないが、人の気持ちとはえてしてそういうものであることも知っているが、一族の者がそれをしてはならぬ。
最近は四郎様の寵臣である長坂や跡部と争う姿勢も見せ始めている。
元々余り仲が良い訳ではなかったが、最近は目に見えて悪い。
このままでは不味い・・・
その事では四郎様にも思う所が有ったのであろう、ご自分の娘を梅雪殿の嫡男に嫁がせる約束を反故にし、私の息子との縁組を画策しているようじゃ。
悪手、悪手、悪手!!
間が悪いにもほどがある。
我が家がこのまま四郎様の娘御を貰い受ければ梅雪殿は何時裏切っても不思議では無い。
いや、既に裏切る算段に入っていても・・・
誰の発案かは解らぬが、悪手にもほどがある。
一度約束したのであるのだからそれを履行して然るべきじゃが・・・
「
「何じゃ?」
「はい、丸目三位様よりのご使者を連れて参りました」
「使者?」
「はい、今、連れて来ております」
そして、お銀殿と会う。
この事が後にあのような結果となろうとは・・・この時はまだ知らなかった。
〇~~~~~~〇
色々ネタ有の今回の話ですが、御馬揃えについて語りましょう。
この京都で行われた織田家主催の御馬揃えは織田の威信を賭けた軍事パレードだったようです。
何と驚いたことに作中でも語っていますが2回も行ったようです。
1581年の2月と3月に行われたと語られています。
「信長公記」では主要な人物では一番隊に丹羽秀長、三番隊に明智光秀、御連枝の御衆に織田信忠含む織田一門、公家衆に近衛前久等々、越前衆として柴田勝家・前田利家等々が居たようです。
この軍事パレードは天皇臨席だったので天覧馬揃えとも呼ばれます。
正親町天皇が天覧したようです。
一般的には周辺大名を牽制し力を誇示する為で、京の治安回復と織田家の天下掌握を内外に知らしめることが目的と言われています。
しかし、信長は正親町天皇に再三譲位を促したことから天皇に対しての恫喝を目的にしたのではないかと言う方も居ます。
私の意見としてはそれは陰謀論ちゃうの?と思いますけどね~
この時代の朝廷は兎に角貧乏で、譲位出来るならしたいけど金無いので出来なかったのですよね~
それに、信長宛の書状で信長の財政支援による譲位を悲願として歓迎する気持ちが天皇の書簡からもうかがえる物があるようですので本当に陰謀論じゃないの?思っちゃいます。
馬揃えの会場となった場所は、内裏の東側で陣中と呼ばれる区域内であったようです。
この場所は古代の大内裏の内側に準じ、牛車宣旨と言う資格の無い者は乗り物を乗り物に乗ることは禁じられていた区域なので天皇や公家と言った朝廷側が馬揃えの実施に好意的だった証拠でもありますし、公家も参加してます!!
羽柴秀吉も本来であれば参加予定だったようですが、中国地方での対陣中で動けず、大変悔しがったようです。
面白いエピソードとして、御馬大好き近衛前久は入念に準備を行う為、一か月前から乗馬訓練をし、二週間程前には手持ちの馬以上の良馬を求めて津田重久に手配してもらったそうです。
しかし、手配された馬を近衛前久は気に入らなかった様で、翌日には送り返したそうです。
史実として山内一豊はこの当時は秀吉の配下でそれなりの地位に居ましたのでこの京での御馬揃えは不参加だと思われます。
もしも一豊・千代のエピソードが事実だとしたら、この京の物ではなく安土城下で行われたと言う馬揃えかな?と思います。
作者的に何度も御馬揃え書く気無いし、割と好きなエピソードなのでストーリー上は京の御馬揃えに盛り込みましたけどね~
さて、武田家の方の話も進んで行きます。
重要人物として信豊と梅雪です!!
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