第242話

「長門久しいの~」

三太夫さんだゆう殿もご壮健のようで」

「おう、元気も元気、儂は百歳まで生きる予定じゃ」


ニッコリと笑顔で好々爺然としたご老人。

目の前に居り我らを出迎えたのは百地ももち三太夫殿。

家督は息子の丹波守たんばのかみ殿に譲り、現在は後進の育成を行っておられる。

忍びの育成では右に出る者は居ないなどと呼ばれる程にかの方の育成は素晴らしい。

そんな御大がお出迎えである。

どうやら先触れを出しておいたので迎えに来られたようだが、まさかその御大が自ら来られたことに驚いた。


丹波たんばも首を長ごうして待っておるぞ」

「そうですか、丹波守殿もご壮健で?」

「おう、あ奴も活き活きとあちこち動き回っておるよ。今は里に戻っておるでの~」


丹波守殿は我が藤林家と共に蔵人様にお仕えするようになった。

今は昔、京での一件、石川なる百地家配下の者が真里様を害するのに協力した事に端を発する。

蔵人様が問題を個人の物とし、百地家は不問にした。

更に忍びの育成に協力して欲しいと打診したことで、蔵人様と当時百地家の頭領の座に居た目の前の人物とが会談し、協力関係となった。

今代の丹波守殿は蔵人様の思想に感銘を受け、お仕えすることに相成った。

丹波家は伊賀を拠点に忍びの育成と畿内の諜報等を担っている。

娘のお金は特に関係が深く、お互いに協力して情報を獲たりしておる様じゃ。


「三太夫殿、こちらが徳川様です」

「お~それはそれは、よくお出で下さいました。百地三太夫と申す。隠居した爺で御座いますがどうぞよしなに。伊賀滞在中は我らが何者からもお守り致しますで、ゆるりとお過ごしくだされ」


そう言って好々爺然とした態度で深々と頭を下げられた。


「忝い、お世話になる」


徳川様も目礼でそれに答える。

徳川様の同行者の中の1人、服部半蔵殿が驚かれておる。

さもありなん、百地家と言えば忍びの世界でも有名だが、元伊賀者の家系である服部家から見ても驚く家柄だ。

伊賀では我が藤林家、それに服部家の祖である千賀地ちがち家、そして、百地家の三家が三頭領家と知られている。

その二家が蔵人様の配下なのだから忍びの事を知る者であれば驚きであろう。

挨拶も終わり滞在先へと向かう途中、三太夫殿がふと徳川家臣の団の中の一人、服部半蔵殿をマジマジと見詰めていた。


「もしや、服部家の者か?」

「はい、服部半蔵殿です」

「左様か・・・半三はんぞう殿によく似ておる」


今は亡き服部家の先代の事であろう。

そう言えば、服部家の先代は花垣村(三重県伊賀市)で頭領をされていたと聞く。

まだ儂が生まれて間もない頃の話だ。

百地家の先代頭領である三太夫殿は見識があるのであろう、懐かしそうに半蔵殿を見ておられた。

織田様(織田信長)が討たれたと言う噂が伊賀の里まで届いたのは数日後の話であった。

しかし、首が晒されたりという事は無い為か、生きておられるという噂も流れて来る。

他にも、岐阜中将様(織田信忠)が討たれたという話もあるが、織田様と同じく生きておられると言う噂話も半々で流れており情報としては定かではないが、藤林の情報部より齎された確定情報で織田様も岐阜中将様も自害後に火に巻かれ惟任様たちは御印みしるしは取れなかったとようじゃ。

そして、徳川様の御印を狙い、血眼で徳川様の行方を探っているという。

そんなおり、徳川様が討たれ御印の首が京に運ばれたとの噂が立つ。

噂の人物は目の前で美味しそうに昼食を頬張っておられるので、別の者の首であろうが・・・

恐らくは別行動となった穴山梅雪の首であろう。

そうこうしている内に六郎殿(式田豊長)一行も伊賀へとやって来た。

無事に穴山梅雪を討ち果たしたという。

何と驚いたことに、一騎打ちにて討ち取り、やはり徳川様らしき人物として首を惟任様の許に送る様にと村人に言い含めて来たという。

良い機会を得たと周囲に気を張っていると、徳川様の捜索が一時中断されたので、急ぎ伊勢へと向かい、船で三河を目指した。

勿論の事、徳川様には大変感謝された。

伊賀は織田より一度大規模な侵攻を受けた。

織田の阿呆織田信雄のしでかした事ではあるが、多くの伊賀者が織田家に対して恨みを抱えている。

そんな中で織田家と同盟関係にある徳川様にとって本来は禁足地と言っていい程の危険地帯ではあるのだが、今回は我らが護衛したことで問題無く滞在出来たことで惟任様たちの追撃を躱せたことが大きかった。

蔵人様の先見の明であろう。

我らは三河にて蔵人様をお待ちする事となったが、徳川様の窮地を救ったという事で三河では歓待された。

忍び者に対しても分け隔てなく接する三河武士たち。

武士の者どもから蔑みの目で見られたのは何時のことであろうか?

いや、蔵人様と知り合った頃はまだ普通に蔑まれておったな・・・

時代が変わりつつあることをこの辺でも感じる。

そう言えば、蔵人様がある時ぽつりと漏らされた。


「多分だけど、十年の内に戦国の世は終わるだろうな~」


未だにあの時の驚きは忘れられない。

生まれた頃より争いのある戦国の世だった儂はその言葉を俄かには信じられなかった。

しかし、蔵人様の言う事じゃ、もしかしてとの思いもあり、期待はしておる。

もし変わるのであれば織田様の治世で変わると思うたが、どうやら別の方の治世での話になりそうじゃが、誰の天下の下でなるのやら・・・

蔵人様の何気ない一言は実に恐ろしい。

織田様の台頭に始まり武田家の滅亡を言い当てたり等々と実に予言じみたことを何気ない一言に織り交ぜるのだからな。

実に愉快!!

蔵人様にお仕えしてから儂は愉快で愉快で仕方がない。

次に何が飛び出すやれと期待で胸が膨らむ。

蔵人様にお会いする前の次の日の飯にも困り悲観した日々が嘘の様じゃ。

主の来るのを待ちつつ、過去を振り返り、これからもまた楽しく愉快なことが待ち受けておるようで、次は何が起こるかを夢想する。

そう言えば、蔵人様は警備なるものも行うと言っておったが・・・警備とか?警護の事か?よくは解らぬがその時が来れば蔵人様は語られるであろう。

それまでは一族で忍びの腕を磨くのみじゃ。


〇~~~~~~〇


今回は長門守主体の話でした。

さて、突然ですが三大上忍とは服部半蔵・百地丹波・藤林長門守を指して言います。

三人共伊賀者で伊賀国内では大きな発言力があった家であったようです。

しかし、初代服部半蔵は外に希望を見出し、松平家(後の徳川)に仕えました。

服部家は元々、千賀地家の出であるとも云われます。

伊賀の三大上忍家は千賀地・百地・藤林の三家と云われますが現代では千賀地=服部と言った感じで語られます。

これは恐らくですが千賀地というのが本姓で服部というのが仮姓ではないかと思われます。

どういう事かというと、例えば上泉信綱の「上泉」というのは実は仮姓で、本姓は「大胡」と言います。

藤原秀郷流の大胡氏の一族で上泉村(前橋市上泉町)に住んだ上泉の出身と言う事で通称として上泉武蔵守(伊勢守)と名乗ったようです。

旧姓が「大胡」と言ってもいいかもしれません。

服部半蔵で言うと千賀地が旧姓で服部が改姓後の苗字といったところかですかね。

さてさて、百地三太夫は物語の架空の人物とも言われますし、石川五右衛門に忍びの術を教えた師匠だとも霧隠才蔵の師だとも云われます。

百地丹波と同一視されることもありますが、軍記物や百地家の系譜等の資料などにも登場せず、百地三太夫と百地丹波を同一人物とする根拠は特に存在しないと云われています。

しかし、百地三太夫って何か好きなのでこの物語では百地丹波の父として登場させました。

百地丹波の本当の父は百地正永という方の様ですけどね~

百地三太夫正永ってことで・・・知らんけど。

忍者はその殆どが謎に包まれており、この百地正永の痕跡は殆どありません。

通称すら不明です。

という事で通称が三太夫と言う事で・・・実際はどうか知らんけど。

まぁ丹波守というのは代々百地家の当主が受け継ぐ詐称の官位だったようで、百地丹波守正永と名乗って代変わりしたら多分、法号を名乗るんでしょうけど・・・知らんけど。

百地丹波が三大上忍として特に有名なので他の忍びより少しだけ多く資料が残っているのみなのです。

特に天正伊賀の乱では百地丹波が指揮官として伊賀を仕切り勝利に導いたので特に多く資料が残っているだけですね~

この作品では主要人物となっている藤林長門守ですが殆ど資料ありません!!

天正伊賀の乱の頃は子の保正の代になっており、敗戦によって故郷を離れて徳川氏を頼った。

ここでの敗戦は局地的なものなのですが、負けて勢力が落ちたので親戚でもある服部家を頼ったと言ったところでしょう。

藤林長門守自体は六角義賢に妾を出す程には有力な国人でもあった様なのですが、息子の代で没落し、孫の代で伊賀に帰参して当時伊賀一国を領していた藤堂氏津藩に仕えたようです。

この物語では度々忍者が情報を掴んで来て主人公たちに齎していますが、今後は更に活躍させる予定にはしています。

そう言えば、この物語の世界線では徳川家康の伊賀越えではなく、徳川家康の伊賀滞在と呼ばれそうですね~

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