第370話

「お銀、もう何ともならんのか?」

「どうにもなりませぬ」


風魔一族頭領の風間小太郎様こと、私の旦那様が問うて来た。

「何ともならんのか?」というのは時の関白・豊臣秀吉様が北条討伐を宣言されたが、それを撤回できないかとの御下問だ。

北条家がそもそも名胡桃城を攻めてのが先ず拙かった。

沼田城代の猪俣邦憲殿曰く、中山九郎兵衛という名胡桃城代の鈴木重則の家臣が「上杉家が名胡桃城を狙っており、出来れば援軍願う」と言って来たということだが、本当に中山九郎兵衛という人物がそう言って来たのかすら怪しい。

丁度先頃、名胡桃城を含めた全体の三分の一は真田領に、それ以外の沼田城を中心とする三分の二は北条領と定められ領土移動等で隙が生れており、それを上杉家が狙っているという噂が沼田周辺に流れたという。

そんな最中という事もあり、猪俣邦憲殿は名胡桃城へ援軍という形で兵を出したそうだ。

一方、鈴木重則は偽の書状で上田城(真田家の居城)に呼び寄せられたという。

猪俣邦憲殿が名胡桃城に軍を率いて行った時には城代の鈴木重則含め、上田城に向った者たちが居ない中、既に城内で戦闘が始まっていたという。

猪俣邦憲殿は上杉方が攻めているものと思い、急ぎ城に入ったという。

何方が味方かもよく解らぬ中で彼の軍が戦闘に参加したことで争っていた者たちは更に混乱をきたし、猪俣邦憲殿は簡単に名胡桃城を摂取出来たという。

城が北条方に抑えられた後に上田城に向う途中の鈴木重則に城の陥落の知らせが届き、彼は計略に簡単に嵌った事を恥じて正覚寺において切腹したとのことだ。


「そうか・・・それにしても、鈴木殿が切腹されたのが拙かったな」


旦那様(風間小太郎)がそう顔を歪めて言う。

確かに、その通りだ。


「左様で御座いますね、所で、今回、鈴木殿のご家臣の中山九郎兵衛という者と渡りを着けたという沼田城の番卒(見張りの番の兵卒)は見つかったのですか?」

「見つかっておらぬ・・・」

「左様で御座いますか・・・」


北条家、それに、風魔(風間)一族が藤林に寛容であったことで、北条領内の諜報を疎かにしたのは拙かったかもしれない。

関東一円の諜報を任されている者としては痛恨の失態であろう。

私も、今、苦い顔をしているのやもしれない。

幸いにして真田家の方の諜報には抜かりが無い。

既に報告が上がり、鈴木殿のご家臣の中山九郎兵衛という者は忽然と姿を消したことが解っている。

恐らくは殺されたか、そもそもがその様な人物が居なかったのか、草として潜り込んでおった者であるか・・・いずれにしても今回の名胡桃城の事件は怪しい所が多い。

仕組まれた事であろうが、風魔がその情報に行き着いていないと言う事は、北条家も知らないと言う事であろう。

藤林の関東支部を預かり者として、夫ではあるが売れる情報を簡単に出す事は出来ない。

しかし、今更その事を知ったからといって状況が変わる物ではない。

今回の事件で影働きをしたと思われるのは、黒田の忍びの者であろう。

豊臣家の中で唯一、我らに対して警戒を見せた黒田様(黒田官兵衛)はご自分で忍びを雇いそれなりの人数を揃えておられる。

勿論、黒田様だけが忍びの者を雇っているのではないが、規模が他の方々とは違うように見受けられると各支部よりの報告で割り出されている。

今回の事件前にその黒田家の忍の姿を何度も見かけたという報告が成されているし、真田家の忍びの頭である神平しんぺい殿(禰津ねず信政のぶまさ)からの情報でもその様に言われているという。


「真田家の情報は必要で御座いますか?」

「今更だな・・・儂は真田家が裏で糸を引き今回の事を引きを越したと言われても驚かぬし、豊臣方の策謀であったと言われても驚かぬぞ」

「そうで御座いましょうね・・・」


今回の事件で豊臣家から糾弾されると北条家は大混乱に陥った。

猪俣殿は「援軍の要請があったので軍を出したが既に戦闘が始まっており、此方にも刃を向けて来たので対処しただけ。一時的に名胡桃城を摂取したが仕方なくであった」と言われているそうだ。

恐らくその通りなのであろうが、事が起こり、城代の鈴木殿が切腹されているので真田家としても真相が解るまでは引くことも無かったであろうし、既に真田家から徳川様、そして、関白殿下に話が行き、討伐の御触れが出された後ではそれこそ後の祭りであった。

交渉の為に上方に派遣されたものもいる様だが、相手の求めているのが北条家の完全臣従であることで北条家内で揉めて後手後手になったのも更に拙かった。


「それで、旦那様?」

「何じゃ?」

「以前お誘いしましたが、蔵人様にお仕えする気は御座いまするか?」

「そうよな・・・今回の件が片付けば、前向きに検討させて貰うとしようか」

「左様ですか、良きお返事をお待ち申し上げまする」

「おいおい、そうなると北条家は滅んでいると言う事か?」

「それは解り兼ねますが、貴方様方を抱えて行けるほど余裕があるかどうか・・・」

「そうじゃな・・・本当に前向きに検討させて頂こうか、藤林お銀殿!」

「はい、風魔の頭領、風魔小太郎様のご回答お待ちしております」


★~~~~~~★


「豊臣家!何するものぞ!!」

「猿なぞ恐るるに足らぬわ!」

「左様!左様!!」

「この難攻不落の小田原城を要する大北条が目に物を見せてくれるわ!!」

「然り!然り!!」


威勢のいい言葉が評議の場で飛び交う。

状況を十分に理解し全くの勝ち目のない事を理解している利巧な者は口を噤む。

今騒いでいる者も諦めて投げやりとなり騒いでおるか、本当に状況を理解してない馬鹿の何方かであろう。


幻庵げんさん様(北条宗哲)が居られれればどう言われましたか・・・」

「今は亡き方の事を言っても仕方なかろう・・・」

「左様でありますな・・・今後、どの様にすべきか・・・」

「そうよな・・・負けた後の身の処し方を考えるが良かろうが、武士の本懐をするといたそう」

「武士の本懐で御座るか?」

「そう!」

「それは何で御座る?」

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候」

「朝倉金吾殿(朝倉宗滴)のお言葉ですな!!」

「左様、『こまでも自己というものを念頭においてはならぬ』と宗瑞そうずい様(北条早雲)がお言いになったというが、勝つことを考えねばな」

「あははははは・・・勝つ事というより生き残ることが先決では?」

「まぁそうじゃな・・・生き残り家を残す事こそが勝つ事よ!」

「ほんにそうで御座いますな」


話し掛けて来られた。

四郎殿(北条氏光)と言葉を交わす。


「それで、源三様(北条氏照)はどの様に動かれまするか?」

「居城の八王子は家臣に任せ、儂はここに詰めようと思うとる」

「足柄城に兵を率いて守備する予定ですが、危のうなったら小田原に儂も籠る予定ですので、それまでのお別れですな」

「そうか・・・今回の件で北条一門の者が何処まで連座されるか解らぬが、一人でも多く生き残り、家を繋ぐことも考えておかれよ」

「はい・・・」


そう、一門の者同士で話している間にも、威勢の良い事を言うものが叫ぶ。


「謙信ぬれにも落とせなかった小田原城が猿如きに落とせようか!!」


現実を知らぬのか現実逃避しておるのか、敵わぬのに夢を語る者たちを見ておると自ずと冷静になり、先の事を考える余裕が生まれた。

どれ、蔵人師匠に渡りを付けてみようか。

宗瑞そうずい様(北条早雲)が何と言おうと、朝倉金吾殿(朝倉宗滴)が何を語ろうと、先ずは生き残る事こそが肝要よ。


〇~~~~~~〇


はい、今回は北条方面々のお話でした。

北条氏光や北条氏照の話や北条早雲の名言について等々話したいことは多い回ですが、真田忍軍について語りましょう!!

今回登場した禰津信政は真田昌幸に仕えた忍軍の頭領で、禰津家は元々鷹匠の家だったとも云われます。

甲陽流忍術の家元とも云われ、「禰津流くの一」と言うくノ一女忍びを多数輩出している家柄でもあります。

真田十勇士の根津ねず甚八じんぱちのモデルになった人物だとも云われます。

他にも出浦いでうら盛清もりきよ(出浦昌相まさすけ)などが有名ですね。

N〇Kの大河ドラマの「真〇丸」でも登場し俳優の寺島進さんが演じいらっしゃいました。

武田信玄を2度破った村上義清の弟という説もある人物で、村上義清が武田信玄に敗れ越後に逃れると、弟の盛清もりきよの方は武田信玄に臣従し、武田家の素破忍者部隊を預かる立場になったようです。

言うなれば、忍者の棟梁ですね。

部下より先んじて自ら敵情を視察するアクティブな人物だったようで、見て来たと嘘をついた配下の素破の嘘を見破ったなどという逸話も残る人物です。

そして、真田家忍者と言えば唐沢からさわ玄蕃げんばを忘れてはいけません!!

親子二代で名前を引き継ぎ、親父の方は武田家から真田家へと仕え、二代に渡り真田家に仕えた忍びの者で、特に二代目の玄蕃さんはその技量から「飛び六法」、「忍び名人」と称された程の人物で、跳躍術・火薬術のスペシャリストだったようです。

真田十勇士の中で一番有名な猿飛佐助のモデルの一人とも云われます。

他にも鷲塚わしづか佐太夫さだいゆうなども有名で、鷲塚佐太夫の子が、猿飛佐助だという説もあるらしいですが、この物語で真田十勇士自体を出すかどうか現在は検討中です。

一人二人位は出すかも?です。


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