第212話

何じゃここは・・・神の気配がするし、目の前の女子からは天狗の気配にその横の女からは仙人の・・・いや、神獣の気配がする。

目の前で兄と話す丸目三位蔵人・・・噂の人物で、興味があり今世の兄に「どの様な方ですか?」と聞けば面白がられこの場に連れて来られたが・・・

この者からは神に仏、然も複数の、色々な物が混ざり合ったような何とも神々しくも恐ろし気な気配に満ち溢れている。

あ~恐らくはこの者は神のいとし子なのであろう。

神仏に愛された者はこのような氣に満ち満ちた者であることを思い出した。


「丸目三位殿はどうであった?」

「どうとは?」


かの者の家を後にし、京での滞在先に戻ると兄に呼び出されそう尋ねられた。

何を考えているか少し察しが付くが、敢えてそこに触れることを避ける様にとぼけた。

兄はくだんの庵で私たちに茶を飲ませた後は「丸目三位殿と少し話す」と言われて二人でそのまま庵に残られた。

この庵からも神の残滓のような気配がする。

私たちはかの者の奥方と言う女性たちに伴われ庭に出る。

庭では童たちが遊んでいるが、この子たちも尋常な者ではない・・・

この家の者たちは恐ろしい程の者たちだらけの様じゃ。

類は友を呼ぶと言うが、ここまで固まった集団は前世でも今世でもお目に掛ったことはない。


「母上、その方々は?」

「春、この方々は長様のお客人ですよ」

「左様ですか~お!失礼致しました。私は丸目蔵人が子、丸目春と申します」


春麗殿の子のようじゃ。

親子だと分かるほどによく似ておられるし、間違いなさそうだ。

他の童たちもこちらを見詰めている。

その子供の一人・・・何処かで会ったことあるような・・・懐かし気な気配?

その子も私の方をジッと見詰めている。

そして、異常な子供の集団の中で飛び切りの者が居た。

あれは・・・ウシャス様によく似た面差し・・・ウシャス様?それは誰であったか不意にそう思ったが、前世の事であろう、所々思い出すが、全てを思い出すことはない。

ただ、尋常では無い方であるのは何となく覚えている。

その方の関係者だと思うが・・・

娘たちもその童たちに混じり遊び始めた。

子供と言うのは直ぐに仲ようなり打ち解ける様じゃ、実に微笑ましい。

子供たちが庭で遊ぶ姿を眺めていると、一人の幼女が私に話し掛けて来た。

先程、懐かしいと感じた気配を漂わせた女童であった。


「お主、何者じゃ?」

「私は織田三郎(織田信長)が妹、市と申します」

「お~それは失礼、我は丸目蔵人が妹、千代なのじゃ」

「千代・・・」


何故だろうか少し話しただけだというのに凄く懐かしく感じる。

そう思っていると、千代が話し出す。


「市殿は我と同族の様じゃが?」

「同族?」

「ふむ・・・転生し前世の記憶がまだ戻らぬようじゃな・・・」

「前世!もしかして、以前の私をご存じですか?」

「う~む・・・」


どうやら千代は私の前世を知る者の様だが、こんな幼女が私の前世を知る?

不思議だとも思いつつも、その事が当たり前の事のようにも感じている自分がいる。


「ここでは何じゃし、日を改められよ」

「また、お会いすれば・・・教えて頂けますか?」

「うむ・・・兄上にも確認せねばならぬしな、聞いてからなのじゃ」

「そ、そうですか・・・」


千代は「調子が狂うのじゃ」と言ってその場を離れて子供たちの輪に戻って行かれた。

先程の事を思い出していると、兄が話しかけて来る。


「市と丸目殿を目合わせたはそろそろ市も心の整理が出来たのではないかと思うての」

「私は・・・」

「よい、市の思うがままにすればよい」

「・・・」

「儂の目の黒い内はお主とその子らは庇護するで安心せよ」

「はい・・・」


そう言うと兄は「下がってもよいぞ」と言う。

兄に子供たちをまた丸目様の御子達と遊ばせたいと願うと「よいぞ」と言われた。

そして、後日、丸目様の許しを得てまた伺う事となった。


★~~~~~~★


「兄上~」

「おう!千代。この菓子は渡さんぞ」


和菓子を求めて野獣千代がやって来たようだ。

今日は良い栗が手に入ったので栗の渋皮煮を作り信長たちのおもてなし茶菓子として出した。

贅沢に砂糖を使った一品で、見た目はあれだが食べれば極楽である。


「いや、それも欲しいのじゃが、別件で報告があっての・・・」

「菓子は渡さんが、聞こう」


千代曰、同族の転生したばかりの妖狐が今日の来客に居たと言う。

誰か聞けば、お市の方だと言う。

そう言えば、千代に似てなくもないかなとか思う。


「千代に似てたか?」

「ふむ、中々に鋭いのじゃ」

「え?もしかして前世は千代の姉か妹?」

「姉・・・なのじゃ・・・」


ほへ~お市の方は見た目妖麗だとは思ったけど、元?妖狐なら、さもありなん?

千代は自分の予想を語る。


「姉は大陸で悪逆非道の行いをしての・・・私たちの母の名はダーキニーと言う」

「ダーキニー?・・・もしかして、荼枳尼天だきにてん様?」

「この国ではそう呼ばれておるようじゃな」


うぉ~本当に俺の今世は神との関りが多いこと多いこと・・・

確かに千代も尋常ならざる者であるが、何となく納得。

あ~神の末裔だから日本の神様からお誘い受けた・・・何となく繋がったような?


「それでじゃ、姉は悪さをしての・・・」

「ん?何したの?」

「外道の者に唆されて千人の王の首を切り飛ばしたり・・・王朝を傾けたり・・・」

「駄目じゃん!!」

「うむ・・・前世は妲己だっきと名乗っておった・・・」

「!!」


驚いて目を剥いてしまった。

妲己ってあれでしょ?封神演義のラスボス的な九尾の狐。

人は見かけによらないと言うが、お市の方が元妲己・・・


「前世の悪行が元で記憶も定かではないし、妖狐としての仙術も・・・」


あ~そう言えば、悪行を行うと仙術はリセットされると言ってたな。

千代は言う。

姉のせいで元々は九尾の狐は瑞獣と言う瑞兆ずいちょうを表す神獣として人々に崇められる存在であったが、現在では乱世に現れる悪しき存在とされていると言う。


「え~と・・・それで?」

「姉とな・・・少し話したのじゃ・・・」

「うん・・・」

「また会うことにしておる・・・」

「え~と・・・大丈夫なの?」

「解らぬが・・・確認せねば安心して眠れぬわ!!」

「まぁそうだよね~」


どうやら今後はお市の方に係わる事となりそうだ・・・


〇~~~~~~〇


お市=元妲己!!

秀吉メインの話の際は九尾の狐も関わる様なストーリーをと考えておりましたので丁度良いと思いました!!

さて、お市の方は殆どの方が知る戦国を代表する美人さんです。

中々の下げマン(死語ですかね?)姫様として有名な方で、関わる男性、特に夫となる者には破滅を呼び込んだ人物です。

庇護者に仇なすと言う意味では傾国の美人と言う言葉が似合いそうな方ですね。

そう言う意味では九尾の狐と相通じる部分も・・・

しかし、江戸時代には人気の女性で、多くの書物で「天下一の美人」として紹介される程の人気者でした。

賤ヶ岳の戦いで敗れ敗走した夫の柴田勝家と共に越前北ノ庄城で自害したと言われます。

享年37歳だったと伝えられています。

三人の娘を死出の旅路に道連れにするのを憐れみ、秀吉の下に送ったと言われています。

その際にはお市の方は娘たちの血筋は秀吉にとって「主筋」に当たるのであるし大切にして欲しいとの書状を添えたとも言われます。

娘たちを送り出した後は、柴田勝家とお市の方は、関係者たちと夜を徹して酒宴を催して今生の別れをした上で自害したと言われます。

その際には80名余が自害したそうです。

その際に辞世の句を夫婦で残しております。

お市の方は「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 夢路をさそふ 郭公ほととぎすかな」と言う句を残しております。

訳としては「そうでなくても眠る間もない程に短い夏の夜にこの世との別れを急かすのかホトトギスよ」と言うもので「さらぬだに(そうでなくても)」と言うのは、「こんな自害をする様な押し迫った状況なのに」と言う不満と状況を伝える言葉で、「郭公かっこう」という鳥は「ホトトギス」と呼ばれ、死出の旅路のお迎えすると言われる鳥でもあり、ここでは「死」と言うのを連想させる慣用句として使っております。

このお市の方の辞世の句には元歌があると言われています。

藤原俊成の詠んだ「さらぬだに ふすほども無き 夏の夜を 待たれども鳴く 時鳥ほととぎす哉」という歌です。

「寝る間もないほどに短い夏の夜に、朝を告げるホトトギスが鳴くのをつい待ってしまう」と言う意味で、ここでの「ホトトギス」は冥途の迎え鳥ではなく、朝の時を告げると言う意味合いで使っています。

同じホトトギスなのにこうも違うと言うのが実に面白いですね。

さて、夫の柴田勝家はお市の方の歌に返歌しております。

「夏の夜の 夢路はかなき あとの名を 雲井にあげよ 山 郭公ほととぎす」と言う歌なのですが、「夏の夜のように儚い人生だったが、我が名を、後の夜までも伝えてくれよ、山ほととぎす」と言う訳となります。

意訳としては「夏の夜の様に熱気に満ちた人生であったが、考えてみれば儚く短いものだったな~、私の織田家へ忠節や市への思いは我がなと共に後の世まで、空の彼方にまで届くまで伝える様に山 郭公ほととぎすよ鳴いてくれ」と言ったところでしょうか?

猪武者と言う一般的な風評にはそぐわない実に風流を理解した様な柴田勝家の辞世の句ですね。

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