第363話
MyHome切原野はやっぱり落ち着くね。
莉里に留守中の事を聞くと、小次郎殿(巌流小次郎)が訪ねて来ているという。
おお!懐かしいな。
小次郎殿は京で行った野試合の際に対戦者として戦った人物で、恐らくはあの有名な佐々木小次郎だ。
豊前国田川郡副田庄(福岡県田川郡添田町)出身で、同じ九州出身であることからそれなりに仲良くさせて貰っていた。
俺に「燕返し」で敗れたことからその技をいたく気に入り、研鑽を積み、「燕返し」を極めたという事で、書状にて「是非とも再度立合いにてお見せしたく候」と言われていた。
「都合合えば是非」と返書していたんだけど、どうやら態々切原野まで来てくれたようだ。
と言う事で、早速、小次郎殿と立合う事となった。
朝稽古で門下生たちが集まる中で立合いを見せる事とした。
朝稽古は門下生だけではなく、各地から集まる兵法修行者も参加させている。
昔、上泉師匠(上泉信綱)の所にも多くの者が訪ねて来たものだが、俺の所にも兵法修行者が集まる様になり、手解きとかしている。
佐々木殿レベルの剣豪との立合いは中々見ることが出来ないので、そんな集まって来た者たちに見取り稽古として剣術の実演をする予定だ。
「丸目殿、是非とも拙者の研鑽した技前をご堪能頂きたし」
「期待しております」
実に面白い!佐々木殿とは昨日の夜、飲みながら話し明かしたが、研鑽した結果、「燕返し」を最も活かせるのは三尺少しと長めの太刀だという回答に至ったそうだ。
確かに「物干し竿」と呼ばれる大太刀を持つと前世の小説かなんかで見た気がする。
酔った勢いで「物干し竿」を口に出したことで、佐々木殿はその文言が気に入った様で、自らの大太刀をそう名付けられた。
そして、持ち込んだ木刀も三尺余りと長い物だった。
カン、カン、カン
打ち合いは続き、その剣速の速さに驚きと賞賛の声が上がる。
うん、流石は佐々木小次郎と言うべきだね。
大太刀サイズの木刀でこれだけ俊敏で重い撃ち込みとは恐れ入る。
ある程度、お互いに撃ち込みを行い、見取り稽古の為に皆にお手本を見せた後に本題の「燕返し」の実演。
ヒュン、ヒュン
本当に流石です!!
仙術とか色々学んだ俺だから躱せたけど、あの野試合当時にこれ出されたら負けてたね。
それ程鮮やかにして滑らかな太刀筋で、返しが綺麗過ぎてもう俺が使った「燕返し」とは別物の様に見える。
「は~一太刀浴びせる事は出来るだろうと思っておりましたが、これでも躱されますか・・・」
「いや、いや、何とか躱せましたが、お見事としか言いようが御座らん」
「躱しておいてその様なご謙遜を」
「あの野試合の際に小次郎殿がこの技を使えば某は簡単に負けたと思いますよ」
「左様ですか・・・我が研鑽の甲斐があったという訳ですね」
「左様ですね」
いや、本当に凄いからな!!
仙術チートを使う俺たちを別にすれば、恐らく日ノ本内でも最上位の剣術家だろう。
いや~実に良い見取り稽古を弟子たち等に見せられて満足の結果だったよ。
娘の麗華も感心して小次郎殿に弟子入りの旨を伝えていた。
女だてらにというと女性蔑視かな?まぁこの時代は普通か・・・麗華は剣術に情熱を燃やしているようで、恐ろしい程の腕前となっている。
小次郎殿に「燕返し」の伝授を願い出て、立合いで認められて指導OKを勝ち取っていたよ。
★~~~~~~★
「丸目二位蔵人!兵法にて我が負けるはずなし!!この新免無二こそが天下一!!」
そう一人宣ってその勢いのまま意気込んで彼の本拠地、肥後は切原野の地へやって来た。
流石は「天下一の剣豪」との呼び声高き御仁の門下じゃ。
見る者見る者が並々ならぬ実力者揃いじゃ。
九州征伐の折、仕えておった秋月家が日向国へ移封されたのを機に出奔し、各地を転々とした。
黒田様(黒田官兵衛)と面識を得てその際に言われた。
「丸目二位蔵人様に兵法で勝てる者であればもろ手を挙げ、三顧の礼を持って我が家中お迎えするのじゃがな」
「それは誠ですか!!」
「勿論!あの方の強さを知っておるなら皆そうするじゃろう」
「それ程までにお強いと?」
「桁が違う」
そう、黒田様との密約で儂は数年の研鑽の後、二位蔵人様に立合いを所望しようと彼の治める肥後は切原野の地へやって来たのであるが、丁度良いことに「巌流何某」とい聞いたことも無い様な男と立合うという。
立合う前からの話しぶりからして旧知の間柄のようじゃ。
いよいよ立合いが始まる様じゃ。
二位蔵人様は普通の長さの木刀なのに対し、巌流何某は三尺余りの木刀を持っておる。
長いという事は取り回しが悪い。
そう言えば、ここに来た時に見掛けた彼は背に担ぐ程に長い・・・丁度、あの木刀程の大太刀を担いでおった。
大太刀を使うと言う事は力に任せた剣を使うと言う事であろう。
しかし、予想は外れた。
カン、カン、カン
軽い打ち合いのようにも見えるが、太刀筋が恐ろしい程に速い。
二位蔵人様も速いが、あの三尺余りの木刀であの速さ・・・
ある程度打ち合った後、雰囲気が変わる。
巌流何某が上段に構えた。
何か大技でも使うのか?
ヒュン、ヒュン
な、な、な、何じゃ?今の太刀筋は!!
何とか太刀筋を追えたが速い!!
先に刀を振り下ろし、踏み込んできた相手を、刀を瞬時に返して切り上げる技というのは解った。
何処かで見たような・・・
そして驚くべきは、二位蔵人様・・・
あの妙技を躱しよった・・・
「ああ、これは敵わぬ・・・」
諦めきれず、更に何年も研鑽を積んだが遠く及ばないことを悟り、儂は黒田家への士官を諦めた。
黒田様にその旨を伝えると、何故か士官が叶った・・・
タイ捨流に勝つには儂の代では無理と悟り、才ある者を養子とし育てておる。
何時の日か我が願いが叶う事を信じて。
★~~~~~~★
ほう!運の良い事じゃ!!
二位蔵人様が地元に戻られたと言う事を聞き付け意気揚々と切原野へと向かった。
薩摩では二位蔵人様の創始した「タイ捨流」という剣術が流行り始めておる。
実際に儂もその「タイ捨流」を学んでおる。
九州征伐と云われる豊臣家と島津家の争いは多勢に無勢、呆気なく島津家が負けた。
関白殿下(豊臣秀吉)がよく島津家を許されたものだと思うが、儂は
目的は内職のため金細工の修行という武士としては微妙なものであったが、幸運なことに天寧寺の僧・善吉に出会い、彼の剣術を学ぶ機会を得た。
天真正自顕流という剣術で、儂の性に合っておった様でメキメキと腕を上げて薩摩に戻る頃には開眼したと言える程の腕前となっておった。
現在は如何に天真正自顕流の技にタイ捨流の技を統合していくかと言う事を主眼に置き研鑽しておる。
いや、どうせならタイ捨流を超える剣術を創始したいものじゃ。
そう考えていたから丸目二位蔵人様の立合いを間近にて見れる幸運に胸躍った。
お相手は名は知らぬが、覇気ある御仁の様で、一挙手一投足に隙が見えぬ。
「良き物が見れそうじゃ」
立合いが始まると驚いた。
カン、カン、カン
ただの慣らしの打ち合いが早く高等でやっと太刀筋を追える程度。
二位蔵人様の御相手の巌流殿と言ったか?その御仁は三尺余りの長い木刀を使い互角に打ち合っておられる。
「凄い!!」
独り言が漏れる程に儂は興奮しておるが、周りでも同じ様な者が多いので、仕方無き事じゃ。
巌流殿が動きを止め、上段に構え直された。
二位蔵人様もこの時を待っていたというように、相手の態勢が整うのを待っておられる。
両者とも準備が出来たと思うた瞬間にはお互いが相手との間合いを詰めていく。
ヒュン、ヒュン
「え?凄・・・いや、何じゃあの太刀筋・・・それに・・・あれを躱す?訳解らぬ・・・」
巌流殿の太刀が空を切ったかと思うと跳ね上がり二位蔵人様を襲う。
しかし、二位蔵人様はその鋭い太刀筋を躱された。
己ならどうする?躱せるか?・・・多くの疑問が頭を巡る。
まだまだ研鑽が足らぬ事を痛感した。
「藤兵衛、如何であった?」
「龍伯様・・・己の未熟さを知りました・・・」
彼はその後、更なる研鑽を積み、島津家中内に大勢の門人を抱えるまでになる。
「打倒!タイ捨流!!」を掲げ研鑽し、新しき流派を創始し、島津藩の剣術指南となる。
この日見た技の鋭さを見て、それすら躱す丸目蔵人を見て、「躱せないほど速い打突!相手の得物すら叩き折るほどの一撃」を標榜し研鑽したというが、彼が力一杯に撃ち込む際に「チェスト!!」と自分でも意味が解らない掛け声を叫んだのを門人に見られたと言う。
彼はとっさに「自分の勇気を奮い立たせる言葉」と言ったことで皆が真似するようになったとか・・・
その流派は・・・
〇~~~~~~〇
今回は鶴松誕生とかの話をとも考えましたが、傾奇御免状の話では「主人公の出番が少なかったな・・・」と思ったので一話だけ主人公メインの話を挟むこととしました。
佐々木小次郎に新免無二(宮本武蔵の親父)に東郷重位(3人目は解りましたかね?)という三剣豪が登場しました。
何だか久しぶりに剣豪らしい話だな~とか書いてて思っちゃいました。
もっと剣豪話も入れて行きたいのですが、史実の丸目蔵人が隠棲していた人物なので・・・
さて、新免二無の方では黒官が暗躍してしている風に書いて居りましが、新免無二が関ヶ原の戦い以前から黒田家に仕官して仕えていたと云われます。
「黒田藩分限帖」と呼ばれる資料の中には彼が藩士であることが書かれているとか。
十手術の名人で、足利義昭の前で御前試合を行ったなどとも云われます。
将軍家師範の吉岡何某と言う人物と戦い1勝1敗で「日下無双兵法術者」の号を賜ったと「小倉碑文」という石碑に記載されているとか・・・
この石碑は宮本武蔵の養子の宮本伊織が武蔵の功績を讃えて作った物なので「武蔵ヨイショ!!」が激しい為、どこまで本当がという部分では信憑性が薄いですが、武蔵の功績だけではなく武蔵の親父である新免二無の事も書かれているようです。
新免二無は謎の多い人物で色々な俗説ありますが同一人物かどうかも怪しい感じなのではっきりとはしませんが、宮本武蔵が一時期、黒官(黒田官兵衛)に仕えましたので関りがあるのかとも思います。
次回は鶴松誕生!!
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