第158話

「近衛関白の妹御だけは三好の者によって助け出されたと?」

「左様、助けたのは首謀者の1人であった三好日向守、もうこの世に居りませんから真実は・・・」

「藪の中ですか・・・して、兄(足利義輝)の討死は近衛関白が関わっている可能性が高いというのですね?」

「左様でござります」


二条太閤が徐に頷き私の言ったことを肯定する。


「二条太閤たいこう、いや准三宮じゅんさんぐうとお呼びした方が良いですかな?」

「何方でもご随意に」

「では二条太閤と呼ばせて頂いても?」

「はははは~勿論、大樹たいじゅとは一乗谷以来の仲ではございませぬか」


二条太閤(晴良はるよし)は一乗谷(朝倉家)滞在中に元服式の立合いをお願いし、朝倉殿に招かれ京より態々来て頂いた方だ。

三好家と誼を持つ方だし情報の確度は高かろう。

近衛関白は、今、九州へと下向したそうだ。

山科卿が朝廷の正使として九州の神宮の創建に立合うらしいのだが、そのお供として下向されたそうだが、本当に兄の死に関わっているのであれば・・・今が追い落とす機会なのかもしれぬ。


「して、無料ただでこの情報を私に渡しに来た訳では御座いませんよね?」

「ほほほほ~察しが良い方は大好きです」

「何がお望みで?」

「近衛家と我が二条家は関白職を争う間柄にて・・・」

「二条太閤は関白職の再任をお望みと?」

「そうですな~何の落ち度もない者を解任する訳にも行きませんよって、近衛関白には・・・先に追い落とさねばなりませぬが、故近衛太閤(近衛植家・前久の父)も数年前に露と消えられましたし・・・近衛関白も今は九州の地におりますれば、丁度宜しいかと」

「こちらはその後に朝廷へ推挙すれば宜しいか?」

「何卒、宜しくお願い申し上げる」


二条太閤様は深々と頭を下げられた。

この場には私と二人っきりであるからこそできる事であろうが、私より位の高い方が私に頭を下げられた・・・正直驚いた。

確かにこの方の手を取るのであれば、近衛家とは対立することとなろう。

母は近衛家の出で、兄も近衛家より嫁を取った・・・足利将軍家は近衛家と懇意の間柄であったが、近衛家が私に何かしてくれたか?

いや、何もしてくれなんだ。

それに、兄の死にも関わっている・・・若しかすれば裏で画策したのは・・・

二条太閤様もそれを匂わせるような言い分だ。

証拠が無い為、大っぴらに言うには憚られるという感じではあるが、だからこそ私に内密にとお話しくださったのかもしれぬ。


「今の段階で朝廷内に何か働き掛けは必要ですか?」

「はははは~朝廷内のことは公家の領分にて、麿の方で動きますれば」

「そうですか、では時が来ましたなれば推挙させて頂きまする」

「おお!!よしなに、よしなに!!」


密約は交わされた。

もし、近衛関白にとって濡れ衣であろうともう後戻りは出来まい・・・

その後、少しすると朝廷内より近衛関白・・・いや、解任されて追放処分となった近衛前久と言うただの人だ。

追放されたので敬う必要も無かろうて。

それにしても、良い時期に九州に行ってくれたものよ。

下向は蔵人さんも関わるというし、私にとって蔵人さんはまさに助け人じゃな。


★~~~~~~★


あの忌々しい近衛の若造が京を離れた。

良い時期に一乗谷で誼を結んだ者が将軍職を得た。

向こうも何故か恩義を感じてくれているようだ。

麿はただ朝倉殿に呼ばれて日銭を稼ぐ為に越前くんだりまで出向いたが、良い稼ぎになり、今回の謀にも使えそうとはまさに瓢箪から駒とはこのことよ。


「近衛関白の妹御だけは三好の者によって助け出されたと?」

「はい、助けたのは首謀者の1人であった三好日向守、もうこの世に居りませんから真実は・・・」


この事はあの日向守より聞いたおったが、どうやら大樹は詳しく知らぬようだ。

松永が居るし、もしかして聞いているかもと思うたが・・・都合の良い事よ。


「藪の中か・・・して、兄(足利義輝)の討死は近衛関白が関わっている可能性が高いというのだな?」


意味深に頷き、ゆっくりと余裕を持って答えると、深く何事か考えているようじゃ。


「左様でござります」


考えが纏まったのか、麿の呼び方を訪ねて来た。

ふむふむ、良い傾向じゃ。


「二条太閤たいこう、いや准三宮じゅんさんぐうとお呼びした方が良いですかな?」

「何方でもご随意に」

「では二条太閤と呼ばせて頂いても?」

「はははは~勿論、大樹たいじゅとは一乗谷以来の仲ではございませぬか」


再度念押しをしておこうと越前でのことを出せば、また何事か考えている様な沈黙が少し生まれた。


「して、無料ただでこの情報を私に渡しに来た訳では御座いませんよね?」


馬鹿ではないようじゃな。

元が僧侶じゃし、それなりの学はある様じゃて。


「ほほほほ~察しが良い方は大好きです」

「何がお望みで?」

「近衛家と我が二条家は関白職を争う間柄にて・・・」

「二条太閤は関白職の再任をお望みと?」

「そうですな~何の落ち度もない者を解任する訳にも行きませんよって、近衛関白には・・・先に追い落とさねばなりませぬが、故近衛太閤(近衛植家・前久の父)も数年前に露と消えられましたし・・・近衛関白も今は九州の地におりますれば、丁度宜しいかと」


本当に察しの良いお方じゃて。


「こちらはその後に朝廷へ推挙すれば宜しいか?」

「何卒、宜しくお願い申し上げる」


深々と頭を下げた。

頭を下げるだけで関白職に返り咲けるのであれば安いものよ。

頭を上げて様子を見れば感じ入っている様じゃ。

それでこそ頭を下げた買いがあると言うものよ。


「今の段階で朝廷内に何か働き掛けは必要ですか?」


向こうから協力を申し出て来るとは良い傾向じゃて、しかし、今はこちらで動くのみじゃ。


「はははは~朝廷内のことは公家の領分にて、麿の方で動きますれば」

「そうですか、では時が来ましたなれば推挙させて頂きまする」

「おお!!よしなに、よしなに!!」


居ない者を貶めることは簡単であった。

都合の良い事に近衛と懇意の山科も居ないと来た。

運が回って来たと言うことであろう。

近衛を追放処分として関白職の解任が決定した。

直ぐに大樹より推挙で麿が関白に返り咲いた。

あの者(近衛前久)の悔しがる顔が見たいが、追放じゃて戻ることも叶わぬであろう。

ふははははは~愉快な事じゃと思い一人ほくそ笑む。


〇~~~~~~〇


大きく歴史がまたも動きました!!

近衛前久の関白解任と京からの追放は史実でも起こりました。

近衛前久は敵対した二条晴良と足利義昭を追い落とすために織田信長と敵対し、信長包囲網を作ったと言われています。

そして、石山本願寺を煽ったのも近衛前久だと言われています。

1568年に朝廷を追放された前久は1575年に信長の奏上により、帰洛を許されたそうですが、前久が作り上げた信長包囲網を引き継ぐように信長により追放された足利義昭がそれを利用するのですから中々面白い歴史の流れですね~

この物語では少し違う流れとなりそうです。

本願寺は弱体していますし、色々と変化している部分もある為、近衛前久の暗躍が無くても面白い事になりそうだと思っております。

さて、二条晴良が大活躍する?のでどういう人物か確認しましょう!!

二条家の14代当主で、この物語の時期の少し前までは従一位 関白左大臣(関白・左大臣兼務)の位・官職に居た人物です。

わずか23歳という若さで関白・藤氏長者となったエリート中のエリートで、1560年に関白を一度辞任しています。

1566年に准三宮宣下を受けております。

作中と同じく近衛前久を追い落として1567年に再任で関白に返り咲きました。

そして、足利義昭と二人三脚で色々行っていたようです。

足利義昭の命を受けて、信長と浅井長政・朝倉義景連合軍との調停も務めて、和睦を成立させるなど数々の功績を残している人物なのです。

実はこれで信長が命拾いしたとも言われています。

信長を救った公家などとも呼ばれる人物です。

N〇Kの大河ドラマ「キ〇ンがくる」ではお笑いタレントの小〇千〇さんが演じましたが、ここでは「はれよし」と名乗りますが、実際に「はるよし」「はれよし」

と何方で呼ばれたかは定かではありませんがこの作品では「はるよし」を採用しました。

この二条家は本当に名門の公家家で、二条家が最後の関白を輩出しております。

最後の関白は二条斉敬なりゆきで、人臣としては最後の摂政でもあります。

何故、最後になったかと言うと、王政復古の大号令で摂関が廃止されたから!!

面白い事に旧二条家の屋敷ですが本能寺の変の際に織田信忠(信長の嫡男)の滞在場所だったようです。

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