第213話

考えてみれば、俺も前世持ちでしかも先の未来の人間なのだから、この時代に俺と同じように前世持ちの者が居てもおかしくはない。

と言うか、仏教などで言う輪廻転生と言うものが普通の事であるなら、前世を持つのは当たり前、俺やお市の方のケースが少しだけ特殊なのだろう。


「千代」

「何じゃ、兄上」

「お市の方がお前の姉って言ったけど、前世の姉なんだよな」

「そうじゃ、今世では血の繋がりはないが、前世で力を持つ妖弧だった姉のことじゃ、記憶を取り戻せばとんでもない事をしでかしても我は驚かんし、やれるだけの妖力はあると見ておるのじゃ」

「マジかよ・・・」

「マジもマジ大マジなのじゃ」


千代も大概に俺に毒されて言葉遣いが変わったな~

おっと、それは置いておき、そんなに力あるんだ・・・


「なぁ、もしかしてその子供たちも」

「うむ、力はあろうな~子狐に何が出来ると思うのじゃが、油断大敵、火がぼうぼうなのじゃ」


確かに子狐千代が言うと説得力はあるな。

まぁ千代の場合はなりは幼女だけど、実質は千年以上を生きた立派な妖狐なのであるけどね。

数日後にはお市の方とそのお子がまた来訪することとなった。

千代の話では日を改めて話すと言うこととしていたのでそれでだろうとのことだ。


「お市殿」

「何ですか?千代殿」

「前世の事を全く思い出すことはないのかや?」


この場には俺、千代、莉里、お市の方が居る。

お子様たちは我が家の子供と共に庭で遊んでいるし、美羽・春麗は念の為そちらに着いて貰っている。

お市の方が首を傾け考えるようなそぶりだ。

美人の動作と言うのは実に絵になるね。

うちの嫁さんたちは流石に見慣れたけど、他の美人さんの考え事をしている物憂げな動作、実に良きかな!

そんな事を考えていたら脇腹を莉里に摘ままれた・・・う・・・すまん・・・浮気ではないぞ~

考えが纏まったのかお市の方が話し出す。


「そうですね・・・少し思い出す様な、思い出さないような?」

「ほう!何を思い出されるのじゃ?」

「先日は丸目様のお子を見てウシャス様と言う方を思い出したような・・・」

「ウシャス様か・・・」


ウシャス様と言うのはインド神話に出て来る神だ。

前世でゲームに出て来たので覚えているぞ。

え?俺の知識がゲームとかばかりだと!・・・その通り!!ゲームでの知識は良く頭に残るようで今でも結構覚えている気がする。

かの女神は夜明けの光を神格化した女神と呼ばれる。

天空神ディヤウスの娘で、太陽神スーリヤの母とも恋人とも言われる神である。

摩利支天様と同一視される神様だ。

う~ん・・・そっと莉里を見るが、特に思う所はない?

あ~そうか!そもそもそう言った知識が莉里には無いのであろう。

ウシャス様と聞いても「何者?」位にしか思っていないと思う。

千代の方を見ると何か考えているようだ。

そう言えば、千代が自分の事を荼枳尼天だきにてん様の娘と言っていたな。

こちらもインドの女神でヒンドゥー教の神の一柱で、カーリー神の眷属でシヴァ神の妃でもある。

要は大物と言うことだ。

さて、荼枳尼天だきにてん様は白狐に乗り顕現し、狐の精とも呼ばれる。

お市の方はじっと莉里を見詰めるので、莉里にもウシャス様(摩利支天様)の末裔としての残り香的な物でも感じているのかもしれない。


「前世の事を思い出したいかや?」

「前世ですか・・・」


また物憂げな表情で考え始めた。

それを待つ間、庵は静寂に包まれるが、外から子供たちが楽しそうに遊ぶ声が流れて来る。


「いえ、特に思い出したいとかはありませぬ」

「左様か」


うん、どうやら妲己再びとかならないようだ。

少しホッとしてしまった自分が居るよ。

ここで思い出して後々事情を知る俺たちがラスボス妲己退治をとか洒落にならんぞ。

千代は「前世では我の姉じゃった。何かあれば頼られよ。きっと我の兄上丸目蔵人が何とかしてくれようぞ」と言っていた。

おい!俺に全振りかよと思うが、一応はこの妖弧の保護者なので頷いておいたよ。

その日の夜、覚えのある気配に目を覚ます。

目を開けると白き空間に居た。

あ~ここは摩利支天様たちに会った空間だね。


「蔵人や、久しいの」


後から声がしたので振り向くと、摩利支天様と稲荷神様ともう一柱の女神様がテーブルを囲みお茶をされていた。


「お久しぶりです。摩利支天様、稲荷神様。それにお初にお目に掛ります。もしかすると荼枳尼天だきにてん様でしょうか?」


この流れで出て来るとすれば他に考えられないと思い、そう言うと、初めて会う一柱の女神様が頷かれた。


「娘が世話になっております」

「あ~千代ですか?」


頷かれた。


「千代には苦労掛けましたが、妲己の後始末が色々あり、私も動きようがない間に千代の方も大変な事になったので、この国の神の一柱の宇迦うかに頼んで保護頂いたのですが・・・」


千代は大陸の方で没落し、稲荷神様(宇迦之御魂神)に誘われたこの国に来た。

しかし、色々あり又も没落してしまった運悪い妖狐なのだ。


「今は楽しく過ごしているようで、安心しました」

「そうですか・・・」

「妲己の事もお願いするのは図々しいと思いますが、少し目に掛けてくださいませ」


うは~女神様からお願いされちゃいました・・・

俺は「はい」としか答えられなかったよ。

荼枳尼天様は特に何かしろと言うことはなかった。

「気にかけて頂けるだけでよいのです」と言われる。

その後は摩利支天様ともお話して、例の庵で飲むお茶が美味しいので延長できるか?と聞いてみると、「良いですよ」と言われ、京と切原野の2か所に俺が生きている間は加護を下さるそうだ。

凄く助かります!!

地元に戻り次第、荼枳尼天様も祭らないとな~と考えていると、「無理にそうする必要はないですよ」と荼枳尼天様は言われたが、祭ることは決定である。

そして、荼枳尼天様には千代・お市の方とその子供たちの事で困ったことがあれば相談できる権限を頂いた。


〇~~~~~~〇


神再びです。

さて、この流れから荼枳尼天様のうんちくでしょう。

仏教では夜叉(羅刹女)の一種で荼枳尼天と言う名で呼ばれます。

荼枳尼天の起源であるインドのダーキニーは、裸身で虚空を駆けて人肉を食べる魔女(夜叉・羅刹女)とされ、大日如来(毘盧遮那仏)の化身である大黒天によって調伏され、降三世の法門によって降伏し仏道に帰依させたと言われ、死者の心臓であれば食べることを許可されたという説話がある神です。

半年前に人の死を知り、その者が死ぬまでは加護を与え、死の直後に心臓を取ってそれを食べると言われます。

何故直後なのかと言うと、人間には「人黄じんこう」という生命力の源があり、それが荼枳尼の呪力の元となっているのですが、人が死して直後なら心臓にその「人黄」が残っている為と言われます。

「人黄」と言うのは人間の煩悩が凝り固まった物と言われています。

中世頃は、天皇の即位灌頂時に荼枳尼天様の真言を唱えたそうです。

しかし、「源平盛衰記」と言う書物の中では平清盛が狩りの途中で荼枳尼天様に出会い、荼枳尼天の修法を行って迷ったともされています。

天皇が唱える特殊な物としてして位置付けられ、無暗矢鱈に唱えさせない為にそう言う話をしたのかもと思います。

そう言う訳で、荼枳尼天の修法を外法とも中世頃は思われていたようです。

荼枳尼天様は辰狐王菩薩しんこおうぼさつとも呼ばれます。

「狐」と言う字が出て来ますね。

実は顕現される際に白い狐に跨って現れると言われます。

神仏習合で稲荷神と混同されるようになり、また、鎌倉の頃は性愛を司る神ともされたようです。

江戸時代も荼枳尼天は諸説あるようですが、真言立川流は荼枳尼天を祀ったとして邪教視され、途絶えたともされます。

人の内蔵を食うと言うのが忌避されるんでしょうね。

しかし、戦国時代では怨敵退散・戦勝の加護があるとされ、城に祭られることも多かったようです。

その際は城鎮守稲荷として祭られたようです。

時代によってかなり立場を変える神ですが、密教の行者を悟りに導く女神と言われますので、密教の行者には普通に崇められる神です。

チベット密教では曼荼羅の中心がこの神としたヴァジュラ・ヴァーラーヒー曼荼羅と言うものがある程に信仰される神です。


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